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ボッチの春樹


 拳が飛んでくる。躱せない。僕の顔にぶち当たる。


「はっ!! この程度の突きを躱せないのか!!」

「だからお前はクズなんじゃ!」

「ははは! だからお前は嫌われるのじゃ!」


 師匠の蹴りが僕の腹にめり込む。

 思わず吐きそうになる。


 ーー僕なんかじゃ無理だよ。


 心の中で弱音を吐く。


 師匠の容赦のない連撃が続く。

 やがて僕は気を失った。


 ーー冷たい!!


 僕は意識を取り戻した。

 頭からバケツで水をかけられたようだ。

 冷たい……身体がびしょびしょだ。


 僕は起き上がってバケツを持っている人を見た。


 ーー神楽坂幸子かぐらざかさちこだ。


 少し赤い髪を後ろへ流す様なウルフカットにしており、立派な体格と威圧感がある。女性だけど中性的な美しさがある。鋭い目と彫りの深い美しい顔、うちの学校では最強の女子高生と言われている。


 ーー僕の幼馴染で、同じ道場の門下生だ。


 昔から僕に冷たい。

 弱い僕に興味がない。いつも無視をする。


 ーー今も冷たい目で見られている。


「ふん、軟弱者が……わ、私が……」


 僕は神楽坂の罵声を無視して着替えに行った。


「あっ……」


 後ろから神楽坂の声が聞こえる。

 僕には関係ないことだ。


 僕の身体中が悲鳴を上げている。歩くごとに痛みが疼く。

 ボロボロの身体を引きずって僕は一人で住んでいる安アパートにゆっくりと歩いて帰っていった……





 僕は気弱なボッチだ。


 お父さんとお母さんは小さい頃いなくなった。

 僕だけがショッピングセンターで取り残された。それ以来ずっと僕は一人きりだった。


 施設で育てられた。その施設にいたガキ大将にイジメられていた。

 僕は一人で生活が出来るように必死で新聞配達のアルバイトをした。学校の先生に頼み込んでPCを教わった。一人で行きていける蓄えを作ろうとした。

 僕は必死にPCの勉強をした。お金の作り方を覚えた。


 僕は中学を卒業すると、今までの蓄えで一人で生きる事にした。

 親がいない。これだけで世間は冷たい目で僕を見る。


 ーー僕は友達がいない。


 必要ないのかも知れない。施設でもイジメられ、学校ではいないものとされていた。


 人付き合いは苦手だ。

 クラスメイトは気弱な僕をいじる。年を重ねるごとにいじりは激しくなり、やがて暴力へと変わる。

 優しいクラスメイトはいた。

 信用してもいいと思った。


 でも……それは僕のためでは無かった。結局は自分をよく見せるために僕に優しくしてくれただけだった。


 人は自分が良ければ平気で裏切る。この事を学校生活で学んだ。

 僕はストレスを発散するためにエネルギーと時間を、勉強と道場で費やすことにした。


 身体を鍛えていると落ち着く。

 ただ、いつからか師匠は僕を執拗になぶり始めた。


 僕が悪いのだろうか?

 性格に問題があるのだろうか?


 僕は人を全く信用しなくなった。

 幸い、高校になると露骨なイジメはなくなり、ただのボッチとなった。

 話しかけてくる生徒はいる。でも僕は何事も起こらないように適当にスルーをする。


 ボッチだったらイジメられない。ボッチだったら人と関わる必要がない。


 でも、本当は友達がほしいとも思っている。

 クラスメイトの会話も気になる。

 でも、信用できない……

 心に矛盾を抱えている。


 ーーでも何で僕の人生は一人ぼっちなんだろう?


 そんな僕、藤崎春樹ふじさきはるきは東京お台場周辺にある高校に通っている。


 2年A組の教室は帰りのHRも終わり今日も賑やかだ。

 みんな部活に行こうとか、カラオケに行こうとか、楽しそうに会話をしている。


 僕はクラスメイトと目を合わせないように下を向いている。

 目立たないように帰ろうとタイミングを見計らう。


「……樹、春樹、春樹! 聞こえねえのかよ!」


 僕はクラスのリア充の恵比寿達也えびすたつや君に話しかけられた。

 突然で全く気づかなかった。


「……あ、ごめん。どうしたの?」


 恵比寿君は綺麗に整えられた髪をかき上げて僕に言った。


「なあ、春樹は七海と付き合ってるってホント?」


 あ、面倒くさい質問だ……

 僕は東雲七海しののめななみさんの方を見る。


 じっと僕を見つめている。


 とても綺麗な目をしている。七海さんはクラスで、いや、学校でトップクラスの美少女だ。綺麗な黒髪をストレートに下ろし、スタイル抜群でまるでモデルみたいだ。毎日のように告白をされている漫画みたいな人。


 ……僕は東雲さんにお願いされて、仮面カップルとして付き合っていることになっている。


 彼氏がいると、告白とか色々煩わしいモノがなくなるらしい。

 そのせいで、僕は学校中の男からヘイトを一身に受けている。

 断ろうとしたけど、弱気の僕に断れるはずもなく……


 週3回、一緒に帰る事。ただそれだけの関係。

 東雲さんはいつも無口で、あんまり僕と一緒にいたくない雰囲気を出している。


 一緒に帰る時はいつも怒っているのか、顔を赤くさせている。


 今日は一緒に帰る日ではない。

 とりあえず恵比寿君の質問に答えなきゃ。


「……う、うん、一応付き合ってるよ」


 恵比寿君は視線を細くする。


「本当か? 噂では春樹が七海の弱みを握っているって聞いたぞ?」


 ーー何それ?

