宿
死んでからどれだけ時が流れただろうか。未だに誰もノノイの存在に気がつかない。ふらふらと村の外に出たりもしたが、誰とも話が出来ないのならば楽しくもなんともない。どうしようも無いので、ノノイは村に居座り続けた。
ノノイの親もまた新しく子を産み、育て、そして死んでいった。そしてその子もまた……。
ノノイは一家の守護霊になることにした。
(ま、守護霊って言ってもただ実家でダラダラしてるだけなんだけどねー。なんか守護霊って響きがカッコいいわよね!)
ただ血縁たちの生活を眺めるだけの毎日。ノノイが退屈で狂わなかったのはさすがとしか言いようがない。
『おーい、そこのあなたー。聞こえますかー?』
ノノイの墓のすぐ横を通って、ノノイの家にちっちゃい女の子がやってきた。ノノイ血族の末っ子くんを呼び出しに来たようだ。
末っ子くんが急いで出てきて挨拶を交わし合う。とても微笑ましい光景だった。
『あー! またなの? 仲良いわねー。……おばーちゃんも混ぜてよ!! ねえ!』
誰も気づかない。
それでも、ノノイはめげずに声をかけ続ける。
所構わずみんなに話しかける。そして、無視されることがノノイの日常になっていた。
誰もツッコむ人がいないので、ノノイは自分が痛いやつになっていることにも気がついていなかった。
彼女さんと家の末っ子が手を繋いでどこかに遊びに行った。
『全く! 最近の子はませてるわね!』
ノノイも小さい頃はこんな時期があったということは棚に上げて、ひとしきり文句を垂れた後、村にやって来る旅人を探しに行くことにした。
最近、この村の周辺に危険度の低い魔物が大量発生し、それを狩る者たちが沢山ここに訪れに来ているのだ。
所謂、冒険者と呼ばれる者たちである。
冒険者は魔物を買っては売り捌くことを生業にしている。そのため、弱い魔物ばかり発生しているこの村はとてもいい狩場なのだそうな。
『きっと冒険者の中には、私が見える人もいるはず!』
ノノイは前向きに考える。
一度、たった一度だけ、ノノイの気配に気がついたものが冒険者の中にいたのだ。
それは魔法使いの女性だった。
ノノイのいる方向を見て、その女性は何かを探すようにしばらく視線を彷徨わせていた。ノノイが右に動けば、その女性の視線も右へ、左に動けば、左へ。
ついぞ目が合うことはなかったものの、彼女は絶対にノノイの存在に気づいていた。気配、のようなものなのだろうか。とにかくなんらかの第六感が働いていたことは間違いない。
ただ、そいつはあろうことかノノイ目掛けて急に攻撃魔法を放ってきたのだ。
おかげさまでノノイは死にかけた。何故か魔法は幽霊の体をすり抜けないらしい。
『あの時は大変だったけど、きっと今度は上手くいくわ!』
旅人がよく通る道のすぐ横に、ノノイは立ち止まった。ここでなら、新しい冒険者に出会えるはずだ。
ノノイは前向きだ。そして、ちょっとばかだ。
結構な間待っていると、
『あ、現れた!』
村の外から歩いてきた旅人は、えらく身長が低かった。そして、冬でもないのに長袖長ズボン、おまけに帽子からマフラーまで身につけている。つばのついた帽子のせいで顔もよく見えない。
ただ、マフラーの下から桃色の髪が二束垂れ、長い耳が帽子の横からちらと覗いていた。
『そこのちっちゃいお方! ねーねー私の声聞こえる?』
ノノイは意気揚々と道の真ん中へ躍り出て、その旅人の目の前に立つ。
「聞こえるぞ」
旅人は簡潔に言った。小さく、高い声だ。女性であるようだった。
彼女は突如身を翻す。
ノノイはいきなりの事に声を出すことも叶わない。ただ何か、軽くものを叩く音がする。
(なっ……!)
気がつけば、ノノイは地面に尻餅をついていた。そして、目の前には少女が持つにしては物々しすぎる長い杖が突きつけられていた。
少女。
そう、彼女は幼かった。ノノイはこんな状況にも関わらず、唖然としてしまった。
(可愛い……、けど、どうしてこんなちっちゃい子が旅人なの? そして……、私と目が合う?)
「……聞こえるが、それがどうかしたのか? お前、精霊だろう。一体私に何の用だ?」
少女は若葉のような色をした瞳を細め、警戒をあらわにしていた。
ノノイには額のすぐ先にある杖が、まるで己の命を左右する剣であるかのように見えた。ノノイの体は全てを通り抜けるはずなのに。
『わ、私は精霊じゃないわ! 幽霊よ。信じられないかもしれないけど本当のことなの!』
危機的状況にも関わらず、ノノイの胸は高鳴った。少女はノノイのことが見えるらしい。
(もうずっと誰とも話してないんだから、何としても仲良くならないと!)
