うさぎバースト
ーー身体が重い……
師匠の最後の黒い闘気がまるで毒のように俺の身体を少しずつ蝕む。
血も流しすぎた。眼が霞んでくる。
ーーレベルアップしても傷は回復しないのか。
俺はお台場にある学校から離れ、湾岸警察署の様子を見ようと考えた。
市民を守る警察だ。きっと体制を整えてモンスターを退治しているはずだ。この状況を打破しようとしている人がいるかも知れない。
湾岸警察署は歩いて20分位だから比較的近い。
俺は傷ついた身体で、お台場の街を隠れながら歩いた。
単発で現れる人狼は刀で一瞬で葬る。
この身体でもまだそのくらいはできる。
お台場のフジテレビ前はモンスターと交戦している市民が入り乱れている。
怒号が飛び交う。
「相手は一匹だ! かかれ!」
「おらーー! 俺のチームの獲物だ! 手を出すな!」
「た、助けて……わ、私の腕が……」
「山田の仇だ!」
「はは……世界の終わりだよ……」
「あ! 生け贄がいたよ!」
一人が俺を指差す。
その場にいた全員が一斉に俺の方を振り向く。
闘争の熱に浮かされたギラギラした目を向ける
「よっしゃーー! 大量経験値ゲットだ!」
「お宝ボーナスもあるんでしょ!」
「え……同じ人間だよ! 辞めなよ!」
「うるせーー! もう日常には戻れねーんだよ!」
「ほら、スマホに書いてあったでしょ? 生け贄は味方では無い、ただのボーナスキャラだ、って。どうせあいつもはみ出し者の嫌われ者でしょ! 生き残るために仕方ないんだよ……」
「…………手負いだね」
ーー何? 生贄は味方からも狙われるのか? スマホには書いてなかったぞ?
ーーもしかして生贄のスマホには書いてないとか?
フジテレビ前周辺の人狼をあらかた退治した市民達が俺ににじり寄る。
俺は少しずつ後ずさる……
ーー何で生け贄って分かったんだ?
俺は市民を注意しながら、近くにあった建物のガラスで自分の顔を見る。
顔の左側に見覚えが無い刺青の様な紋様ある。
ーーこれか! くそ!
市民は老若男女関係なく様々な武器を装備している。
明らかに常人には持てないであろう武器を軽々と持ち上げている。
職業とレベルアップの恩恵だ。
ーー殺るか?
俺の今の身体でこの人数を殺れるのか?
黒い闘気の毒は徐々にひどくなる。
立っているだけで精一杯だ……
どうせゲームみたいだったら回復アイテムくらい出て来いよ。
「ヒャッハーー!! 俺が独り占めだぜ!!」
金髪にしたチンピラがハンマーを片手に俺に襲いかかる。
ーーとうに覚悟はできている。殺さなきゃ殺される。
俺は重い身体に鞭をうって応戦した。
鞘に入れた刀を居合の要領で抜刀する。
「あれ???」
チンピラの胴体が真っ二つになった。
ーーくっ、きついな。
俺は鞘を杖代わりにして身体を支える。
「あ、あいつ超強えーぞ! くそ、囲め! 敵は手負いだ! 遠距離から魔術で攻撃してから嬲り殺すぞ!」
リーダー格の警察官!? が周りの市民に指示を出す。
俺は取り囲まれた。
ーーこんなところで死んでたまるか!