 僕は即座に否定する。


「そ、そんな事ないよ! 弱みなんてしらないよ!」


「じゃあ、どっちから告ったんだ? 何で七海が好きなんだ?」


 ーーまた言いづらい質問を……


「そんなの関係ないよね……」


 僕は面倒くさくなった。話を終わらせよう。

 僕は席を立とうとした。


 いきなり恵比寿は僕の胸ぐらを掴んだ。


「ああ!! 七海が嫌がっているって聞いたぞ! てめえ、とんだゲス野郎だな!」


 ヒートアップする恵比寿。


 クラス中のみんなが見ている。

 この噂は広まったも同然だ。僕が弱みを握って東雲さんと付き合ってるゲス野郎。


 真実かどうかなんて関係ない。

 人は面白ければ何でもいいんだ。


 僕の心が冷える。

 胸ぐらを掴んでいる恵比寿の腕を握る。


「なんだ! 抵抗するの……くっ」


 恵比寿は我慢しているのか、脂汗を出しながら声を抑えている。


 その時神楽坂が机を蹴り飛ばした。


「……騒がしいぞ。とっとと帰れ」


 その風格はまるで王者。オーラが見える。

 どこぞの主人公のようだ。

 教室の空気が少しだけ和らいだ。


 僕は力を緩める。

 恵比寿君は投げ捨てるように僕の襟から手を放す。


「ふん! 又今度にしてやるよ!」


 恵比寿君はリア充友達と一緒に教室を出た。


 神楽坂と取り巻きたちも帰宅する。

 一瞬だけ僕を一瞥する神楽坂。

 冷たい目だ。


 東雲さんは友達に心配されている。


「大丈夫七海?」

「さっきの話し本当?」

「恵比寿君かっこいいね!」

「なんで藤崎なの??」


 困った顔で友達の対応をしている。

 僕は目を合わせないようにした。


 後ろから頭を叩かれた。


「よーす! 藤崎!! お前七海と付き合ってるからって調子のってんの?」


 豊洲真帆とよすまほが頭を叩きながら話しかけてきた。


 派手めなギャルスタイルと素の可愛らしさが相まって、クラスでも上位のリア充美少女だ。

 小柄な体格と小麦色の肌、エクステでゆるふわパーマがかかった茶髪、スカートを短くしてルーズソックスを履いている。強気な性格じゃなければクラスでモテモテだろう。


 僕は豊洲からイジられている。


 クラスで孤立している僕に普通に話しかけてくる唯一の生徒だ。

 ただ、激しい暴力と暴言が飛び交う。

 これはイジメか? と何度も思った。


「ボケっとしてんじゃないわよ! で、どうなのよ! 七海と付き合っていないの?」


 僕の腹を結構強くパンチしながら聞いてくる。

 僕は腹筋を硬くしてこらえる。


「……あ、硬……」

 豊洲は頬を染めながらつぶやく。


 今日ばっかりはもう面倒臭いから無視して走って教室を出た。


「あ、待て!! 藤崎ーー!!」

 豊洲は大声で俺を名前を叫んだ。







 僕はゆりかもめまでの道路を歩く。

 こんなボッチの毎日でも比較的平和だと思う。


 僕はたまに何か忘れている事があるんじゃないか、と思う。

 見たことが無い風景や人物がよく頭の中に現れる。


 僕は考えながら帰っている時にそれは起こった。



 スマホの緊急警報が鳴る。

 慌ててスマホを見る。

 そこに書かれていたのは……


『イベントレベル0』


 僕はスマホをスクロールする。


『始まりました! この世界を攻略せよ。難易度はナイトメア……あ、ルナティックに変更となりました。世界の謎を解き明かせ!』


 地震が起こる。大気が揺れる。

 海から轟音が聞こえる。


 巨大な何かが東京湾に出現した。

 空から金切り音が鳴る。お台場の街が薄い膜に包まれていく……


 この日からお台場地区を含め日本中は異常事態に陥った。


 日本中の異変。明らかにおかしい状況。






 でも笑っている僕がいる。

 涙と鼻水を流しながら大笑いをしている僕がいる。

 胸の奥から湧き上がる喜び、鼓動が早くなる。


 僕は……僕?


 俺はスマホを確認した。





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