思い出した俺は……最強
ドアの先は……中庭だった。
広い中にはにはベンチがあり、緑も多い。
生徒たちの憩いの場であった。
そのベンチに座っている人物がいる。
「春樹……やっとここまで……これで943回目ですわ」
立ち上がった女の子は俺の方を見据えた。
俺の胸が跳ねる。
俺の中の何かが反応する。
……ユミ姉。
「ユミ姉……会いたかった」
「春樹。わたくしもですわ……」
豪華なドレスを着た綺麗な女の子が立っていた。
メイドに似ている顔だちだけど、もっと柔らかい印象だ。胸が小さい。
メイドとは違った美しさがある。
ーーついに会えた。
ユミ姉がアリスを見る。
「あなたも頑張りましたわ……でも、もうすぐ終わりです……」
アリスが俺を見る。
眼は赤いままだ。
「はるきゅ……ばいきゅ……」
アリスはトコトコとユミの元へと歩いて行った。
ユミはアリスを抱えて優しく撫でてあげた。
アリスがユミに何かを告げている。
「……そう、まだ完璧じゃないのね。わかりましたわ。……そうね、これで最後にしないとわたくしとアリスが持たないですわ……」
ユミ姉は俺に向かい合う。
「ほとんど思い出せたのね?」
俺は頭をかく。
「完璧じゃないけど……俺の事もユミ姉の事も、アリスの事も……ここがユミ姉が作った空間ってことも……」
安堵の吐息を吐くユミ姉。
「……あなたは何度繰り返しても絶対ここまで来てくれる。回数を重ねる事に強くなる。……今のあなたならこの世界を壊しても……大丈夫ね」
……ユミ姉の口調が昔に戻る
「でもわからない事も沢山ある。何で憑依者なんて者がこの世界にいた? アリスは……何者なんだ? クリアをさせない? 繰り返しをさせたかったのか? 俺は何回も……ユミ姉を倒してクリアしていただろ?」
ユミ姉はアリスを見る。
「……まだ時間はあるわね。私たちの最大の目的は……現実世界の時間を止めるため、私達が強くなるためよ。そのための世界を私とアリスで作り出したのよ」
ユミ姉がアリスを撫でる。
「でも……敵から介入があったの……その力が強くて……この世界に侵食していたわ」
「現実世界の敵……」
ユミ姉の面影が色々な姿に見えてくる。
悪役令嬢、うさぎ、メイド……
俺はユミ姉と何回も冒険していたんだな。
「初めはあいつらは、現実世界の時の流れを元に戻すためこの世界を壊そうとしたの」
目を閉じておとなしくしているアリスを撫でる。
「でも今は……あいつらは私達が目覚めるのを恐れているわ。だからこの世界に閉じ込めて出られないようにしてしまったの……」
「だからこの世界はあいつらのせいでぐちゃぐちゃだったの……この世界を壊すためには管理者の悪魔を倒すしか無いわ……」
アリスは目を開ける。
悲しそうな眼をしている。
「管理者は色々な人に転移していたわ。やっと……今回、私とアリスの力を振り絞って、悪魔の固定化できたの……」
「……俺は強くなれたのかな?」
「……ええ、何度も困難があり、仲間が殺されても、私が死んでも、アリスに殺されても、裏切られようとも、一人ぼっちでも、何度も、何度も、何度も立ち上がってくれた」
ユミ姉は俺に近づく。
俺の顔に手を触れる。
「……私の力が限界に近づいているわ。……もう行かなきゃ。……最後の約束、思い出せた?」
ーー最後の約束
微笑むユミ姉の身体が半透明になる。
「春樹……時間がもう無いわ……この世界の悪魔を……倒して……」
俺とユミ姉の身体を重なり合う。
身体の中から共鳴する。
……やがてユミ姉は消えていった。
『大丈夫……すぐに会えるわ……アリスを……よろしく……』
俺の心がすっぽりと収まった。
全て思い出した。
完全完璧に思い出した。
俺は……行かなきゃ。
その時おとなしくしていたアリスが喋りだした。
「やっとこいつら力が弱まったきゅ。やれやれだぜきゅ。このくそうさぎには手こずったきゅ」
アリスの顔をした悪魔がピンクの瞳とともに現れる。
ーーアリスが固定化をしてくれたんだな。
「この語尾きゅ……うざいきゅ。くそ、なんで俺はこいつの尻拭いを……ああ、もういい! とりあえずここで死んで、また世界を繰り返して来い! あの女の力も弱まったから現実世界の時の流れもどうにかなるだろ! 俺たちには悪魔王様がいるしな!」
可愛らしかったアリスの身体が大きく膨らむ。
うさぎの身体を突き破りハエの身体をした巨人が出てくる。
辺りに死臭が漂って来た。
無数に大きなハエが周りに飛び回る。
「うっしゃーー! 7大悪魔ハエの王クリストファー様が直々にお前をぶち殺してやるぜ!!」
俺は静かに問うた。
「……アリスは?」
「あーん? あのくそ部下は今死んだぜ? 俺の力を押さえられずにパンって弾けとんだぜ?」
俺は冷たい目でハエを見た。
「なんだその目は! 人間ごときが! 悪魔なめんなよ! さっさと殺さないと俺も左遷なんだよーー!!」
アリス……楽しかったな。
学校に来たり、海へ行ったり、映画を見たり、色々な事をしたな……
アリスがいて本当に楽しかったよ。
俺はこの世界を壊す。
俺は現実世界のみんなを救う。
俺は……アリスも救う。
俺は欲張りなんだよ!
