お嬢様、ご級友との御昼食のお時間です。
青嵐学園の食堂は、様々な食事ができるフードコート形式で、生徒たちはここで一流の料理人が作る食事を楽しめる。
旬の素材を知り、確かな味覚を養い、食事作法を学ぶのが目的らしい。
政美と紗耶香は、京都の老舗割烹店『月霞』コーナーに向かっている。
「如月先輩、こんにちは」
「こんにちは」
すれ違う下級生の女子数人に挨拶をされる政美。
「あ〜あ小田原くん、どうしてあんな子にご熱心なのかしら」
同級生や上級生には聞きよがしの嫌味を言われるが。
「知るか。本人に聞け、本人に」
と平然と毒づく。
右目を隠すアシンメトリーの黒髪ショートカットに、それがよく似合った小顔、そして猫っぽい大きな瞳。華奢な肢体に形のいい乳房。政美の右目が健在ならば、どこかの芸能事務所からスカウトがきてもおかしくない。
「もてる女は辛いですわねぇ。政美」
くすくすと無邪気に紗耶香が笑う。
「もの好きばっかで迷惑するよ。っていうか、あたしにちょっかい出すの小田原のバカだけだって」
「そうかしら」
「そうそう。あ! 今日うちにこない? 龍真がね、おはぎ作ってくれるの。一緒にお茶しよ」
「よろしいの? わたくしも龍真さんの作るおはぎ大好きですわ」
紗耶香が遊びにくると龍真は勉強勉強と言わなくなる。
紗耶香はお稽古事が忙しくなかなかこの手は使えないのだが、今日はうまくいったと、政美はほくそ笑む。
前方から威圧感たっぷりの男衆が歩いてくるのがわかる。混み合ったフードコート内の人がモーゼの海のように割れていく。女子が色めき、男子が緊張していくの気配がわかる。
小田原慶治と、サムライイレブンの“ナンバー2“一条アランと、“ナンバー3“の白石正臣。
ちょうど『月霞』の前で政美たちと鉢合わせになった。
「やほ〜。ハニィ奇遇だねぇ〜」
「あぁ本当に。最高に最低な偶然ね」
「ここで会ったが百年目〜。観念して俺と昼食とろ〜」
「な・ん・で?」
「グループ個室予約してたんだけど〜、他の奴ら女の子たちに誘われたって言うからさ〜」
仕方ないじゃん? と小田原はにこにこ笑っている。
「あんた達にもお誘いなかった訳じゃないでしょうに」
「だって今日はフレンチって気分じゃなかったんだもん」
フランス人スーパーモデルの母と日本人デザイナーの父を持つアランが口を尖らせる。
「あんなブスと飯食うなら慶治といたほうがよっぽどマシ」
建設省官僚の孫で雑誌モデルをしている正臣が皮肉っぽく笑った。
「あたしと紗耶香に月霞御膳奢ってくれるなら考えてもいい。もちろんデザート蜜豆付きね」
ちなみに月霞御膳は一万五千円、蜜豆は別料金で二千円する。
「政美っ。そんな悪いですわよ」
「全然よゆ〜。それでハニィとランチできるなら安い安い〜」
「嬢王様は慶治のだからともかく、撫子ちゃんとなら喜んで飯食うよ俺」
正臣が紗耶香に笑いかける。紗耶香は恥じらいながらスッと顔を逸らした。
「和食と大和撫子、あとは温泉があればいうことないね」
とアラン。
「んじゃま、決まりね〜」
小田原が政美と紗耶香の肩にポンッと手を置く。
「あれ〜? 怒んないの〜?」
「月霞御膳に免じて許してあげるわ」
政美はにんまり笑って紗耶香と手を取り先に店内に駆けていく。
「嬢王、意外に安いね」
「餌付けできるんじゃないの?」とアラン。
「それができたら四年半も片思いしてないっつ〜の。俺今初めてハニィに笑顔向けられた〜」
「嘘!?」
「マジかよ!!」
アランと正臣が驚愕する。
「そんなに報われないならやめときゃいいじゃん。女の子はいくらでもいるっしょ」
正臣が慶治の肩に腕を回す。
「ハニィはハニィしかいね〜もん。それに俺を好きになるってわかってるよ〜な女じゃ面白くないでしょ〜」
笑いながら正臣の顔面を小突く。
「慶治って根っからの狩人だね」
うずくまる正臣を無視して、アランは無邪気に微笑んだ。
「ま〜ね〜。俺の恋人になった暁には〜、監禁して〜入籍して〜、そりゃ〜も〜、骨の髄までしゃぶり尽くして俺無しじゃ生きていけない女にするつもりだからね〜。こんくらいの投資、大したことじゃな〜い」
小田原は、にっこり笑った。
「小田原、ワン○ースみたいに『オレは第六天魔王になる男だ!!』って言ってみて」
「なに言ってんの〜正臣ぃ。今更〜」
あははっ、と小田原は笑いながら政美たちの後を追った。
「いっただきまーす」
「いただきます」
元気よく手を合わせる政美とそれに続けて手を合わせる紗耶香。
「は〜い〜。たんとおあがり〜」
政美の豪快な食事を満面の笑みで見守る小田原。
「政美、そんな忙しなく食べては龍真さんが嘆きますわよ」
「いーのッ! 家でいっつもネチネチネチネチ言われるんだから、龍真がいないときくらい好きに食べさせてよ」
「龍真さんの苦労は報われませんことね……」
紗耶香は溜息をついて鰆のおすましを啜る。
「如月財閥のお嬢様がこれじゃあ世も末だぜ……ぐぁッ!!!!!」
呟いた正臣の横腹に小田原の拳骨がはいる。
「どうなさいましたの? 白石さんお顔が真っ青ですわよ」
「ご飯喉に詰まらせたの?」
「いや、べ、別に……」
脂汗を滲ませながら正臣は首を振る。
「見ていて清々しい食欲だね〜ハニィ。振る舞い甲斐があるよ〜」
「食欲旺盛なのはあっちも旺盛だってね」
アランが無邪気に小田原に耳打ちする。
小田原がニヤリと黒い笑みを浮かべた。
「たまんねえなぁ〜」
「オヤジかお前ら」
正臣の顔面に容赦ない小田原の裏拳が入る。
「……俺の顔……商品なんだってば……」
「知るかって〜の」
小田原はニコニコ笑って吐き捨てる。
「小田原! あんた従者を粗末にしてたら寝首かかれるぞ」
政美が箸で小田原を指す。
(その箸くわえてぇ〜)
小田原の思惑を余所に政美は再び食事を始めたのだった。