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「……やってしまった」

壁に額を押し付けながら、要はため息をもらした。目を閉じたまま、首を動かし額を離す。


いつもより少しだけ遅く起床した後、朝食をとっていた。メニューはもちろんクッキーとゼリー飲料。今日のはシンプルなバタークッキーである。枚数は二。


「やってしまったなぁ……」

ため息をもう一度繰り返す。

要が言っているのは昨日についてのことだ。


陽葵を夏祭りに誘った要だったが、翌日。今は(いささ)か尚早ではなかったかと頭を抱えている。

なんせ相手はあの「神原陽葵」である。羽星高校の生徒であれば誰もが知る名前だ。そんな彼女が一介の男子生徒と夏祭りに行ったとなると、どう思われるだろう。

もしかすると根も葉もない噂話が作られるかもしれないし、彼女が迷惑を被ることも有り得る。要だけならいいのだが、彼女にまで嫌な思いをするのは避けなければならない。

「……また考えよう」

そうこぼすと、要は立ち上がった。少し屈み、クッキーの箱を手に取る。すると図ったようなタイミングで、最早聞きなれた電子音が鳴った。


「おはようございます!」

「おう」


いつもと代わり映えなく、風鈴のような声が耳に届いた。ドアを開ければ、爛々と照る太陽が目に刺さる。室内との明度の差に、思わず僅かにまぶたをすぼめた。


光の量を調整すると、相も変わらずビシッと背を伸ばした陽葵がいた。その栗色の長髪は、生暖かい風に揺られている。


「どうしたんですか? そのおでこ」

「……なんでもない。あがってくれ」


陽葵は要の額に違和感を覚えた。ちょうど中央の部分が、ほんの少し赤くなっている。

さすりながら気にするなとごまかすと、陽葵は首を傾げながらも敷居を(また)いだ。



勉強会はいつものように、つつがなく進行していった。

最近は陽葵も勉強ができるようになり、要に質問する機会も減った。その分自分の方に集中できるのだが、少しだけ寂しい気持ちもある。巣立つ雛鳥を見届ける親鳥とは、こういう気持ちなのだろうか。なんだか複雑である。


「要くん、どうしたんですか!」

「え?」


突拍子もない陽葵の発言に、要は驚きの声をもらす。

「なんか今日変ですよ? ちょくちょく手止まってるし、浮かない顔してるし!」

「……そうか?」

「そうですよ!」


陽葵は要の顔を見上げた。少し、ほんの少しだけ眉尻を釣り上げている。

(わかるもんなのか……)

要と陽葵は付き合いが特別長いというわけではないが、その密度は響や舞海と比べ物にならない。校庭で出会ったその日から一緒に過ごさなかった日など、片手の指で足りるほどである。


要は顔にでやすい性格ではない。むしろそれは陽葵の方だ。毎日顔を合わせていれば、細かな変化でも気づくものなのだろう。



「なんだ、そんなことですか」

「そんなことって……結構なことだと思うんだが」

要は事の顛末を話した。陽葵はなんでもないといったふうに、肩をすくめている。


「わ、わたしは別にそうなっても構いませんけど……?」

「ん? なんか言ったか?」

「な、なんでもないです! 要くんのばか!」


陽葵は真っ赤になって顔を背ける。ぷりぷりと音が聞こえてきそうだ。しかし、要はなぜ突然怒られたのかわからず、首を傾げる。都合がいいというか悪いというか、そういうことは聞こえない耳である。


「あっ、じゃあ変装するのはどうですか?」

頬の赤みを引かせた陽葵は、閃いたように言った。手のひらにポンと拳を置いている。


「変装って……俺やったことないぞ」

「大丈夫です! ちょっと待っててください!」


そう言うと、陽葵はパタパタと音をたて、部屋からでていってしまった。

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