お嬢様のお楽しみ。〜セクハラ(?)と父の日編〜其の壱。
あの買い物から二週間。
六月半ば、梅雨時期の貴重な晴れ日。
今日はある意味龍真にとって勝負の日曜日。
最も畏れる大人物・如月世一が政美に会いに来る日である。
いつもより一時間早く起きて写経もした。
スーツも一番新しく、地味で仕立ての良いものを選んだ。
念入りに仏壇に手を合わせた。
如月政美の朝は、男前のハスキーボイスから始まる。
「お目覚め下さい。お嬢様」
いつ聞いてもいい声だ。色っぽい。っていうかエロい。
政美は布団団子になりながら、うっとりする。
「お嬢様、お目覚め下さい」
耳からとろけそうだ。もうちょっと聞いていたい。
「お嬢様、七時ですよ」
「……耳元で甘く囁いてくれたら起きる」
「頭から布団を被っていらっしゃるのに、耳元で囁けるわけないでしょう」
「じゃあ、はい」
政美は布団を胸の辺りまでめくり、横向に寝返りをうった。
「では失礼致します」
龍真は立ち上がり、踵を返すと、襖に手をかけた。
「ちょっと!? なに退室してるのよ!!」
政美が跳ね起きると、龍真は黒い笑みで振り向いた。
「お嬢様はすでにお目覚めですから」
再び畳に正座し、スッと両指をついて深々と頭を下げた。
「おはようございます。お嬢様……」 顔を上げた瞬間、龍真は固まった。
「お嬢様……それは」
「あっ。着たまま寝ちゃった!!」
「三日前から探しておりました私のカラーシャツ……」
政美が寝間着代わりにしているのは、龍真の仕事着の一つである水色の縦縞のカラーシャツ。
「いっぱいあるんだから一枚くらい借りたっていいでしょ」
「色別濃淡順で収納しております。一つでも欠けると落ち着かないんです」
「うっそ。いつの間にそんな偉業を成し遂げてんの」
「毎日の積み重ねです」
「そんなことよりも」
「そんなことって、お嬢様。大事なことを申し上げたのですが」
「もーなんかいちいちお説教みたいな話じゃなくて、龍真はこれ見てなんとも思わないの?」
「返して下さい」
「そうじゃなくて」
「汗染みがつく前に洗濯してアイロン掛けしたいのですが」
「子供じゃないんだからそんなに寝汗かかないわよ!!」
「ふ。子供じゃない、ねぇ……」
龍真は、顔だけ背け暗い表情で呟く。
「龍真、時々こっそり無礼者よね?」
「あ。聞こえてました?」
「当たり前でしょ。っていうか、そのダークな無礼を違う方向に使えっつうの」
「と云いますと?」
「あたしを無理やり襲うとか」
「使いません」
「あ〜あ。こんなんだったら男に生まれれば良かった。そしたら力ずくでねじ伏せてやったのに」
「……その際は私が女性なのですか」
「いや、そのままでいい。そのままの龍真が好きだもん。ガタイがいいからねじ伏せ甲斐がありそうだし」
青ざめる龍真。
この子の思考回路はどうしてしまったのだろう。久しぶりに自分の鳥肌をみた。
「あ、でもそれじゃ子供出来ないし結婚も出来ないね」
政美はゆるゆるの袖を噛みながら残念そうだ。
「やっぱりあたしが男で龍真が女でもいっか。四の五の云わずに嫁に来い」
「お嬢様。いくらなんでも時間は止められません。おふざけはそれくらいにしてご支度を。袖噛むのもお止め下さい」
「孕む暇もなく溺愛してあげるからね」
「…………」
その台詞がなければ本当に悩殺ものの笑顔だが。
龍真はドン引きしている。
「それとも龍真はあたしが女に生まれた幸せを掴めなくてもいいの?」
「なにを仰いますか。お嬢様の幸せを誰よりも願っておるのは私です」
「じゃあ、いいじゃんっ」
政美は龍真の着ているカラーシャツのボタンを引きちぎった。 バチバチバチっとボタンがすっ飛んでいく。
「なにするんですかお嬢様!!!」
「ちょっと!! なによこれ!!!!」
「はぁ!?」
十歳も年下の少女に組敷かれ、襟元を抑えながら龍真は混乱している。
「素肌にカラーシャツじゃないの?! なんで肌着なのよおっさん臭い!!」
「ええぇぇえ?!」
龍真は更に混乱している。
文句を言いつつ政美は、ランニングシャツからも分かる胸板の盛り上がりに釘付けだ。
「……まさかブリーフとか履いてないよね!?」
勢いづいてベルトも外し始める。
「そこは本気でおやめ下さい!!」
必死に政美の手を押さえてもがく龍真。
「じゃあパンツなに履いてるか自己申告して」
「血迷いましたかお嬢様!!」
「ここは乙女にとって肝心なの!! 正直に白状しなかったら、この場で剥く」
目が据わっている。これは本気だ。龍真は諦める。
「……最近はようやくボクサータイプの……、えと、締まってないと落ち着かないので……」
「よぅし合格。じゃあ和服の時は??」
政美に迫られ龍真は顔を真っ赤にして口ごもる。(単純に告白するのが恥ずかしい)
「そりゃあ……」
「なになになに?」
「えと……………………(政美をチラ見)…………(もう一度チラ見)…………………………………(二度目の諦観)褌です」
「あはははははははははははははははは!! あんた日本男児の鑑!!!! さすが期待を裏切らない!!!!」
答えがツボにハマって政美は龍真の上体から笑い転げる。
「いいでしょう私の下着なんて!」
勢いに押されてつい答えてしまったのを後悔しつつ、正座に座り直す。
「本日十時に旦那様がお見えになります。もう三十分経ってしまいましたよ」
「あ、そうか。今日は父の日か」
政美はポンと膝を叩く。
「贈り物は御用意されてますよね?」
「あったりまえじゃーん」
「でしたら結構です。私は着替えて食堂でお待ちしております」
龍真は心なしかよろめきながら退室した。
〜続く〜