ノノイは必死に弁明をしたが、少女は杖を尚も強く握り続けた。
「そうか。ではお前を降霊させたのはどこのどいつだ?」
『コーレイ……? 何それ?』
桃髪の少女は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにそれを振り払うようにして睨んで来る。
「ばかを言うな。言う気がないなら消すぞ」
『ええ!? 嫌! だって知らないんだもん、しょうがないじゃん!! そもそもコーレイって何!?』
尻餅をついたままジタバタ体を揺らしていると杖が頭にぶつかってしまい、久しぶりの痛みにノノイは額をさすった。
『いったあ……』
不思議なことに、杖はノノイの体をすり抜けなかったのだ。魔法の道具か何かだろうか。
少女はノノイのドジっぷりに面食らったようだった。
「……まさか、本当に主がいないのか? 自らの意思で現世に留まっている、と?」
『特に大した未練は無かったけど、何故か生きてたの! よかった!』
「いや、生きてはいないだろう……。訳がわからないな」
少女は居心地が悪そうに頭を掻いた。
『ていうかあなたこそどうして私が見えるの? 今まで私の気配に気がつく人はいたけど、はっきり目が合う人なんて初めて見たわ!』
「……心当たりはある。が、お前に言う気はないな」
『なんでよ!』
少女はやっと杖を引っ込めてくれたので、ノノイは立ち上がって服を叩いた。砂はついていないが、ついつい癖でやってしまうのだ。
『ねね、あなたについて行ってもいい? 人と話するなんて久しぶりなのよ』
「……嫌だな」
『私もあなたについて行かないのは嫌よ!! 私だってこの村の出身だから道案内ぐらいはできるわ!』
ノノイがつい気合が入って少女に詰め寄ると、少女は下ろしていた杖を再び突き出してノノイを遠ざけた。
「……お前は断っても勝手についてきそうだな」
『もちろん!!』
一体何年孤独に過ごしてきたことか。ノノイは絶対にこの機会を逃す気は無かった。
(絶対に友達になるわ……!!)
少女は顰め面を隠そうともしない。
「………………。わかった。但し、条件がある。必ず私の前を歩け」
『なんでよ? ……まあいいわ! あなたも私のことを無視しないでよね!』
「善処しよう……」
ノノイは少女の言う通りに先を歩いて道を先導した。
『こっちにね、泊めてくれる宿があるの!』
しばらくしてから、小さな足音がノノイの後をついてきた。
『私の名前はね、ノノイっていうのよ。貴方はなんていうの?』
「エルだ」
ノノイは偶然出会えた話し相手に浮かれながら、自分の家にエルを案内した。ノノイの家は宿屋さんなのだ。
『ここは私が守護してる家なのよ!!』
「そうか。……ごめんください」
エルは気のない返事をすると、ノノイに続いて宿に入った。
「いらっしゃい。……あれ、子供かい? ここらじゃ見ないけど……」
中で食卓を拭いたりと忙しなく働いているのはナナ、末っ子くんのお母さんだ。
(まあ、私からしたらみんな子供ね!)
「背は低いが、一応成人はしている。一泊頼めるか?」
「はいよー。空いてるよ」
エルはちらちらとノノイの様子を伺いながらも、支払いを済ませた。
『今日のご飯は何かしらねー』
「食べられるのか?」
不思議に思ったのか、エルに聞かれた。
ナナは何か勘違いをしたらしい。
「夕飯かい? いいさ。もう出来てるからね」
「…………。……すまないな、頼む」
ノノイはエルにすごい形相で睨まれた。
ノノイはとんだとばっちりだと思ったが、エルは妙な凄みがあって言い返すことができなかった。
エルは案内されるままに食卓についた。他の宿にきた冒険者たちも何人か席についていた。
「盛況だな」
「いつもはこの時期には滅多にお客さんは来ないんだけどね。今年は魔物が出たから」
麦酒をエルの机の上に置きながら、ナナは嬉しそうに言った。
その様子に自然とノノイの口角も上がっていった。御伽噺の中では恐ろしいものと語られていた魔物だったが、実際この村に現れるようになってからはいいこと尽くめだ。
『ねえねえ、エルは何しにここに来たの?』
「…………」
話しかけたらエルに無視された。先ほどナナに誤った返事をしてしまったことを根に持っているらしい。
無視されるのはいつものことだったが、認識されてるのにこの態度は傷ついた。
『エルー???』
『おーい』
『ねー』
『あっぷっぷ!』
『うぎゃーーーーーー!』
『……………』
(だめだこりゃ)
ノノイは流石に諦めた。よく見ると、エルの機嫌も急激に降下していっているのがわかる。
生前のノノイはこのような性格では無かったはずなのだが、どうも長年無視され続けた経験が彼女をしつこくさせてしまったようだった。
「はいよー。今日はシチューね」
二人して黙っていると、ナナがご飯を持って来てくれた。
(シチューっっ!!)
ノノイが美味しそうな匂いだけでも嗅いでやろうと身を乗り出すと、エルは嫌悪感を露わにしてシッシッと手を振ってきた。
それを見たナナは首を傾げた。
「どうしたんだい?」
「……ちょっとハエがいたもんでな」
エルの言うハエとはすなわち、ノノイのことである。
その悪意にはノノイも気がついたが、ぎゃあぎゃあいってもまたエルに無視されるだけだ。
(もう、せっかく霊感ある子に出会えたのに……)
仲良く話せるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
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