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森の中

「まだ居たのか」


 そう言ってエルが現れたので、ノノイは顔を赤くして慌てて立ち上がった。


 地面に寝転がっていたことを恥ずかしかったのと、何より向こうから話しかけられたことが嬉しかったからだ。


『まだって何よ。ここ私の家なんだからね! 閉め出そうったってそうは行かないわよ!』

「ああ、お前はしつこそうだからな。閉め出したぐらいで居なくなりはしないよな。……ああ、薄々わかってはいたさ」

 エルはいっそわざとらしい程の落胆した素振りを見せた。やはり彼女がノノイを家に入れなくしたようだった。


『当たり前でしょ!! ……ていうかあなた、どうして家から出てきてるのよ。寝たんじゃなかったの?』

 今は真夜中。この村ではエル以外の人間は皆寝ているのではなかろうか。


「寝ようと思ったが寝れなかった。まあ、一日ぐらい寝なくてもどうにかなるさ」

『なんで? 誰かのいびきが煩かったの?』

 ただ聞いただけなのだが、エルになぜか睨まれたような気がした。


「……私は今から狩りに行く」

 エルは疑問には答えようとはせず、ノノイを見て何か逡巡し始めた。その珍しい緑眼に冷たい光を宿して。

「お前は……」


『私? ……ああ、魔物がよく出るところなら知ってるわよ! 案内したげるわ!』

 ノノイはエルの様子が少しおかしいとは思ったが、大して気に留めはしなかった。


 魔物がいるところ——ルーパス神の祠の近く——を指差して、ズンズン先を歩いた。

(まあ、エルの前を歩くのは本人の要望だものね!)


 一回お願いされたことを守れないようでは、これからの関係にも傷が入るというものだろう。エルがどうしてこのようなことを言い出したのかはまるで分からないが、したがっておくのが無難だ。


「……そうか。」

 後ろから、エルが短く呟いた。ノノイの案内に大人しくついてきているようである。


 二人は畑の間を静かに歩いた。幽霊であるノノイが物音を立てないことはもちろんだが、エルからも衣ずれの音一つしない。


 エルはノノイの後ろを歩いているので、本当についてきているのかちょっと不安になる。


『にしても、エルはどこに行きたいの? わざわざ狩りに行かなくたって、魔物ぐらい村人が勝手に狩ってるわよ。あなたもそれを何かと交換して貰いに来たんじゃないの?』


「私は魔物を手に入れるのを目的にしているのではない。魔物が発生した理由を探りにきたのだ。ギルドの方の依頼でな」

『理由? あなた、やっぱり冒険者だったのね』


(そういえば、ナナにそんな質問してたっけ)


 しかし、理由なんて知って何かの役に立つものなのか。冒険者ギルドもおかしな依頼を出すものだ。

「ああ。その、ルーパスとやらを祀った場所はあるか? 見に行きたい」

『あるわよ。こっちね!』


 狼の姿をしていると言われるルーパス神の話は、ノノイが生きていた頃にももちろんあったので場所は覚えている。昔はルーパスを祀った神殿の前でよく遊んだものだ。


 畑の間を突っ切って、森の中に入る。夜中の森は少し不気味で、フクロウが変にうるさい。


 ふと振り帰ってみるとエルはどうしたことか、ランプも何も持っていなかった。

『大丈夫なの? 明かりは……?』

「心配するな。夜目は効く」


 森の外なら月明かりがまだあったが、森の中はもうそれさえも遮られて真っ暗だ。ただの人間がちょっと夜目が効くからと言って見えるものではないだろう。


『エルは夜目の効く種族なの?』

 ノノイはエルの長い耳に目をやった。獣人なら見たことはあるが、このような特徴を持つ人間は初めて見た。エルには色々と普通の人間と違う才能があるのかもしれない。


 ノノイが尋ねると、エルはちょっと考え込むようにして自らの尖った長い耳を弾いた。すると、その耳はノノイの思ったよりもずっと弾力に富んでいたようで、上下にぴくぴくと振動し始めた。

「種族……まあ、間違ってはいないが」

『へえ! 凄いわね!』


「…………」

 ノノイが褒めても、エルは黙ったままだった。何か気に触ることでもあったのだろうか。


「ノノイ、お前はルーパスについて何か知っていることはないか?」

 少し低めの声で、エルが言った。


『ええ? 狼の姿をしてるけど、普通の狼より賢くて、人間を助けてどうたらこうたら、みたいな?』


 エルはさっさと案内しろというように手を雑に振った。しょうがないのでノノイが森の中を先に歩いた。わざとなのか何なのか、エルはまたノノイの目が届かないぐらいの後ろを歩く。


(そんな後ろを歩かれても、ついてきてるのか分からないんだけど)


「その狼はお前のように体が透けているのか?」


『知らないわよ、そんなこと。一回も見たことないもの。そもそも、神様って人前に出てくるものなの?』

「出てくるさ。彼らだって生き物だ。ルーパスとやらも、贄をやると言うことは肉を食うのだろう」


『まあ、確かに祭り用の肉は翌日には無くなってるかも……?』


(え、あれって大人が肉を持ち帰ってたんじゃなかったの?)

