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6話 宣戦布告

「王子! こちらへ!」


 何人かの兵士たちが俺を助け起こそうとする。それ以外のヤツらは船に向かって火球を飛ばした。


 しかし、弧を描きながら船へ飛んだ火球は。直撃する寸前、掻き消えてしまった。またもや見えない壁に阻まれた、というよりは無効化されているように見える。マズイぞ!


「下がれ! 砂浜から撤退しろ!」


 俺は叫んだ。


 どういう仕組みかは知らないが、ヤツらに精霊魔法は通じない。一方的にやられるだけだ。今は退くしかない。だが遅かった。


 風を切る音が響き渡り、次々と矢が兵士たちに襲い掛かる。


 顔に、喉に、足に矢を受けて命を失う者や苦痛にのた打ち回る者で溢れかえり、砂浜は地獄絵図と化した。


「王子! お下がりを――」


 俺のすぐ横にいた兵士の声が不意に途切れた。


 その兵士の胸部には矢が突き刺さっていた。そして信じられない事に、矢はその後ろにいた兵士までをも貫通していた。


 一矢にして2人を射殺す。間違いない。あの船に乗っている者、おそらく弓矢を射ているであろう大男は――


「源……為朝!」


 平安末期、その強弓で数々の兵を屠った弓の名手。保元の乱においてはあの平清盛をも恐れさせた怪物だ。


 その男が今、鬼人として転生し猛威を振るっている。


 生前の気性の激しさ通り、容赦なくアルタイア兵を殺戮していた。


「下がれ! 矢が届かない所まで後退しろ!」


 今の俺にはそうやって叫ぶことだけしかできなかった。


 1人でも多くの兵たちをこの地獄の砂浜から撤退させなければならない。


「アルセル王子よ……」


 不意に歪な声が耳に入った。またあの大ウミヘビが話しだしたのだ。


「我々はこれで失礼する。今回はほんの挨拶のみ。では、またお会いできる日を楽しみにしております……」


 そう言葉を残して大ウミヘビは動かなくなった。海上の船もどんどん遠ざかって行く。青い炎の松明が暗闇の中へと消えていった。それと同時に矢の襲撃もパタリと止んだ。後には物言わぬ死者と苦痛に悶える生者だけが残った。


「マスター……」


 ヒスカが呆然と呼びかけてくる。


 俺はそれには応えず、海の方を睨みつけていた。


「マスター、水の魔法で矢を取り除きます」


 ヒスカが両手を俺の肩に当てる。彼女の手が流体となり、傷口の中に入っていく。


 俺は顔を歪めた。

 それは、矢を取り除く際の苦痛の所為ではない。自分の精霊を、兵士たちを無残に傷つけられた事に対する怒りによるものだった。


「取れました」


 ヒスカが取り除いてくれた矢を受け取る。

 その矢じりは通常のモノと異なり、先端が二又に別れていた。


「……鏑矢か」


 戦の前の儀礼に「矢合わせ」というモノがある。


 それは両陣営の代表の者1名が、相手に向けてこの先端が二又に別れた矢「鏑矢」を射ち合うという儀礼だ。


 この「鏑矢」は戦の開始を合図するモノだ。


 つまり、転生鬼人衆は正式に宣戦布告してきたのだ。これから本格的に攻撃を開始する、と。


 俺はもう一度船影があった辺りを眺めた。


 1人は源為朝、もう1人は誰かわからない。が、残りの8人の誰かだろう。倒すべき敵に変わりはない。

 フツフツと闘志が沸き起こる。


「ぶっ潰してやるよ……転生鬼人衆」


 暗い海上に向かって俺はそう呟いた。




 ◆鬼人の刻◆


 源為朝は、船首に立ったまま目の前の暗い海を眺めていた。アルセル王子たちに宣戦布告を行ってから数時間が過ぎている。その間ずっと彼は船首に立ち続けていた。


「何をボッーとしておられるのだ、為朝殿?」


 横合から声を掛けられた。


 そこには小柄な老人、パラケルススが笑みを浮かべながら立っていた。


「先程は圧巻でしたなぁ。アルタイア兵たちを難なく射殺しなさった。さすがは弓の名手、やつらも今頃恐怖に震えておるだろうなぁ」


 ヒヒヒと不気味な笑い声を上げるパラケルスス。彼が大ウミヘビの死体の口を使ってアルセル王子に話し掛けていた張本人だ。


 為朝はその奇怪な術に多少の興味を持っていたが、それ以上にこの老人に対して嫌悪感を覚えていた。


 その彼が今、自分の事を褒め称えているが、まるでいい気はしなかった。この老人には何かある、そう為朝は直感していた。


「ふん、俺の矢は雑兵ども如きに振るうモノではない」


 為朝はわざと慇懃に聞こえるように言った。


 しかし、その言動とは裏腹に、矢を放つ感触には満足していた。


 義眼の魔術師シャミハナが寄越してきた弓矢は為朝が生前使用していたモノと寸分違わなかった。


 彼が生前使用していた弓矢は通常のモノよりも大きい造りになっていた。通常の弓は228センチメートルに対して彼のモノは258センチメートル。弦を張るのに5人の力が必要だとされた強力な弓だ。さらに、矢は貫通力を高める為に先端はより鋭利にし、油もさしていた。


 彼が工夫を凝らした弓矢をシャミハナは見事に再現していたのだ。


 為朝は天性の弓使いである。彼は210センチメートルという大柄な体躯であったし、弓手(左手)が馬手(右手)よりも12センチメートルも長かった。これにより、長大な弓でも最大限に引き絞って射ることができるのだ。アルセル王子が目撃したように、鎧を身に着けた2人の兵士を貫通させることも容易いことだった。


「計画通りアルタイアの意識を北岸に向けさせることができた。他の者たちも各地に向かっておる。ワシらも急いで合流しないといけませんぞ?」


 パラケルススは念を押すように喋っているが、為朝は上の空だった。


 彼はアルセル王子のことを考えていた。


「パラケルススよ……」


「ん?」


「俺はあの時ヤツの左手の平を狙ったのだ」


 為朝は前を向いたまま独り言のように呟いた。


「しかし、矢は王子の肩に刺さっておりましたぞ?」


 パラケルススの指摘に彼は頷いた。


「そうだ。あやつめ、生意気にも俺の矢を切り払おうとしおったのだ。お陰で狙いが逸れてヤツの左肩に刺さった」


「なんと! では、下手したら矢はアルセル王子の首に刺さっていたかもしれなかったと? あの場で死んでいたかもしれないと?」


 為朝はニヤリと笑みを浮かべて頷いた。


 そんな彼にパラケルススは非難めいた目線を向けた。


「アルセル王子にはまだ大切な役目が残っているのです。ここで死んでもらっては困るのですよ」


「ふん。幸い死んでおらぬのだから良いではないか」


 常人では視認する事さえ難しい為朝の矢がアルセル王子には見えていた。さらに剣で矢を切り払おうとさえした。生前、その真似をしてみせた者はいなかった。敵対した兄の義朝でさえ、為朝の矢に恐れおののき何もできなかったのだ。


 為朝はブルッと身震いした。当然ながら、武者震いであった。

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