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お嬢様、朝でごさいます。


「お嬢様、お目覚め下さい」

 朝日を背に、きっちり正座した男が落ち着いた低音で言った。

 黒いスーツにオールバックで、精悍な顔立ちの右頬に斜めにはしった傷跡のあり、一見堅気には見えない。

 そして、ダンゴ虫のような布団からなかなか出てこようとしないのが、如月 いちの一人娘の、如月政まさである。

「お嬢様」

「王子様がおめざの口づけをくれたら起きても良い」

 龍真の凛々しい右眉がピクリと上がった。

「そんなどこの馬の骨かもわからぬ者はこの龍真が返り討ちにしてやります」

「龍真のバカ! あたしの王子様っていうのは、おま……」

「おはようございます。お嬢様」

 飛び起きた政美に対し、深々と頭を下げる龍真。

「ようやくお目覚めですね。さあ、ご支度を」

 他の者から見れば不敵な笑みだが、本人は爽やかに朝用の笑顔のつもりでいる。

 政美も赤面して視線を逸らした。

(やばい………龍真かっこよすぎる!)

 不意打ちで心臓をぶち抜かれ完全覚醒した政美は、小振りだが形の良い左乳房を鷲掴みにして鼓動を押さえた。

「何か悪い夢でも?」

「別になんでもない」

 政美は首を左右に振ると、龍真を上目遣いに見た。

「お姫様抱っこしてくれなきゃ起きない」

「お嬢様」

「嫌。今そう決めたの」

「お嬢様、往生際が悪すぎます。現在七時半にございます。駄々をこねるなら六時に起きて下さいませ」

「嫌。お姫様抱っこしてくれなきゃ起きたくない」

 ふうと龍真が溜息をついた。

「それではお嬢様、失礼致します」

 両手をつき深々と頭を下げる龍真。

「ちょっと待っ……」

 龍真が下がってしまうと危惧して政美が焦っていると、ぐわっと抱き上げられた。

「さて、御手洗いですか?」

「う……、バカ! あたしに気易く触るな!」

「では、早くご支度を」

 龍真は政美をおろそうと腰をかがめる。

 しかし政美は首に巻き付けた手を離そうとしない。

「お嬢様。このままでは埒があきません。申し訳ないのですが、強行突破させていただきます」

「まっ、待って! 眼帯してない!」

 政美はサッとアシンメトリーの前髪の右側を手で覆った。

 龍真は、政美を膝と片手で支えたまま屈み込み、空いた手で枕元の眼帯を取った。

「あまり我が儘が過ぎますと、夕方の復習が延長二時間で私の説教となりますよ」

「わかった。急いで支度するから下ろして」

 じゃないと、心臓がパンクする。と心の中で続けた。

「あと、二十五分しかありません。お急ぎを」

「わかったから!」

 政美は龍真から離れてトイレにかけこんだ。


 久遠寺龍真の家系は、明治の頃から如月家の教育係として存在している。

 彼もまた政美の教育係兼ボディガードを務めている。 某一流国立大法学部卒、空手、剣道、茶道、華道の師範代にして容姿端麗のこの青年。背中の一部がケロイド状、右頬と全身に傷跡がはしっている。

 今から十二年前、龍真十五歳。政美四歳の夏。

 避暑旅行先の別荘地帯が落雷のため火事になり、隣家のガス爆発に巻き込まれ、政美を庇った際に負った傷である。

 龍真は、背中一面にガラスの破片を浴びたにも関わらず、奇跡的に深手を負うことはなかったが、政美の右目にガラスが刺さり失明に至ってしまった。

 龍真は父親に勘当され、責任を負って自決しようとしたが、政美の母親に止められた。

「死んで詫びるなら、あなたの生涯を政美に捧げなさい。一生懸命という言葉を具現化して見せなさい」

 それ以来、龍真は自分は生まれ変わり、政美お嬢様の為だけに生きるのだと心に決めた。

 彼の命は政美の為にある。

 彼にとって殉死などお茶の子だ。政美に何かあれば、自らの手で犯人を極刑に処し、墓前で割腹すると先祖に誓った。


 龍真は、毎朝四時に起床し朝の所用を済ませ、久遠寺家と如月家の仏壇に茶をたて感謝を告げる。その後は日課である素振り五百回をこなし、瞑想する。そして水を浴び、身体を清めて、自室と茶室の花を活け、軽い朝食を摂り、政美を起こしに行くのだ。


「いただきます」

 さっそくワカメの味噌汁を啜る政美。

「お嬢様、ゆうべは何時に就寝なされましたか?」

 食卓を囲み、政美の正面で緑茶を手にしている龍真。

「ん〜、わかんない。十二時回ってたかな」

 納豆をかき混ぜながら答える。

「ほう、そんなに宵っぱりでしたら、学習時間を二時間延長させましょうか」

「え〜〜、ヤ〜〜ダ〜〜」

「ならば早寝早起きをお心がけ下さい」

「はいはい」

「はいは一度」

「はい!!」

「上出来です」

 彼女は龍真以外の者が起こしに来ても、布団から絶対に出ない。目覚めていても出てこない。冷たい口調で追い返し、果敢に粘った者には解雇を言い渡す。

 龍真が泊まりがけで本家の茶会に参加し、帰宅すると従者が一人二人いなくなっていたりする。そのたびに政美は龍真から滔々と説教をされるのだが懲りていないようだ。

 毎日の食事も、政美の命令で食事の間には龍真しか入れない。


「龍真、目瞑って」

「はい。お嬢様」

 龍真は目を瞑る。

「目開けて」

 目を開くと、瑞々しい乳房を覆う黒いブラジャーが視界に飛び込んできた。思わず茶を吹く龍真。

 セーラー服の前を両手で開き、いたずらっぽい上目遣いの政美。

「どう? 欲情した?」

 龍真はすばやく政美のセーラー服を閉じ、眼光を鋭くした。

「お嬢様……、毎回毎回いったいどういうおつもりですかだいたい嫁入り前の娘が容易く異性に肌を晒すものではありませんお嬢様は如月家」

「じゃあ龍真は何で毎回毎回あたしの手に引っかかるのよ」

 白熱しそうな説教を政美が質問で遮った。

「お嬢様の命令は私にとって絶対だからです」

「あたしが死んでって命令したら死ぬの?」

「構いませぬ」

 龍真は、不敵な笑み(本人自覚なし)を浮かべ、スーツの懐から桐の鞘の小刀を取り出した。

「龍真」

「はい」

「死んじゃ、嫌」

「御意」

「じゃあ龍真」

「はい」

「政美を抱いて?」

 両手の指を組んでおねだりポーズをしてみせる。

「そういうのナシです」

 龍真は顔の前で右手を振る。

「な・ん・で!? じゃあ命令!!」

「遅刻致しますよ」

「ううう〜〜〜っ」

 政美は、ふくれっ面をしたが、ご飯をかきこんだ。

(色気より食い気……)

 龍真は政美に見えないように沈んだ無表情をしてお茶を啜った。

「食事作法がなっておりません。お嬢様」

 ピシャリと言い放ち、政美の手をはたいた。

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