 変に穿った見方をしていたようで、ノノイは恥ずかしくなった。


「そうか。と言うことは、その狼は霊魔である可能性が高いな」

『霊魔って?』

 それはノノイにとって耳慣れない言葉だった。


 雨が降ってきたのか、水が垂れる音が森の中に響いている。


「霊魔は精霊と同じように、よく地方神として崇められる種族だ。精霊が肉体を持った存在、といえば伝わるか?」

『ううん……。精霊ならちょっと聞いたことあるかも』


 精霊は半透明な体をしている種族だったはずだ。人の形をしていることも多いが、人種のうちの一つではないらしい。もっと神聖な、神に近い何かだと言う。


「まあ、頭の良い魔物とでも思っておけ」

『なるほど……って、なんかさっきから変な音するんだけどっ!?』


 ピチャピチャと、水っぽい音に、それに……。


(血の匂いっ……!)


 食事の匂いを楽しむために無駄に鍛え続けたノノイの嗅覚は鋭敏であった。


 ノノイが慌てて振り返ると、そこにはエルが、そしてその手元には、血だらけのタヌキが握られていた。


『なっ、何してるのよっ!!』

「何って、調査だが?」


(え、これって冒険者として普通なの? 絶対違うわよね! というかいつの間に!?)


 確かに、冒険者が魔物を狩るのは普通のことだ。であれば、エルがタヌキの死骸を手にしているのは何らおかしなことではないだろう。


(ちっちゃい子が死骸持ってるとか絵面悪いけど……)


 だが、あろうことかエルはタヌキの腹をナイフで割き、その内臓を弄っていた。エルの手はタヌキの血で真っ赤に濡れている。


 エルの足元には点々と血の痕が続いており、歩きながらずっと解剖を続けていたのだとわかる。


「お、あったな」

 エルは大した感動も見せずにそう呟いた。タヌキの体の中から目的のものを見つけたようで、絶え間なく動かしていた手を止め、何かを取り出した。


 ノノイだって家畜ぐらい殺したことはあるが、流石に解剖はしない。


 エルの無表情はやたらと怖く、その手元に視線が釘付けになってしまった。


 だが、血が木の葉の間を縫ってきた星明かりをテラテラと反射するばかりで、タヌキから出てきた()()が何であるのか、ノノイにはまるで分からなかった。


『それ、何よ……?』

「肉だ。消化されずに胃のなかに残っていた」


 エルは死骸はもう用無しだとばかりにタヌキを道の横に投げ捨て、肉片を布に包んでリュックに入れた。そして死骸を見る時の瞳をそのままに、ノノイに向き直った。ノノイといえどもそれにはゾッとした。

「待たせて悪かったな」

 そうして、杖を前に突き出す。要は、お前はさっさと道案内をしろ、と言うことか。


 ノノイは不気味な予感も拭い去れぬままに歩き出した。


(私、本当にこの子と仲良くなれるの……?)


 怖かった。一瞬自分も殺されるかと思ってしまう程度には。


 だが、このチャンスを逃したら、また永遠にひとりぼっちになってしまうかもしれない。


(それは嫌!! エルが怖い? そんなわけないじゃない! ちょっと変わってるだけだわ!)


 ノノイは気合を入れ直して歩き出した。もう後ろからは血の滴る音はしない。


 しばらく行くと、神殿に辿り着いた。神殿とはいっても、祭壇の台の上に屋根がついているような簡単なものだ。


 既に祭りから数ヶ月は経っているので、取り払われていたはずの蔦も、ぼうぼうとまた生えて柱に取り付いていた。


『着いたわ!』

「これが祭壇か?」


『うん、ここから先はルーパス神の縄張りだから魔物を狩るのは手前でお願いね』


 話を聞いているのかいないのか、エルはズカズカと祭壇の前まで進み出て台に顔を近づけて鼻をひくつかせた。祭壇の上は黒く汚れていて、贄が乗せられていた痕がある。

「ここに贄が乗っていたんだな」


 それから周辺をしばらくの間探索していたかと思うと、エルは横道にある獣道を指差して行った。

「ノノイ、こっちに行くぞ。先に行け」

『ええ? さっき行っちゃダメだって……』

「ルーパス神の縄張りという話か? であれば、なおさら行かねばなるまい」

 エルは何故かその時ようやっと少し笑った。


 ノノイはエルの先ほどの奇行がいまだに頭から抜けていなかったせいか、不覚にもその笑顔を恐ろしいと思ってしまった。

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