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『 Bar Cervantes 』  作者: 鰺屋華袋
第一章 バッカスの化身
2/2

2 酒に罪は無い...罪があるのは酔っ払いだけさ

      プロローグ  2


 

 結局....長大な行列に並ぶ程の時間を割く訳にもいかず....



 “掘り出し物のワイン”は諦めて仕入れに戻る.....



 せっかくだからと“自由広場”を見て回ったが....めぼしい物はそうそう見つかるものでもない.....



 結局.....最低限必要な物だけを仕入れて広場を後にした..... 




ーーーーーーーーーー




 “酔いどれの桃源郷通り(ドランカーユートピア)”の片隅.....



 北のはずれに近い場所に、ドゥルシネアが切り盛りする酒場兼食堂(バー&ダイナー)命の(ドロップオブ)水亭(スピリッツ)』は存在する。



 時は丁度、夜の帳が下りる時刻...本来なら一日の労働を終えた者達が、暖かな夕食と団欒で家々を満たし始める時刻だが...同時に、家路を急ぐ者達を誘い込む妖しい明かりが燈り始める時刻でもある。



「帝都に住まう民に(あまね)灯火(ともしび)を与え、闇を払うのは皇帝としての避け得ぬ責務である。もうこの帝都に闇に怯える者は必要ないのだ!」



 とは、ガス灯を敷設(ふせつ)した当代皇帝の弁だが、大人達はもっぱら“帝都から夜を追い出してまで工業生産力を上げたいのかよ”と思っていた。

 


 それでも...この通りに限って言えばガス灯の恩恵は大きかった。つい数年前、ガス灯が敷設される迄はこの辺りは数軒の食堂が軒を寄せ合うだけの寂れた通りだった。



 それが、他の地区に比べて少し遅くなったガス灯敷設のあおりを受けて、僅かに営業していた数店が破格の値段で売り出されたのだ。



 当然、ガス灯の無い通りは、新たな集客を望むべくも無い“閑古鳥の巣”の筈だったのだが...無鉄砲な若者(ちょうせんしゃ)か...はたまた老練な計算で勝算をはじき出した辣腕経営者か...その数軒は、あっという間に格安で売れてしまった。



 その後...“まだ数年はかかる筈だったガス灯敷設の順番”が突然変更され、数軒の店舗が有るのみだった通りは俄かに注目を集めだす事になる。



 この時、最初の五軒を買い取った5人のオーナー達は後に“酔いどれの桃源郷通り(ドランカーユートピア)”の顔役としてその勢力を確固とした物へ変える事に成功する...



ーーーーーーーーーー



 その後、通りには急速に様々な店が集い始める...ガス灯が有るとはいえ薄暗い通りには、自然と()()()()()店が溢れた。



 “食堂(ダイナー)”や“酒場(バー)”などは健全な方で、給仕にきわどい服装の娘を揃える“舞台酒場(キャバレー)”、誰でも歓迎の看板の奥に、VIPルームでは毎夜、法外なレートであらゆる賭博が催されていると噂の“賭博場(カジノ)”、気怠(けだる)げな雰囲気を纏いながら、なお妖しい笑みで男を蠱惑する“娼館(ハーロット)”の女達...



 そして...そこかしこで打ち合わされる“酒杯(ジョッキ)”の響きを聞けば、この““酔いどれの桃源郷通り(ドランカーユートピア)”があらゆる娯楽を内包した通り(ユートピア)だと勘違いするのは、男ならば無理からぬ事だろう...


 

ーーーーーーーーーー



 そんな“あらゆる欲望を蒸留した原酒(モルト)”の如き通りを一人の男が歩いていた。かなりの長身...周囲の通行人と比べても頭一つ高い。服装はけして派手ではないが、見る者が見ればその仕立ては簡単に手に入る代物では無い事に気付く筈だ。



「全く、何度来てもこの喧騒には慣れんな...」



 ひっそりと溜め息を一つ“生産”した男は、南北に走る通りの端を、極力目立たない様に進んで行く。やがて通りの喧騒からは少し離れた一角にひっそりと佇む“とある店”の前でその足取りを止める。



「ドゥルシネア! 今夜こそ、今夜こそは...君にこの思いを伝える! たとえ全てを捨てる事になろうとも!! ああ、ただ君一人だけが....」



「えー...非常に申し訳ありませんが...」



「Gyatmw.@+*ga!!?!」



 店の扉を完全にふさいでいた男に声をかけた途端...完全に周りが見えていなかったのか、男は凄まじい勢いで奇声をあげつつ、反射的に振り返った。そして流れる様な動作で腰に差していた剣に手を...



「...大丈夫ですかな? 随分驚かしてしまった様だ...」



 彼の剣は何一つ捉える事は出来なかった。彼が気付いた時には、あろうことか討ちはなった剣の束を“手離し”て...彼の剣は通りの向こうに派手な音を立てて“着地”していた。自らの右手と彼の前(後ろ?)に立つ、細面の男を見比べて唖然としていると...



 「おやおや...店に入るのに少々スペースを空けて頂きたかっただけなのですが...ここが酒場(バー)とはいえ、“剣に呑ませる”のは些かもったいなくありませんかな?」



 「...これは大変に失礼をしたようです。後ろから声をかけられた程度で慌てて剣を向けるなど...面目次第もございません」



 長身の青年はそういって素直に頭を下げる。



「これはこれは...剣を向けられた事は気にはしておりませんが...それでは、そこの酒場で一杯奢って頂きましょうか...」



 そう言うと....青年はなんとも言えない表情を浮かべる。



「なに“剣呑(剣に呑ませた酒)”の事は気にしてはいけません。酒に罪は無い...罪があるのは常に“酔っ払い”だけですからなぁ」



お読みいただき誠にありがとうございます。

「Bar Cervantes」は、著者の他作品である「マシニングオラクル」と「トランスファー」と一部の世界観を共有しております。よろしければそちらもお読みいただくと嬉しいですm(_ _)m

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