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小さなマカララ島

「おいら、カミラと行きたいとこがあるんだ。岩場の方、連れてってくれよ」

「岩場の方?」


 ルカが言う岩場というのは火山の近くの、カミラがルカを初めて見つけた場所のことだろう。カミラが生まれるよりずっと前に噴火したマカララ島のマカララ火山は、この島で一番高い山だ。


 噴火はしないだろうと言われているし、街からも近い場所にあるからカミラが一人で遊びに行くことはよくあった。それでもわざわざこんなお祭りの夜に火山の方に行きたいなんて、ルカはなぜそんなことを言うのだろう。


「えー、今日じゃなきゃだめ?」

「だめなんだ。お願いだよカミラ」


 ぷうぷうと鼻を鳴らしたり、ひねりジャンプをお見舞いしたりして甘えられると、ルカのおねだりに弱いカミラはつい頷いてしまう。


「分かったよ。でもちょっとだけだからね」

「はーい、じゃあ行こう!」


 調子良く返事をしたルカが、ぴょこりと跳んでカミラの前に進み出た。

 土で固められた海沿いの道に出ると、カミラは木靴に溜まった砂をザーッと捨てた。じゃりじゃりと痛い砂を入れたままでは、そう遠くない岩場にだって歩いて行けない。


 火山より手前にある岩場は、海沿いを歩いて行けばすぐに辿り着く。溶岩が冷えてできたという黒い岩を登ると、少し小高い場所に目的の岩場があるのだ。


 街の中心部から離れていくにつれて、お祭りの喧騒も小さくなっていく。


「ルカが行きたいのって、岩場なの?」

「いや、そこじゃないところ」

「じゃあどこ?」

「それは行ってのお楽しみさ」


 着いた岩場は、カミラが友達と遊びに来る昼間とは全然違った表情をしていた。黒くてゴツゴツした地面が、微かに月の光を反射して白く見える。


「で、どうするの?」


 岩場から先は溶岩が地面から噴き出しているところもあるから、行ってはいけないと大人達に言われていた。だからルカがこの先に行きたいと言っても、カミラは止めるつもりだった。


 ずっとカミラに背を向けていたルカが、くるりと振り返った。目まで黒いルカだけれど、黒い岩場に溶け込んで見えなくなることはなかった。


「へへ、驚くなよ。とぉっ!」


 そんな景気の良い掛け声とともに、ルカの体がぐぐっと巨大化した。何が起きているのか分からないカミラは、目を白黒させる。


「ルカ?!」


 カミラが驚いている間に、一瞬でルカは牛ほどの大きさになった。自分より大きいうさぎを見て、呆然とする。


「どうだ? でかくなっただろ。カミラ、おいらの背中に乗って」


 見た目は巨大化したルカだけれど、中身はいつもと同じままのようだ。ルカはしゃがんで、カミラが乗りやすいようにしてくれる。


 カミラは言われるままに、ルカの背中にまたがった。伝統衣装の裾の広いパンツは、スカートと違って乗り込むのにちょうど良い。


「ルカがこんなに大きくなるなんて」

「驚いたか? でも今度はもっと驚くぞ。ほら!」

「うわあっ!」


 今度はルカの体が、地面から浮き上がっている。カミラは落ちないように、必死でルカの黒い毛を掴んだ。


「ねえルカ、降ろしてよ。怖いよ」


 既にカミラとルカは、島を見下ろせるほど高い場所まで浮いていた。家の屋根より高い場所に行ったことが無いカミラは、半泣きになってそう懇願する。


「そんなこと言わないでさ。ほら、見てみろよ。島がとっても綺麗だぞ」


 恐る恐るカミラが顔を下に向けると、眼下には確かに美しい島の光景が広がっていた。


 大通りの場所にはオレンジ色の光が紐のように伸びていて、その周りの通りにもぽつりぽつりと灯りが見えた。黒い海に浮かぶオレンジ色の灯りの塊がとても綺麗で、カミラはなんだか泣きそうになる。


 そして何より目を引くのは、マカララ火山を挟んで街と反対側に流れる、鮮やかな赤色の溶岩だった。何本か川のように流れているそれは、この島の血潮のようだ。


 マカララ島は火山と共に生きる島なのだと言われて育ってきたけれど、カミラは今ひとつ実感が無かった。火山の中心部は危ないから近づいてはいけないと言われていたし、カミラが生まれてからは大きな噴火も無かったからだ。


 それでもこれを見ると、カミラは今まで言われてきたことにすんなりと納得してしまう。お祭りの灯りよりもずっと明るく輝く火山の溶岩は、自然の雄大さを感じさせた。


「な、綺麗だろ」

「うん。私の島って、こんなにすてきだったんだね」


 出かけていた涙は、とうに引っ込んでいた。顔は見えないけれど、ルカはきっと得意げに鼻を鳴らしていることだろう。ゆっくりと空を移動するルカが、今度は楽しげにカミラに語りかける。


「ちょっと遠いところにいくから、しっかり捕まってろよ」

「え!」


 カミラが返事をする間もなく、強い向かい風が体を後ろへと押す。落とされないようにさっき以上に黒い毛を握りしめると、ルカは急旋回してどんどん高いところへ飛んでいった。


 薄い布でできた長くて太い袖が、風を含んで羽根のように広がった。傍から見たら朱色の羽の鳥と合体した黒いうさぎが、すごい速さで空を飛んでいるように見えるに違いない。もっとも、飛んでいるカミラとルカを見ているのなんて月の女神様くらいだろうけれど。


 ぼんやりと現実逃避気味に、カミラはそんなことを考えていた。しかし現実は、さらに厳しさを増していく。


「カミラ、いけそうだな。スピード上げるぞ!」

「ひゃぁぁあ、あっ……」


 あまりの空気抵抗の強さに、カミラはとうとう気を失ってしまった。

 カミラにとってルカの飛行は、流れ星と同じかそれ以上の速さに感じられた。鳥のように空を自由に飛びたいと思ったことはあったけれど、空の旅がこんなに大変だなんて想定外だった。


 カミラの意識が途切れて、どれくらいの時間が経っただろうか。暗闇の中に、聴き慣れた声がこだまする。


「……ラ、……ミラ、カミラ、起きろよ。着いたぞ、カミラ……」


 なんだかお腹が重たい。

 ルカの声が何度も自分の名前を呼んでいることに気がついて、カミラはようやく目を覚ました。


「んん……?」

「カミラ!」


 お腹の上には、元の大きさに戻ったルカが乗っていた。通りで重たいわけだ。


「ルカ、どいて。重い」

「何だよ、せっかく起こしてやったのによ」


 ぶつぶつと文句を言うルカだが、顔にはカミラが目覚めてホッとしたと書いてあるようだった。


 意識がだんだんはっきりしてくると、自分がふかふかのベッドに寝かされていることが分かった。こんなベッド、カミラの家はおろか、島のどこを探しても見つけられないだろう。


「ここは、どこ……?」

「おいカミラ。そんなことより、女神様に挨拶してくれよ」


 そしてカミラの島には絶対にいない、白い肌で銀色の髪をした女性が微笑んでこちらを見ていた。


 カミラは直感的に、彼女が月の女神ルアニカだということを悟った。

次回の投稿は2/11の夜8時です。

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