12話 急襲
鬱蒼とした森の中を、俺たち人間と亜人の奇妙な一団は進み続けている。
前を行くレイナとエルフのユリアは色々と会話を交わしている。と言っても、一方的にユリアが問い掛けているだけで、レイナは遠慮がちに答えを返しているだけのようだ。それでも後ろを歩く男たちに比べれば随分と打ち解けているように見える。
なんせ、後ろの男たちは人間もエルフも互いに互いを警戒しており、常に相手を睨み付けているような状況だ。ピリピリと張り詰めており、いつ戦い始めてもおかしくない。間に挟まれた格好のオーフェルにはつくづく同情してしまう。
「ねぇアルゴン?」
前のユリアが声を掛けてきた。
「レイナに聞いたのだけど。あなた達の国の王族って随分と嫌な連中みたいね」
と彼女は笑みを浮かべながら言う。するとレイナが慌てて声を上げた。
「わ、私はそんな事は言っていません!」
そう言ってチラチラと俺の様子を窺がっている。
俺は内心苦笑しながらもユリアの問い掛けに答えてやった。
「えぇ、ここだけの話、彼らはあまりにも身勝手です」
「へぇ、やっぱりそうなんだ」
「彼らは精霊魔法を独占し、国民にその恩恵を与えていません。精霊と契約を結べるのは王族とアルタイア兵だけです。その所為で私は遥々ここまで来ることになっていますからね」
「それはお気の毒ね」
俺は重々しく頷いた。
「それに、精霊魔法を独占している彼らは周りの他国を見下している傾向があります。強引な外交交渉は当たり前なのです。それでは敵を作るばかりだと言うのにね。きっと、負ける事はないと高を括っているのです」
凛也としての価値観を大きく参考にすれば、こういう考えに至った。前までの俺なら決して考えもしなかっただろう。
「ふふ、そこまで言ってしまうなんてよっぽどね。いっその事このままココに住んじゃえば?」
「それは――」
それは一瞬の事だった。
笑みを浮かべていたユリアの顔が険しくなる。
「ユリア!」
後ろの男エルフが声を上げる。
「わかってる」
そう答えて彼女は手を当てて耳を澄ます。
「また獣人たちが迫っている……けど、何? 気配が異なる者が一緒にいるみたい」
彼女は背後を示した。
他のエルフたちもソチラに視線を向ける。
「どうする?」
男エルフがユリアに問い掛ける。
「迎え撃つ。どのみち獣人たちの脚力からは逃げられない」
ユリアは他のエルフたちに次々と指示を与えていく。何人かは木の上へと登り、上から弓を構えている。
「あなた達は下がっていて。すぐに終わらせるから」
そう言われたら、それに従うしかない。
しかし、胸騒ぎがする。何か重圧のようなモノを感じるのだ。まさか――
「ユリアさん、獣人以外にも何者かが一緒なのですね?」
「そうよ。でも問題ない。一気に殲滅するから」
彼女は落ち着いた調子で言う。
「アル、ゴン様」
レイナが不安げな目で見あげてくる。俺は他の者たちに目配せし、精霊魔法を使わないよう伝える。
もし鬼人衆の誰かだとしたら、無意味なのだ。それよりはこのエルフたちの力量に頼った方がいい。
「来たわ」
ユリアが小声で囁いた。
確かに森を複数の者たちが駆けてくる。確実に俺たちに向かって迫る。木々の間を縫うように進む黒い影たち。
ユリアはギリギリまで獣人たちを引き付けた。
そして合図した瞬間、木々の上や下の根の影から一斉に矢が放たれる。容赦ない矢の群れに獣人たちは為す術もなく倒れ伏した。
「上出来ね――」
笑みを浮かび掛けていたユリアの顔が緊張する。
獣人たちの死体を飛び越えてコチラに突進して来る者がいた。
半裸の男である。剥き出しの上半身は強靭な筋肉に覆われ、その手には小剣が握られている。
「あれは――」
あの顔には見覚えがある。
そこら中に敵意を剥き出している眼、頬に走る刃傷。
革製のパンツに白い輝きを放つ小剣。
剣闘士としてコロッセウスで死闘を繰り広げ、やがて支配者であるローマ帝国に反旗を翻した英雄スパルタカスだ。




