20話 ヒヒイロカネ
スパルタカスによって殺害された兵士たちは、地上に無残な姿を晒していた。しかし、肝心の小剣が消えている。
仲間の獣人が持ち去ったのか?
あの赤き刃はやはり貴重ということだろうか。
為朝の鏃にも使用されていた真紅の金属。あれの正体は伝説のヒヒイロカネではないかと俺は考えていた。
太古の日本で精製されていた云われる伝説の金属。炎のような朱色が特徴的で金よりも軽く、決して錆びず、熱伝導性に優れており、合金ではプラチナよりも硬いと云われている。
そんな金属が使われているからこそ、鬼人衆の武器は凄まじい威力を発揮しているのではないか?
ともかく、あの武器さえあれば、やっと同じ土俵に立てるはずだ。
「ヒスカ、第一界」
感覚を研ぎ澄ます。
すると、付近から荒い息遣いが聞こえる。野獣が獲物を狙い定めているようだ。
「リサンドラ!」
岩陰から飛び出してきた獣人に火球を浴びせかける。悲鳴を上げながらのたうち回る獣人を別の獣人が飛び越えて走り去る。その手には煌く小剣が握られていた。
「ウィリデア!」
「はいはーい」
土の精霊の力により、地面から土の手が飛び出す。獣人は呆気なくその土の塊に捕えられた。
「これは貰うぞ」
半ば地中に埋め込まれた獣人の手から小剣を奪い取る。
刃は炎のような朱色をしている。そして驚くほど軽かった。
コチラを睨み付けている獣人の頭を掴み、その喉に小剣を突き刺した。
獣人はヒュっと喉を鳴らした後、電池が切れたようにガクリと頭を垂れた。
なるほど、すごい切れ味だ。
転生鬼人衆がこんな武器を持っていたら、それはもう対処の使用もないはずだ。
獣人の喉から小剣を引き抜き、俺は再び飛び上がった。
「アルセル様!」
大樹の方からレイナとアルタイア兵たちがやって来た。
「敵は?」
兵の1人が尋ねてきた。
「森で襲ってきた連中だ。大分入り込まれている」
下ではエルフと獣人たちとの戦いが繰り広げられている。戦況はエルフの方が大分有利なようだ。それにしても、スパルタカスたちはあの人数だけで攻めてきたのか? だとしたらあまりにも無謀ではないか。彼がこんな無茶な事をするとは思えないが……
「お前たちは新手が来ないか周辺を見回ってくれ。必要とあればエルフたちの援護も頼む」
「アルセル様は?」
とレイナが尋ねてきた。彼女は他の兵の魔法で浮いている。
「俺はスパルタカスを追う。その為の武器も手に入れた」
赤色の小剣を見せた。
兵たちから感嘆の吐息が漏れる。
「レイナ、君には負傷した者の応急処置を頼みたい。大樹の城まで俺が送るよ」
「わかりました」
レイナに改めて浮遊の魔法をかける。風で彼女の黒髪が靡く、まるでどこかの女神のようだ。
「アルセル様?」
「いや、何でもない」
見惚れていたなんて言えるわけがない。
「諸君、未来ある友人たちの手助けをしよう。襲ってくる獣どもは容赦なく叩き潰せ」
俺の声を合図に各々飛び去って行った。
レイナを城の広間に送り届け、俺は再びを飛び立った。大樹に沿って旋回する。
スパルタカスはどこにいるのだろう?
その時だった。
枝の陰から急に網が放たれた。
不意を突かれた俺は見事に引っかかり、枝に激突した。
網を払いのけると、すぐ近くにスパルタクスが立っていた。どうやら彼が網を放ったらしい。
おそらくこの網は魚人剣闘士のモノだろう。魚人剣闘士は網と矛を用いて戦う。トラキア剣闘士であるスパルタカスはこんなモノを使うはずはないのだが。
「効果的な不意打ちだな」
そう語りかけたが、スパルタカスは意に返さず剣を振るってきた。
小剣で受けとめる。思った通り、今度はしっかりと受け止めることができた。
「俺の小剣を拾ってきたか」
スパルタカスは意に介していない様子で、そう言った。
「兵士2名は高く付いたがな。お陰であなたと少しはまともに戦える」
今度は一方的にやられるわけにはいかない。




