島の祭り
本当は友達と屋台を巡りたかったけれど、皆家族の屋台の手伝いや踊りの準備で忙しくて、なかなかタイミングが合わないようだった。それでもカミラにはルカがいるから、不思議と寂しい気持ちにはならなかった。
お母さんからもらった小銭をぎゅっと握りしめて、カミラは屋台を見て歩く。魚の串焼きに揚げた芋、果物の蜜がけなど、祭りの屋台はたくさんの種類がある。いろんな匂いが混ざった大通りは、今夜だけの特別なものだ。
後ろからぴょこぴょこと付いてくるルカを、歩いている島の人が気をつけて避けてくれている。カミラがルカを飼い始めたのは数日前だけれど、この狭い島ではその情報が出回るのに十分な日が経っていた。
普段は夕飯で甘いものばかりを食べることは許されないけれど、今日のカミラは自由だ。早速ジュースの屋台に近づいて、おばちゃんに声をかける。
「おばちゃん、ププタキのジュースちょうだい」
「はいよ。……お姉ちゃんって呼んだら負けてあげても良いけど」
カミラから見れば売り子の人はどう見てもおばさんなのだが、長い黒髪を一つにまとめた彼女はまだまだお姉さん扱いされたいらしかった。カミラはそれでジュースが安くなるならと、とびきりの笑顔で声の高さを一段上げて、大きな声で注文をする。
「お姉ちゃん! ププタキのジュースちょうだい」
おばちゃんはニッコリと笑って、カミラの頭を撫でた。
「カミラちゃんは素直な良い子だねぇ。ほら、ロア貝一枚だよ」
ププタキの実の中をくり抜いた器に、おばちゃんはたっぷりとジュースを注いだ。まろやかな甘い匂いが、そこら中いっぱいに広がった。
「ありがとう、おばちゃん!」
「こら、戻すなー」
そう軽口を叩きながら、どっしりと重いププタキの実を受け取った。こんなに入っていれば、他のお菓子を食べるより先にお腹がいっぱいになってしまうかもしれない。
歩きながら飲もうかと思っていたけれど、想像より重くてたくさん入ったジュースは、何かの拍子にちょっとでも揺らしたらこぼれてしまいそうだ。器の高さぎりぎりのところで水面が揺れるジュースを啜って、カミラは落ち着いて飲めそうな場所を探して歩く。
大通りから少し離れたところにある砂浜に、カミラは足を踏み入れた。そこなら人も多くないし、何より広いから誰かとぶつかることはない。
カミラは道からすぐのところの砂の上で立ち止まった。本当は座って飲みたいけれど、おしりを地面に着けたらせっかくの綺麗な衣装が汚れてしまう。
食べ物を楽しむ人が転々といる海の側で、とろみのある濃厚なジュースを口に含んだ。口に広がる甘酸っぱいププタキの味が、店番で疲れた体に染み込んでいく。
夜の海は、黒い夜空に浮かぶ大きな月を鏡のように映していた。ザザン、ザザンと穏やかに鳴る波の音が、祭りのざわめきと重なる。
夜の海に来ることは今まで無かったけれど、昼間の青緑色とは違う紺色の海もまた綺麗だった。
「なー、おいらにもそのププ何とかジュースちょーだい」
「ププタキね。……はい」
ルカ用のお皿を持ってくれば良かったけれど、浮かれていたカミラにはそこまで気が回らなかった。丸いププタキの器を傾けて、ジュースを手のひらに乗せる。
カミラの手を舐めたルカが、飲み込むなりつぶらな黒い瞳を輝かせた。
「うまい! おいらこんなの初めてだ」
「ププタキは月の女神の生誕祭のための果物だからね」
ププタキは女神の生誕祭の頃にしか採れない貴重な果物だ。満月のような白銀色の皮とまん丸の形は、お祝いに良いとお祭りで大人気である。
飲み終わったププタキの厚い皮を、砂浜で焚き火をしている巫女さまの所に持っていく。サンゴが混ざる砂が靴の中に入ってきて、ちくちくと痛かった。
彼女は神殿で月の女神に仕えている唯一の巫女である。もう皺くちゃのおばあさんだけれど、島の人々からは「巫女さま」として敬われていた。
月の女神様からのお告げを聞いたり、島の人々のお願いを伝えたりすることは巫女さまにしかできないのだ。そして今日のようなお祭りの日には、ププタキなどの神聖な食べ物を食べて一晩中火を焚いて過ごしていた。
今日くらいしか直接島の人と話せないから、彼らの相談に乗っているのも見たことがあった。
巫女さまが誰とも話していないことを確認して、カミラは飲み終わって空になったププタキの皮の器を差し出した。
「これ、燃やしてください」
月の女神の色である白い衣装を着た巫女は、静かにカミラの方を見た。まるで何かを試されているような感じがしたのは、気のせいだろうか。
「女神に祈り、感謝の御心を伝えなされ」
巫女さまが皮を受け取って、しわがれた、されど威厳のある声でそう告げた。カミラは草を編んだ敷物の上で、祈りの姿勢になる。
「天空におわす我らが母、月の女神ルアニカよ。今宵への祝福を、祈りと感謝と共に捧げます」
祈りの言葉は祭りの最初と最後に島の皆で口にするものだし、毎年唱えてきた文句なのでするりと口から出る。巫女さまの前で言うことには緊張したけれど、特に間違えることもなく言うことができた。
月の女神ルアニカの生誕祭の日に焚き火をするのは、昔からの伝統である。
女神の木と言い伝えがあるナーキキの木と一緒にお祭りに使ったものを燃やすことで、お祝いの気持ちと女神への感謝を、昇りゆく煙に乗せて届けるのだ。
巫女さまが皮を火の中に入れると、焚き火の炎がぶわっと揺れた。
宝石を散りばめたような満天の星が瞬く夜空に焚き火の白い煙が溶けていくのを、カミラは足元のルカと一緒に見ていた。
ルカがカミラの足にまとわりついて、何か言いたそうに鼻をひくひくさせている。焚き火のおじさんから少し離れた周りに人が少ないところにしゃがむと、カミラの左耳にルカが口を近づけた。
「おいら、カミラと行きたいとこがあるんだ。岩場の方、連れてってくれよ」
次話の投稿は2/10夜8時です。




