1 私は機会があれば飲む、時には機会がなくても飲む
ここは....我々の暮らす地球と重なる.....いわゆる異世界....そう、異なる世界線を巡ってたどり着いた“隣り合わせ”の地球....
この物語はそんな“隣の世界”に一人の男が流れついた事から始まる....
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プロローグ 1
「よおードゥルシネア! こんな朝っぱらから~、ど~こ行くんだよぉ?」
帝政グローブリーズ帝国....
その帝都の片隅....
“呼吸するだけで酔っ払う”と言われる....通称『酔いどれの桃源郷通り』....そこを足早に通り過ぎようとしていたドゥルシネア・メイガースは馴染みの酔いどれに声を掛けられて仕方なく足を止めた.....
「朝っぱら? あんたにはあの真上で営業されてるお天道様が見えないのかい?」
「ああ~? みえてらぁ! お天道様が営業されてるから“朝っぱら”なんじゃねぇか~」
まったく.....こんな時間から酔っ払っていてもここじゃあ“珍しくもない”ってのが嘆かわしい限りだわ.....
「はいはい、分かったよ! あたしは忙しいんだ! 相手にしてほしかったらお天道様が店仕舞いしてからウチにおいで! 丁度その頃が開店時間だよ!」
そう毒づいて再び歩きだす。今日は朝から忙しくてまだ店の仕入れが終わっていなかった....
「ああもう! あんな店一つ残して逝っちまいやがって....恨むよあんた....」
去年....流行り病でポックリ逝った旦那の顔が脳裏に浮かぶ.....
「あんなに欲しがってた店を手に入れて“これから”って時に......恨むよバカ!」
ダメだと思っていても....ふとした拍子に“あの人”の姿が脳裏に浮かんで、どうしようもなく寂しさを感じてしまう.....
「いけない、いけない! さあ、さっさと“仕入れ”を済ませて帰らなきゃ.....」
そうこうしている内に市場に到着する。グローブリーズ帝国は内陸部に在るため新鮮な魚介類は入手し難い。だが、それ以外の食料と酒はなかなかの品揃えだ。当代皇帝が食糧輸入に力を入れる様になってからは食糧の自給率の低いこの国も随分とマシになった。
市場には食糧品以外にも様々な店が立ち並ぶ。特に今日は“自由広場”の解放日だ。
この解放日には、毎回近隣の村や、遠くからやってきた行商人達が、少しでも輸送費の元をとって利益を出そうと大声で呼び込みをしている。
「さあさあ! みんな見てくれ! こいつはトライセンの北方、ビットナー領で作られた15年物の白ワインだ! めったに手に入らん一品だぜ! 小ダルで20樽の限定販売だ! これを逃す手はねーぜ! えっ? 偽物なんじゃねえかって? そんな疑り深ぇあんたらに朗報だ! 今なら銅貨3枚で試飲オーケーだ! さあさあ! 自慢の舌で確かめてくれよ!!」
へぇ! こりゃあ酒場を営んでるウチにとっちゃあ見逃す手は無い。いそいそと試飲の列に並ぼうと人垣を掻き分けて前に出ようとする。
男の脇には一口なりと高級なワインを味わおうと飲兵衛どもが群がり始めていた.....
「あちゃ~....こりゃあ無理かも....」
あっという間に行列が出来上がってゆくのをみて....溜め息と共に諦めようと思ったとき....
「ミセス・メイガース?」
私の事を呼ぶ声が聞こえた.....
辺りをキョロキョロと見回して声の主を探すと....既に並んでいた列の4番目に立っている男に見覚えがあった....
襟足に少し白髪の混じる黒髪、帝都の人間とは少しトーンの違う肌合い....柔和な微笑みをたたえる切れ長の黒い瞳....
「アロンソさん!? あんた....どうしてこんな所に.....」
「“こんな所”とは、またご挨拶ですな。私は“美味い酒の薫り”がすれば、何処にでも現れる男ですよ」
まったく、まだ若い癖に“時代がかった”喋り方をする男だ....
この男と初めて会ったのは....まだ旦那が生きていた頃、もう2年以上前になる。
「メイガース夫人こそ仕入れですかな....それにしては少し遅い様ですが?」
「.....この一年で色々あってね....あんたこそ....この一年どこをほっつき歩いてたんだい?」
「ふむ....私が赴くのは常に美味い酒のあるところですな。つまらぬ財産を持つより、至高の酒を探すほうがよほどマシというものです」
この、一年振りに会った“旦那の飲み友達”は、どうも根無し草と言おうか.....腰の落ち着かない所がある。その口振りからして.....酒を求めてあちこちをフラフラしていたようだ.....
「楽しそうで何よりだよ.....良かったら“ウチの店”にも寄っておくれ、場所は一年前に話してたあの場所だよ!」
「それはそれは.....めでたい事です! 無事に手に入れられたのですな! キハーノもさぞ張り切って精を出しておるのでしょうな」
そうか.....この男はまだ旦那が死んだ事を知らない。途端に“それ”を告げる事を考えて気が重くなってしまった。
「......? メイガース夫人? どうしたのですか? 浮かない顔ですが.....」
「旦那は....去年、流行り病でポックリ逝っちまったよ....」
今、この瞬間まで柔和な微笑みを湛えていた彼の表情がたちまち曇って行く.....
「それは.....知らぬ事とは言え....申し訳ありません....」
「気にしないでよ….あんたは何も知らなかったんだから。それより店に顔だしてやって! 旦那の残した忘れがたみで美味い酒をのんでくれれば良い供養になるからさ!」
「分かりました....このワインを手に入れてから是非伺いましょう!」
「まったく....あんたは変わらないね....」
この時のあたしは.....これっぽっちも想像もしていなかったのさ.....
.....どんな人間でもころっと騙されちまいそうな微笑みを湛えるこの男、アロンソ・ウテーロが.....
そう.....この黒髪の優男が.....後に“伝説の酒神”として、この帝都で語り継がれるようになる事なんて....