学校一の美少女のテスト
「榎本さん、何やってるんですか?」
「ああ、今日返ってきたテストの見直しだ。テストの後の見直しが一番大事だからな」
「真面目ですね」
夕飯のあと片付けを終えた俺は、赤ペンを持ち机に向かっている。
「何点だったんですか? 見せてください!」
「いやだ」
俺は解答用紙の一部を折り曲げ、点数は見えないようにしてある。見られて困るわけでもないが、なんとなくだ。学生の方ならわかると信じている。
神原は抵抗する俺の手首を掴み、解答用紙に迫る。かといって女子相手に本気の力を出すのも大人気なく思う。
幸い現在机に広げてあるのは、特に点数がよかった数学Iのテストだ。こいつなら見られてもバカにしてくるようなことはないだろう。
俺はそう考えると、少しずつ腕に込めている力を抜いていった。神原はそれには気づいていないようで、隙ありと言わんばかりに解答用紙を奪った。少し距離をとってから点数が書いてある右上部分をちらりと覗く。
「は、はは、はちじゅうきゅうてん!?」
そう叫んだ神原は、両手で解答用紙を持ったまま、石像のように硬直している。彼女の手にある紙はピンと張られ、破れないか心配だ。まだ見直しは終わってないから、やめてほしいのだが……
しかしまあ、今回はうまくできたのではなかろうか。高校最初のテストということもあり、難易度が分わらなかったため、十全に準備をして臨んだのだが、それが功を奏したようだ。
「ほら、俺のテストを見せたんだから、おまえのも見せてくれ」
「い、いやです!」
「さっき俺もおんなじことを言ったけど、おまえは見ただろ。おまえのも見せてくれなきゃ不公平だろ」
神原は「うぅ……」と言ってたじろいでいる。
そのまま睨み合いを続けていると突然、何かを思いついたような素振りを見せた。居住まいを正すと、俺の目をまっすぐに見つめてくる。
「榎本さんにお願いがあります」
「……なんだ」
「私に勉強を教えてください!」
「俺、人に教えられるほど頭良くないしなぁ……」
「この点数でですか! 嫌味ですか!」
「嫌味って……ていうかおまえ、結局何点だったんだ?」
「お、お願いします!」
神原はこちらの質問をスルーし、勢いよく頭を下げてきた。それにつられて、彼女の美しい栗色の髪も宙になびく。
「「あ」」
俺と神原の声が重なった。神原の胸ポケットから、カードゲームのカードくらいの大きさの紙が勢いよく飛び出たからだ。
それは胸ポケットから排出された勢いそのままに、俺の足元まで滑ってきた。
神原は焦ったように落とした紙に手を伸ばすが、先程距離をとったのが仇となり、俺が紙を拾い上げる方が早い。
四重ほどに折りたたまれたそれは、広げてみると数学のテスト用紙だった。左下には几帳面な字で、神原陽葵の名前が書いてある。点数欄には……
「四十七点、か」
「うぅ……見せるつもりはなかったのに……」
「ていうか、なんでそんなところに入れてるんだ」
「友達が見ようとしてきたので、机に入れていたらたら見られるかと思って……」
神原は恥ずかしさからか、自らの顔を手で覆っている。
しかしこいつの、俺に勉強を教えてほしいという要望は、どうしたものか。
確かに俺は、点数だけ見れば神原より上かもしれない。だがそれは、テストまでの勉強に割り振っていたリソースが他の人より多かったからだ。こうすれば勉強が出来るようになる! という特別な方法は、一切持ち合わせていない。
「私、勉強だけはどうしても苦手で……もし教えてくれるのなら、夜だけじゃなくてお昼ご飯も作るので! お願いします!」
……ふむ。
そういえばこいつには、毎日晩ご飯を作ってもらっているという恩義がある。決して昼ご飯が理由というわけではないが、借りは早いうちに返しておくのがいいだろう。別に昼ご飯も食べたいとかじゃない。
「……日時と場所決めるか」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
「俺はいつでも暇だから、神原にあわせるぞ。いつにする?」
「私もいつでも空いてるんですけど……じゃあ今週末で!」
「了解。場所はどうする?」
「あっ、それなら……」
「ん? どこか案あるか?」
神原は言いにくそうに、手をすり合わせてモジモジしている。俺はどこでもいいので、神原に決めてほしいのだが……
そう思っていると、顔をあげた神原が、覚悟を決めたように俺の目をまっすぐ見つめ、口を開いた。
「ここがいいです!!」
「そ、そうか……まあ俺は別に構わないけど。ちなみになんでだ?」
俺は神原に気圧されつつも、その勢いの理由が気になったため、神原に尋ねた。
神原にはなにか魂胆があったのか、タジタジになりながらも答える。
「ほ、ほら! ここだと学校の人たちにも見られませんし!」
「なるほど」
「あと図書館とかと違って、ちょっとくらい騒いでも怒られません!」
「ちょっとは騒ぐつもりなのか」
「あと…………から」
「ん? なんて言ったんだ?」
「な、なんでもありません!」
最後のは神原がなぜか下を向いていたので聞き取れなかった。聞き返しても教えてくれなかったのはなぜだろうか……
「じゃあ今週末、楽しみにしてますね!」
「楽しみにしてるって……勉強をするんだからな?」
「わ、わかってますよ! あ、お昼ご飯の要望があれば、事前に言ってくださいね!」
「それじゃ、また明日!」と言い残し、神原は去っていった。出ていく直前の横顔に、笑みが浮かんでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「あっ、あいつテスト忘れてるじゃないか」
俺は逃げるように出ていった神原を、四十七点のテストを返すために追いかけた。