……ユミ姉。
約束は守るぞ!!
俺が…………全部ハッピーエンドにしてやるよ!!!
俺の右腕が風を切った。
その手の平の上には巨大なハエの首がある。
ハエの首は俺の見て啖呵を吐いている。
「お前が強くなったところで今までのデータから見たら、楽勝なんだよ!! あれ、俺の身体は……え、え、え、マジっすか?」
俺は手の平に力を入れた。
風の衝撃が中庭に舞い起こる。
全てを切り刻む風。
手の平のハエは粉々に切り刻まれた。
飛翔しているハエも消えてなくなった。
中庭に大きな亀裂が入る。背後にある学校の校舎が崩れ落ち始める。
世界の崩壊が始まった。
俺は春樹。
お台場高校2年A組。
日本が闇に覆われて、悪魔が攻め込んできた。
日本は悪魔に蹂躙された。
俺たちはアリスから貰った力を駆使して仲間たちと悪魔に対抗した。
戦力差は絶望的だった。
仲間たちは次々と死んでいった。
残ったアリスとユミ姉が俺のために禁断の魔法で異空間を作る。
日本の時を止めた。
俺の修行の場を作った。
悪魔が介入して荒らしやがった。
俺は繰り返した。
何度も繰り返した。
絶望を何度も経験した。
死闘を何度も繰り広げた。
力が強くなった。
心が強くなった……
仲間の力を受け取った……
俺は思い出した。
現実世界の仲間を救うために。
今も戦っているユミ姉を助けるために。
俺は現実世界に帰る時が来た!
俺は約束を守る。
この世界に飛ばされる前に俺とユミ姉とアリスで交わした約束。
【仲間たちを幸せにして】
たったこれだけだ。
……OKだ。
「----顕現【アリスの爪】!!」
俺はアリスの爪を世界に向けて振るった。
中庭の崩壊が止まる。
空間に亀裂が入る。
亀裂から……ピンク色のうさぎが飛び出してきた。
モフモフの艶のある毛並み、ぬいぐるみみたいなピンク色のうさぎ。
くりくりした愛嬌があるお目目と小憎たらしい口元。
ユミ姉から貰ったリボンを耳に付けて、女子生徒の制服みたいな服を着ている。
アリスは泣きながら俺に飛びついてきた。
「はるきゅ!! はるきゅ!! ありがときゅ!!」
俺も思いっきりアリスを抱きしめた。
俺は力を開放した。
「世界を壊す? もったいない。ここにはたくさんの思い出がある。俺が……全てもらうぜ!!」
俺は叫んだ!
「----ワールドエンド!!」
世界が俺の右手に収束する。
膨大な情報量を俺の身体の中のダークマターが飲み込む。
世界が俺の中に入った。
何もない闇が辺りを覆う。
「長かった……」
「ついに俺の……本当の本気を出す時が来た!!」
「思い出した俺は……最強なんだよ!!」
「もきゅーーーーーーーー!!!」
俺の想いで闇が砕け散った。
俺とアリスは現実世界に舞い降りた。




