11.文無しはまずいですよ!
冒険者ギルドから出て身分証を手に入れたレイジと銀孤。とりあえず今後は依頼を受けていくとして、まずは宿を見つけなければならない。
レイジ一行は、『迷いの森』を抜けてきただけあり、服装の汚れと疲れが溜まっていた。特に銀孤は、服の腹の当たりが破れ、その周辺は血が滲んでいる。銀孤はあまりに気にしていないようだが、洗濯して修繕する必要があるだろう。銀孤は非常に質の良い服を着ているので、買うよりは補修したほうが良い。宿屋で依頼すれば綺麗に仕上げてくれるだろう。
「とりあえず今日はもう宿をとって休憩しよう。銀孤も疲れただろうし」
「確かにねぇ。少し長旅でありんしたしねぇ」
ギルド近くの宿を見つける。ギルド近くの宿は、冒険者ご用達であり、安心と信頼感のある宿だ。よし、ここにするか。
そうして、宿屋に入った。
だがレイジは失念していた。世の中の常識というものを。
「へいらっしゃい。食事? それとも宿泊?」
カウンターから、筋肉隆々のおっさんが声をかけてくる。荒くれ者共の多いギルド周辺の宿では、やはりそれなりの厳つさが必要だろう。
「宿泊で。とりあえず一日頼む。二部屋だ」
レイジは銀孤に気を使い、部屋を二つお願いした。常識的に考えて、一緒の部屋というのはまずいだろう。知り合ったばっかりだし。
「へぇ、兄ちゃん。根性ねぇなぁ。食事付・風呂付で一泊先払い。お題は二人で10000メルだ」
おっさんは、銀孤の顔とレイジの顔を見るなり、笑ったような顔で声をかけてくる。うるせぇ、一緒のベットで寝る勇気なんてねぇよ。
だが、レイジは一つ困ったことに気付く。メルってなんだ?
「なぁ、メルって新しい通貨の単位か? 俺はゴールド紙幣しか持ってねぇんだが」
「ゴールド紙幣なんて何世代前の通貨だよ。もう失効して使いもんにならん。今はメルだ。もしかして兄ちゃん文無しか?」
まずい、まずいぞ。百年たったせいで、持ってた金が使えなくなるとは。これはダサイ。文無しの男が見栄張ってるように見えてしまう!!!
レイシは狼狽えたが、何とか表情を胡麻化した。
しかしそこに銀弧から一言。
「なんや、レイジはん。文無しかいね。ないなら相談してやぁ。野宿でも喜んでしますんに」
レイジは銀孤から少し冷ややかな視線が浴びせられてしまう。若返る前の冒険で手に入れたアイテムは腐ってるし、唯一残っていた《七色の万能薬》も銀孤に使ってしまった。まさに文無し。あるのは……
「あーおっちゃん。大変悪いんだが、数日間泊めてくれ。俺の腰の剣、これを質に入れよう。俺が数日後払えなければ売ってくれたらいい。その間にギルドで依頼をこなしてお金を貯めるからさ」
レイジは腰の愛剣《雪月花》を取り出した。実用的で飾り気はないが、しかし名剣。値はつく。
「剣を質に入れちゃ冒険できないだろう。それにこの程度じゃ…… なんだこの剣は…… 美しいな。それに不思議な魅力を感じる」
名剣、極めると機能美も極まるもの。宿屋のおっさんには剣の価値はあまり分からないだろうが、立派なものというのは伝わったようだ。
銀孤も剣を見て、ほぉっというような顔をしている。
「判った。この剣を担保として借り受けよう。数日後に無銭だったらこの剣を売りに出して宿金に変える。まぁ、頑張れよ」
「あぁ、心配しなくてもすぐ稼いでくる。大事にしまっておいてくれよ」
「よし、じゃあこれが部屋の鍵な。あぁ、すまん。よく見ると部屋が空いてないな。悪いが今日は込み合ってて、一部屋しか空いてない。8000メルに値引いておこう。まぁ二人なら十分に寝泊まりできるからよ。なっ、兄ちゃん」
ギルドのおっさんは、レイジの顔と剣を見て、まさにその意気や良しという感じで言葉をかけていた。
そしてニヤリと笑ってレイジの耳元にヒソヒソと一言。
「女の為に剣を質に入れる。男じゃねぇか。同じ部屋だ。楽しめ」
レイジは焦りながらもおっちゃんに感謝した。
な、なるほど。やるなおっちゃん! やはり距離感は近い方がいいな! だが好感度を下げてはいけない。銀孤に確認を取らないと。
「し、仕方ないなぁ。部屋が空いてないなら仕方がない。悪いけど銀孤はそれでいい?」
「かまへんよ。部屋が一つしかないんやろ」
おっちゃん、ありがとう。ナイスな気転だ!
レイジは心から本当におっちゃんに感謝した。
「あぁ、あとお嬢ちゃん。服が破れてるから補修しておいてやるよ。ほら、これが部屋着だ。着替えたら持ってきな。補修費は兄ちゃんの剣から引いておく。その恰好は目に悪い」
「それは助かりますわぁ。その服気に入ってるでありんすからね。綺麗に直してくれなはれ」
「あぁ、任せな。飯はカウンターの裏の食堂。部屋は階段上って突き当りだ。じゃあごゆっくり」
受付のおっちゃんに《雪月花》を渡して、レイジと銀孤は部屋に向かった。
扉を開けるとレイジは驚いた。部屋は六畳間の狭い部屋にベッドが置いてあるだけだったからだ。
何だこの部屋!? 完全に一人用じゃねぇか。
「ひ、一人用の部屋じゃねぇか! ちょっと文句言ってくる」
「待ちなんしねぇ。剣を質にまで入れて用意してくれた部屋やね。ウチは文句は言わんよ。レイジはんのお気持ち、無駄にはせぇへん」
銀孤はそんなことしなくていいと言わんばかりにレイジを見つめた。
まぁ銀孤がそういうなら…… レイジそう考えたが、しかしこの選択が間違いだったことを、すぐに思い知ることになる。
「じゃあ、着替えるなんしね。レイジはん、ちょっと恥ずかしいから向こうむいてくれなんし」
その言葉を聞いたレイジは頭が真っ白になった。
えっ、ここで着替えるの? 風呂入った後で良くない??? 何で???
ちょ、ちょっと待って。レイジが狼狽えながら、銀孤と正反対の方向を見た瞬間。
服を脱ぐ衣擦れの音がレイジの耳に入った。
シュルリ。シュルリ。
レイジは驚嘆した。
脱ぐときの音ってこんなに聞こえるもんなのか!?
音だけで興奮しちまう。落ち着け、レイジは冷静な男。伊達に五十年独身をやってねぇ。
カタン、シュルリ、パサッ。
レイジはふと思う。振り向いたら、銀孤の裸が見れる。
振り向いてみたいという欲望がレイジの背筋を電撃のように駆け上がった!!!
振り向きたい。見てみたい。うぐぐ。
「おまたせやねぇ。におうてる?」
レイジが振り返るか悩んでいる間に、銀孤は着替え終わったらしい。簡素な服だが、銀孤の魅力は何一つ損なわれていない。
とても可愛くて、目に悪い。
そしてレイジはつい下を向いてしまう。
「あ、あぁ。すごく似合ってる……」
「嬉しいわぁ。じゃあ、体を洗ってくるから、また後でねぇ」
銀孤は、揶揄ったように笑いながら部屋から出て行った。




