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カミラの使命

 女神様が言うことには、その神様を信じている人の前でしか神様は存在できないらしい。カミラはよく分からないながらも、一生懸命理解しようと頭を働かせる。満月飴の甘さのおかげで、少し頭が頑張れる気がした。


「マカララ島の人しか女神様を信じてないってことは、島のみんなが女神様を忘れたら女神様は消えちゃうってことですか?」

「そういうことよ」


 よく出来ました、と優しく微笑んだ後、女神様は悲しそうに視線を下げる。長い睫毛が、目元に影を作った。こんなに綺麗な女神様が人間に忘れられたくらいで消えてしまうなんて、カミラには信じられなかった。


「島からずっと北にある大陸の人々はね、ある一人の神を唯一の神様として信じているわ。彼らからしてみれば、私達は本物の神様ではない。そしてあなた達島の人々は、偽の神を信じている可哀想な人々なのよ」


 偽の神様という言葉が、カミラの胸に重く伸し掛かった。北に行けば大陸があって、そこにたくさんの人が住んでいることは話を聞いて知っていた。しかし、違う神様を信じている人がいるなんて思ってもいなかったのだ。


「だから今夜はあなたを呼んで、わたくしの記憶を持ち帰ってもらおうと思ったの。……できるかしら?」

「はい!」


 記憶を持ち帰るくらいならお安い御用だ。そう思って女神様を見上げると、よろしい、と口の端を上げた。


「なら島に帰ったとき、ミナキキに『母なるルアニカより、白き衣を賜りし我、女神の御心により参る』と伝えなさい」

「えっと、ミナキキさんって誰ですか?」


 そんな長くて難しい文を覚えられるか心配になる前に、知らない人の名前が出てきたことに慌てた。


 カミラは島の人の名前をみんな知っているけれど、ミナキキなんて名前は聞いたことがなかった。女性らしい名前だが、そんな人いただろうか。


「わたくしが巫女に任命した彼女よ。もうおばあちゃんになる頃でしょう? 今日も元気に煙を届けてくれているけど、そろそろ後任が必要だわ。人間の命は儚いものね」


 ああ、巫女さまのことか。本名は知らなかったけれど、ミナキキという名前らしい。物心ついた頃からカミラは彼女のことを「巫女さま」と呼んでいたから、名前を知る機会が無かったのだ。


 そう納得しかけたカミラに、一つの言葉が引っかかった。


「……後任?」

「ええ。わたくしはカミラを、月の女神ルアニカに仕える巫女として任じようと決めました」


 それはつまり……とカミラが言いかけるより早く、女神様が厳かに口を開いた。


「わたくしの記憶を伝える巫女として、仕えてくれますか?」


 巫女は他の娘達とは違って、結婚して家庭を持つことはできない。いつも神殿に住んで、いざという時には女神様のお言葉を島の皆に伝えなくてはならない。


 そんな大変で重い役割の巫女だけれど、カミラに断るという選択肢は無かった。むしろ、自分がやらなくて誰がやるのだという気持ちが大きかった。


 カミラは背筋を伸ばして、女神様に向き直る。真っ直ぐに群青色の瞳を見つめて、お腹に力を入れた。


「はい。女神様にお仕えします」


 カミラがそう宣言すると女神様は立ち上がって、踊るうさぎ達によく通る声で呼びかけた。


「皆の者、ここに新しき人間の巫女カミラが誕生した」


 女神様の声に、うさぎ達は踊りをやめて祈りの姿勢になる。いろんな色のうさぎが一様に同じ格好になるのは、なかなか壮観だった。


「其方らは我と並び、この巫女にも誠心誠意仕え、その身を捧げよ」

「はっ!」


 親しみやすい口調ではなく女神様らしい古めかしくて立派な口ぶりは、うさぎだけでなくカミラまで祈りたくなってしまうような迫力があった。


 そんな心地よい静けさの中で、女神様が鈴の鳴るような声で黒いうさぎの名を呼んだ。


「ルカ」

「はっ」


 いつものお調子者のルカではなく、そこには女神様に仕える慎み深くて忠実なうさぎの使徒がいた。


「其方を、巫女の侍従に任じる」

「確かに拝命いたします」


 そうして女神様は、最後にカミラの方へ足を向けた。カミラはゆっくりと祈りの姿勢を取って、女神様の言葉を待つ。誰かにこうしろと言われた訳ではないけれど、何故だかこうしなくてはいけない気がしたのだ。


「カミラよ。貴女を新しき巫女に任じます。わたくしの名の下、島の者を導きなさい」

「はい。精一杯月の女神ルアニカにお仕えいたします」


 カミラはこの瞬間からただの島の少女ではなく、島にただ一人の巫女となった。


 女神様が私の服に触れると触れた部分から広がるように、朱色から混じり気のない白へと変わっていった。人間には作り出せない女神が染めた純白は、目の前の女神様の衣装と同じ色をしている。


 カミラの衣装が純白に染まった瞬間、うさぎ達がわっと歓声を上げた。そして美しい音楽が奏でられ、色とりどりの衣装を着たうさぎが舞を披露する。


 跳ねてやってきたルカが、カミラの足の間をくるくると8の字を描くように回っている。喜んでいる印だった。


「よぉ巫女さま。これからもおいら、頑張るからな」

「はいはい、ルカはいつも通りだね」


 カミラが巫女になったところで、ルカの態度は変わらないようだ。それがカミラをほっとさせる。


 大広間から見える夜空の星々は、カミラが初めて見たときよりも輝きを増している気がした。


 この場の全てが、新しい巫女の誕生を祝福している。そしてカミラはその祝福に報いることができるよう、心の中で立派な巫女となることを誓ったのだった。

これで完結となります。ありがとうございました。

三つのお題は「北半球」「常夏」「黒い」でした。難しかったです。

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