寵愛されても辛い人。
さっそくだが、龍真は苦い顔をしている。
銀色ががった黒地のスーツにロイヤルブルーのスカーフは、どうみても世一と色違いのお揃いなのだ。
真ん中にいる政美は御満悦で、ニコニコ笑いながら両隣の紳士を見比べている。
「ふっふっふ。これぞ両手に花」
「政美ちゃん。そのワンピースの紫、青がちょっと強くないかい?」
世一の指摘に龍真の顔が引きつる。
自分も薄々感じていた。
「うん。だってあたし青が好きだもん」
政美の無邪気な返答に、世一と龍真の表情が凍りついた。
「どうして父様のスカーフが赤なんだい?」
「赤も好きだし、父様には赤が似合ってるもん」
「じゃあ、父様と龍真、どっちが格好いい?」
龍真の胃がキリキリと痛み始める。
「両方! だって絶対二人に似合うって思ったんだもん!」
「ふぅ〜〜ん。そうかぁ。でも政美ちゃんは青が好きなんだよねぇ。儂だって青似合うと思うよ?」
「そ、それでは、私は車を用意して参ります」
場の空気に耐えかねて、龍真はそそくさと逃げようとする。
「鯉たちに餌あげてるから車出したら教えてね」
「畏まりました」
政美は世一と中庭に行き、備え付けの麩を池に放り投げた。
そして、慌ただしく麩に群がる鯉を面白そうに眺めている。
「政美ちゃん」
「なぁに? 父様」
政美は鯉を見たまま応える。
「お前の将来を考えて、龍真を父様の傍につけたいんだけど、政美ちゃんはどう思う?」
非難を浴びるだろうと世一は覚悟していた。
幼い頃から家族と離れて暮らすことを強いられてきた挙げ句、自分の傍から片時も離れなかった世話役まで取り上げるのかと。
「龍真をちゃんとここに帰らせてくれる?」
政美は顔を上げ、じっと世一を見つめる。意外にその声は落ち着いていた。
「もちろん」
世一は首を数回縦に振った。
「じゃあ、いいよ」
呆気なく了承され、世一は肩すかしを食らってしまった。
「いいのかい?」
「父様はもうお決めになってるんでしょ?」
「……うむ」
「その代わり、あたしと龍真専用の携帯電話買ってね」
「…………うむ」
世一は政美の様子をこっそり窺う。
目が合うと、政美はにこっと破顔一笑し、世一は心臓をぶち抜かれた。
我が娘は何故こんなにも愛らしいのだ。
「旦那様、お嬢様。お車の準備ができました」
「うん。じゃあ父様、まずは携帯電話買いに行こうね。龍真、とりあえず出発して最初に見た電話会社で停めて頂戴」
「携帯電話、ですか?」
龍真は、キョトンと政美と世一を見た。
世一は龍真に目配せする。
「そうっ。あたしと龍真の携帯電話」
「儂と同じ電話会社にしてもらう」
「いいよー」
政美は二人を残して先に行く。
「はあ……。畏まりました」
「龍真」
政美の後を追おうとした龍真を世一が引き留め、人差し指で耳を貸せと示す。
「はい旦那様」
少し腰を落として耳をそばだてる。
「これで勝ったと思うなよ」
世一の低い声に龍真の背筋が凍りついた。
「旦那様っ、わっ私、何かお気に障ることをしてしまいましたでしょうか!?」
「べっつに〜」
ふてくされて口を尖らせる癖がそっくりだ。しかし、天下人如月世一がこんな子供じみた仕草を見せることは滅多とない。
しかし、ここまで剛直球を投げつけられたのは初めてかもしれない。
私は何か罪を犯したのでしょうか。
龍真は己の中の目には見えない大いなる存在に問いかけた。
実家の床の間にあった掛け軸に描かれた祖先、龍仙禅師が舌を出したように見えた。
「龍真! なにをしておる! 早く来んか」
「申し訳ありません! 旦那様!!」
今年の父の日は例年を凌駕する程厄介かもしれない。
そう思いつつも、精進するためかもしれないと思う苦労性な龍真だった。