「----ファイアー!」
「----アロー!」
「----ストーンバレット!」
「----気弾!」
超常の力が俺に襲いかかる。
俺は左手に力を集中してガラスのような短刀を生成した。
右手は黒い刀をしっかり握りなおす。
飛んでくる力を二刀で薙ぎ払った。
「魔術を切ってるよ!?」
「大丈夫だ! 少し被弾してる! 弱ってるよ!」
「よっしゃー! 俺のマグナムの出番だ!」
警察官が拳銃で乱射してきた。
俺は必死にかわす。足に被弾する。
「よし、今だ! かかれ!」
ーー生きる事をあきらめるな。
俺は迫りくる凶悪な武器を持った女を躊躇なく切り裂いた。
倒れた女の後ろからすぐに攻撃が来る。
身体をよじってギリギリで躱し、刀で胴を突く。
後ろから襲いかかってくる中年男に短刀を投げつける。額に命中して倒れる。
俺の肩に衝撃が来る。
槍で突かれた。
「そのまま殺せーー!!」
市民たちが歓声を上げる。
ーーまさか同じ人間に……
俺の意識が飛びそうになる……まだだ、あきらめるな……
その時、視界の隅にピンク色をした何かが掠めていった。
「え」
警察官の首が宙をはねる。
ピンク色の何かが高速で動き回る。
「な、なんだ! 見えないぞ。……ぎゃーー!!」
声を発していた若い男の足が胴体から離れる。
「----ファイアー!!」
「----アイスブロー!」
魔術を唱えた女たちの首が落ちる。
ピンクの物体は鳴き声を上げながら市民たちを蹂躙する。
「きゅきゅ!! きゅきゅっきゅ!!!」
ーーモンスターか? 俺でも視認できない速度だ。万全な状態でも勝てるかどうか……
「ひぃ!! な、なんだよお前は……」
「きゅーーーー!!」
最後の市民が首を狩られた。
俺の前に現れたのはピンク色をしたうさぎであった。
ーーだめだ闘気の毒が……。意識が持たない……
俺はうさぎのモンスターの前で意識を失った。
「きゅきゅ??」
俺は眠りに落ちている。
夢を見ているのか?
晴れた日にピクニックをしている。
俺は上機嫌だ。みんなも嬉しそうにしている。
俺は手を伸ばす……
俺は……目を開いた。
仰向けに寝ながら虚空に手を伸ばしている。
俺はゆっくり上半身だけを起こした。
俺は自分の身体を触る。血まみれになった学生服の下は傷が一切なかった。
ーー気分が良い。
黒い闘気によって蝕まれていたモノが無くなっている……
ーー回復している? ここはどこだ?
周りを見渡す。
ソファーで寝ていたようだ。
ここは見たことがある……ショッピングセンターのカフェの中だ。
店内は争いの形跡があり、テーブルや椅子、壁が破壊されていた。
人気は無い……スマホを見ても赤い光が近くになかった。
俺の視界の隅にピンク色のうさぎが目に入った。
警戒しているのかテーブルの陰に隠れている。
どうやら敵意が無いようだ。
ーー俺は殺されなかったのか? あいつは怖がっているのか? もしかしてあいつが俺を治してくれたのか?
俺はピンク色のうさぎを見つめる。
優しく声をかけてみる事にした。
「おい……お前が治してくれたのか?」
ピンク色のうさぎは一度テーブルの陰に隠れる。その距離10メートルくらいだ。
少し待つと陰から頭だけ出して、縦に何度も頷いている。
うさぎにしてはデカい……まるでぬいぐるみのようなデフォルメされた可愛らしい姿をしている。
手足が短くて丸っこい。
赤い表示がなかった。
モンスターじゃないのか?
「……そうか。俺を助けてくれたんだな。ありがとう……」
俺は心を込めてうさぎに言った。
うさぎは少し前に出てきて鳴いた。
「きゅきゅ!!」
ぴょんぴょん嬉しそうに跳ねている。
よく見るとうさぎの身体の側面に……あの生贄の紋様が入っている。
「お前……生贄か?」
「きゅ……」
うさぎは悲しそうな顔で項垂れた。
ーーお前も追い出されたのか……
俺はうさぎに笑顔で言った。
「じゃあ俺と一緒だな!」
うさぎは嬉しそうに顔を上げた。
「きゅきゅきゅ!!」
うさぎはトコトコ俺に近づいてきた。
ソファーの横までくる。
「きゅきゅっきゅ!」
ーー俺と一緒に行きたいのか?
俺はうさぎの頭を優しく撫でた。
「もちろんだ……お前は俺の恩人だ。一緒に行こう!」
ーーなんかこのうさぎの言っている事が何となくわかる。なんでだ?
うさぎは嬉しそうに跳ねた。
「俺は春樹。お前は……名前あるのか?」
「きゅきゅー」
「ああ、俺につけて欲しいのか……じゃあ…………お前はアリスだ!」
「きゅ!!」
どうやら気に入ったようだ。
「これからよろしくな!」
「きゅきゅ!」
俺はアリスの小さな身体を抱き上げた。
アリスも喜んでいる。
俺は生まれて初めての仲間が出来た。
それはうさぎだった。でもそんなこと関係ない。
ーー俺の大切な仲間だ……
胸が熱くなってきた。込み上げてくるものがある。
嬉しそうなアリスを見ると俺も嬉しくなる。
俺たちはひとしきりじゃれた後、壊れたカフェで作戦会議をすることにした。