子供のような
空が少しずつ薄暗くなり始めた頃。俺と神原は、目的地であるスーパーの前までたどり着いていた。
「……着いたな」
「……着きましたね」
ようやく口を開いた神原は、視線云々(うんぬん)で疲弊している俺の言葉を肯定した。
なぜ《ようやく》なのかというと、先ほど耳まで真っ赤になった神原は、その後話をしてくれないどころか、目も合わせてくれなくなったのだ。
(なんか気に障ること言ったかな……)
俺的には神原にそんなことを言ったつもりは微塵もないのだが、もし何かしてしまっていたら、と考えると謝っておくのが正解なのだろうか。
「あー、神原」
「はい? あ、お手洗いですか?」
「いや、そうじゃなくて……」
(調子狂うなぁ……)
かといってこのまま言わないのもアレだし、帰るのが遅くなるだけである。俺は覚悟を決めると、さっさと言うことを言ってしまうことにした。
「その……さっきはすまなかった」
「えぇ!? なんのことですか!?」
「さっきまで口聞いてくれなかったから、なんかしたのかと思って。悪いことをしてしまったなら謝る」
「いや、あれはこちらの事情というか……」
神原は、突然なんのことかと思ったようで、慌てたように手をわたわたと振っている。
「とにかく! 榎本さんは悪いことなんて何一つしていないので、気にしないでください!」
「そ、そうか。 それなら全然いいんだが……ちなみに神原の事情ってなんだ?」
「――っ! い、言えません! デリカシーのない人ですね!」
「デリカシー……っておまえもさっき、俺にお手洗いですかとか言ってたじゃないか」
「それとはまた話が違います! 私のはもっと……」
「もっと?」
「なんでもないです! 早く買い物しないと、ご飯作るの遅くなっちゃいますよ!」
「そう……だな」
俺はどこかやるせなさを感じつつ、神原の言うことはもっともだったので、おとなしく従うことにした。まあ俺は夕飯を作るわけではないのだが。
神原はというと、さっきの子供のようなやり取りで体温が上がったのか、俯いていても赤くなっている耳が見える。何やらブツブツ呟いているようだが、声量が小さくて内容は聞こえない。
自分の世界に入っている神原を引き戻すために、俺は咳払いを一つ。
「それじゃあこの後各々買い物をして、終わり次第ここに集合、ってことでいいか?」
俺は神原が買える特売卵の数を増やすための要員なので、わざわざずっと付いて回る必要はないはずだ。
しかし、神原はそうは思っていないらしい。
「え〜! せっかくなんですから、一緒に回りましょうよ!」
「……なんでだ」
「えーっと、それはですね……」
理由を尋ねると、神原は口ごもった。どう答えようか考えているのか、目があちこちに泳いでいる。
「あ! た、多分私の方が買うもの多くて時間かかりますし、それ終わるまでここで待ってるのって、ちょっと暇だと思うんです!」
「なるほど」
「それに、私も買い物の最中暇になりませんし、ウィンウィンです! ウィンウィン!」
「なるほど……」
神原は、ぬけるように白く華奢な指を、数えるように折り、理由を述べてきた。最後の方は勢いで押してきた感じがあったが、一つ目の理由は明確に俺の事を慮ったものだった。これを無下にするのは失礼だろう。
「そういうことなら、一緒に行くか」
「ほんとですか! やったー!」
神原は顔を緩めると、浮かれて鼻歌まで歌い出した。
「さあさあ、行きますよ榎本さん! 特売の卵が、私たちを待っています!」
「そういえばもう街灯が灯る時間か。早く済ませないと暗くなるな」
俺は脳内で、今日買うつもりのものを整理しながら、陽気にスーパーのカゴとカートを取りに行った神原を追いかけた。
本当は今回でスーパーの中に入って買い物を始める予定だったのですが、自分の力量不足でこんな話になってしまいました……
次回はちゃんとスーパー入るので、ご安心ください!




