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祭りの始まり

 カミラは一月も前から、この夜を待ちわびていた。大きな満月が、穏やかな空を明るく照らしている。


 世界のど真ん中に位置するこの島は、一応北半球にあるとは言え毎日暖かな風が吹く、いわゆる常夏の楽園だ。生まれた時からずっとこの島に暮らすカミラは、寒さも雪も知らずに生きてきた。


 今夜は太陽の神ケーコアと並ぶ最高神、月の女神ルアニカの生誕祭が行われる。年に一度、満月が一番大きく見えるこの夜に、ご馳走や踊りとともに女神の誕生を祝うのた。


 冬のいつもより少しだけ長い夜は、美しい満月をたっぷりと楽しむのにぴったりな季節である。


 マカララ島の人々は一丸となって、今宵の祭りの準備を行なってきた。カミラもお母さんやおばさん達の料理を手伝わされたし、祭りの踊り子に選ばれた姉の衣装作りもさせられた。


 十歳のカミラにできることは、せいぜい野菜の皮を剥いたり簡単な図案を刺繍したりするくらいのことだ。


 それでもカミラは、自分にできることは一生懸命にやったという自信があった。料理はきっとほっぺたが落ちるくらい美味しいはずだし、刺繍がたくさん入った色鮮やかな衣装は、十代半ばの姉を美しく引き立てていた。


 そうして楽しみにしていた祭りだったので、家族で出す料理の屋台の手伝いで店番をしていても、カミラの心は躍っていた。


 お母さんが出す魚料理の屋台は、老若男女問わず大人気である。カミラが手を怪我しながら剥いた野菜が、白身魚のスープに可愛らしく彩りを添えていた。


 カミラはスープを小さな木の皿によそって、店の裏へ持っていく。土の地面の上に置くと、小さくてモフモフした毛の動物が待ってましたとばかりに寄ってきた。


「すっげぇうまい!」


 そう言いながらぺちゃぺちゃとスープの皿を舐めるのは、最近カミラが飼い始めたうさぎのルカだ。ルカはなぜか、人間の言葉を喋るうさぎである。


 普通は驚くのかもしれないけれど、うさぎを島の古い壁画でしか見たことが無かったカミラは、こういうものだとすぐに受け入れてしまった。


「特にこの、黄色くて丸いのがうまいな! 月みてえだ」

「それ、私が皮剥いたんだよ」

「へーえ! おいらの前足じゃ無理だな」


 ルカは艶のある黒い毛のうさぎで、火山の方にある岩場に挟まっていたところをカミラが発見したのだ。今のところ噴火の気配は無い安全な場所だったけれど、うさぎがどうしてそんなところに迷い込んだのか。


「カミラ。ナルが戻ってきたから、遊んできて良いわよ」

「あ、うん、分かった」


 ナルというのは、カミラの一つ下の弟だ。さっきまでは友達と騒いでいたようだけれど、屋台の店番のためにお母さんが連れ戻してきたようだ。祭りが始まってからずっと手伝っていたカミラは、そろそろ休憩が欲しい頃だった。


「これ、お小遣い。好きなの食べてきな」

「ありがと」


 そう言ってお母さんは、カミラの手に数枚のロア貝を手渡した。

 この島で食べ物や布との交換に使われるのは、このロア貝と呼ばれる白くて不思議な色に光る貝がらだ。そのまま飾っておきたいくらい綺麗だけれど、これはモノと交換するためのものだった。


「その子、ちゃんと面倒見るんだからね」

「はあい」


 お母さんや他の人が見ているときのルカは、普通のうさぎのふりをしている。ひくひくと鼻を鳴らして、まるで本当に人間の言葉が分からない普通のうさぎみたいに振る舞うのだ。


 カミラは立ち上がって、ぐいっと背伸びをした。ずっとしゃがんでいたので、足が少し痺れてしまっている。

 お母さんがパタパタと立ち去ると、ルカは口の周りをぺろりと舐めた。


「なあ、おいらも連れてってよ」

「良いけど、迷子にならないでね」


 カミラは店の横を通って、食べ物の屋台が立ち並ぶ明るい大通りに出た。いつも遊びに行くときに通る場所だけれど、特別な夜には全然違う道に見えた。


 普段から暑いこの島だけれど、人の熱気がむわりと漂う今日のこの島は、いつもよりもずっと暑く感じた。伝統音楽の笛の音が鳴り、人の声がいつもより大きく響く大通りを、遠くから大きくて涼しげな月が静かに見ていた。


 鮮やかな朱色の伝統衣装は、カミラの褐色の肌と豊かな黒髪によく似合う。普段のカミラは、薄くて染めない織物の服に身を包んでいた。そんな彼女だから、綺麗な晴れ着を身につけて街を歩くと、それだけでいつもより大人になった気がしたのだ。


 闊達な島の少女カミラと喋る黒うさぎの冒険が今、始まる。

楽しんでくださると嬉しいです!

次回の更新は2/9の夜八時です。

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