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2話 風の精霊ラヴェンナ

 寝起きの気怠さが心地好い。


 頭を包み込む羽毛の枕に、体が沈み込む程柔らかいベッドが俺を怠惰な方向に導こうとしているようだ。


 しかし、そんな心地よさも、昨夜の夢を思い出すと同時に吹き飛んだ。


 昨夜の夢。


 青い炎から現れた義眼の魔術師。


 ヤツの妖しげな術によって出現した9の鬼人たち【転生鬼人衆】。


 義眼は鬼人衆を使って我が【アルタイア王国】を滅ぼすと宣言した。


 そして俺は、前世である史遠凛也の記憶を思い出したのだ。


 ただの夢と言ってしまえば簡単だが、妙に現実感があり、底知れぬ不安を感じた。なにより、目覚めた今でも俺の中には史遠凛也の記憶が渦巻いている。


 大学の講義、本屋でのアルバイト、緩いサークル活動など、昨日の出来事のように凛也だった頃の記憶を思い出せる。一方で、アルセルとしての記憶もしっかりとしているのだ。とても不思議な感覚だった。


 何だか妙な気分に囚われたまま目を開けると、薄汚れた白天井が目に入った。右手側の窓から朝日が射し込んでいた。


 俺は上体を起こして部屋全体を見回した。とても広い部屋だ。正面には木製の扉があり、その右手には凝った造りの衣装箪笥がある。


 部屋の中央にはドッシリとした木のテーブル、それを取り囲む椅子が何脚かある。床には毛足の長い絨毯が敷かれており、踏み心地が良さそうだ。


 手狭な学生アパートとは天と地の差だ。


 凛也とアルセルの記憶の狭間で逡巡していると、ふと隣に気配を感じた。


 見下ろせば、すぐ隣に若い娘が眠っている。衣服を身に着けていない。そしてそれを眺めている俺も服は着ていなかった。


 それが意味する事はわかる。わかるのだが……


 はて、この女は誰だろう?


 そもそもここはどこなのだろうか?


 俺はアルセルの記憶を手繰った。


 夢を見る前の記憶だ。


「……」


 アルセルの記憶に焦点を合わせるよう意識すると、いとも簡単に思い出せた。


 ここはアルタイア王国の北岸の港町だ。王都の窮屈さに飽き飽きした俺は配下数名を引き連れてこの街にやって来た。理由は1つ。ただ海が見たくなったからだ。


 あぁ、そうだった!

 以前の俺はそうやって好き放題に暮らしていたのだ。傍若無人な王子。それがアルセル・アルタイアだった。思い返せば恥ずかしい話だ。


 そんなどうでもいい理由でこの街にやって来た俺は、一番豪華な宿を貸し切り、近くの酒場で暴飲暴食の限りを尽くした。


 この隣で寝ている彼女はその酒場の踊り子だ。その踊りが魅力的だったので、この部屋に誘って一夜を共にしたわけだ。


 そして事を終えて眠りに付いた後、例の夢を見たのだ。


 踊り子の娘を眺めながら昨夜の事を思い返す。


 不思議だ。前世の凛也はまるで女性と縁が無い文学青年だったのに、現状は目の前の通りだ。


 さらにアルセルの記憶を辿れば、いかに俺が――


 ん?


 記憶を辿っているうちに、ある事を思い出した。


 それは例の夢の最初、義眼の魔術師たちの広場に意識が向かう前に見た巨大な石像についてだ。


 あの石像を俺は見た事がある。幼少の頃、母と共に見たのだ。


 あれはこの国の石像ではない。あれはアルタイア王国から海を挟んで北にある島の【バナへイル王国】のモノで間違いない。


 確かあの石像は、バナヘイルの南岸地域に設置されていたはずだ。つまり、義眼の魔術師一派はあの付近の森で例の儀式を行っていたのだ。


 確かめる必要があるな。


 俺はベッドから起き上がった。


 衣服が下の絨毯に脱ぎ捨てられている。


「ラヴェンナ」


 衣服を拾い上げながら呼びかけると、何もない中空から突然1人の女性が浮かび上がった。緑の薄絹の衣を纏った美しい娘。その長い髪も、眼も豊かな緑色ではあるが、どこか現実とは隔たりがある存在だ。


「はい、マスター」


 彼女の足は床に着くことなく、宙を滑るようにして俺に近づいて来た。


 およそ人間にはマネできない芸当だ。それもそのはず、彼女は人間ではなく俺と契約を交わした風の精霊シルフなのだ。


「お前にはバナへイル王国南岸に至急偵察に向かってもらいたい。もしかすると、危険な連中が動いている可能性がある。頼まれてくれるか?」


 しかしラヴェンナは呆けたように首を傾げている。


「ラヴェンナ?」


 呼びかけると彼女はハッとし、慌てた様子で相槌を打った。


「は、はい、偵察ですね。お任せを……」

「どうした?」


 問い掛けると彼女は遠慮がちな視線を俺に向ける。


「あの、いつものマスターと、雰囲気が違うな、と……」

「俺の雰囲気が?」

「はい。その、頼むという言葉も……」

「あぁ」


 そうか。


 昨夜までの俺は、先述した通り傲慢なヤツだったのだ。人にモノを頼む事を知らない。常に命令口調だった。それは王族という地位ではなく、王国最強の武人という自信から来る傲慢さなのだろう。自分で言うのも何だが、俺は王国の誰よりも強いのだ。


「い、いやな、俺にも心境の変化というモノがあってだな……って、それはいい。それよりラヴェンナ、バナへイルの南岸、巨大な石像が設置してある地域を中心に探ってくれ。連中の指導者は左目が義眼。異様なプレッシャーを放っているから、見ればすぐにわかると思う」


「はい」


 ラヴェンナは真剣な顔つきに戻り頷いた。


「できれば取り越し苦労であることを祈るが……頼むぞ」


「お任せを」


 風の精霊ラヴェンナは、俺に一礼すると窓をすり抜けて飛び立って行った。


 衣服を身に着けると、剣が無いことに思い至った。


「あれ? どこいった?」


 昨夜は酔っていたので、その辺に投げ捨てているのかもしれない。


 部屋を探し回り、テーブルの下に落ちているのを見つけた。


 凝った造りの鞘に納められた両手剣だ。剣身1メートル程。14世紀から17世紀の間にスコットランドで使用されていたクレイモアの形状に似ている。柄の先端部分に四精霊を象った王族の紋章が付いていた。


 王家に古くから伝わる宝剣をこんな乱雑に扱っていると知ったら、さすがの父上も激怒するに違いない。思わず苦笑しながら剣を掴み取る。


「アルセル様?」


 ベッドの方から声がした。踊り子の娘が目を覚ましたのだ。


「あぁ、起きたのかい。今日の仕事までゆっくりしているといいよ。中々快適な部屋だからな」


 ポカンとしている娘を残して俺は部屋を後にした。


 宿の外に出てみると、港から青々とした海が見える。その先の遥か前方に島影がうっすらと見えた。あそこがバナへイル王国だ。


 義眼の魔術師と転生鬼人衆が潜伏しているであろう国。あくまで実在していればの話だが……

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