序
ゴウンゴウンと機械が唸りをあげる機関室から出たジェシカは、額ににじんだ汗を冷まそうと飛行船の甲板へとやって来た。
欄干に寄りかかり、ふぅと一息つくとすっかり暗くなった空を見上げた。地上にいるときよりも、より近くに感じる星々は今日も変わらず美しくきらめきながら、ジェシカを見下ろしていた。
そんな星たちの中心で金色に輝くのはまん丸の満月である。
「今日は満月か。道理でいつもより明るいわけだ」
そう呟くと、右手を月にかざした。
「昔から満月は吉兆の証と言うけど、今夜は何かいいことでも起こるのだろうか。どうせなら樽ごと酒が降ってくればいいんだがな」
最近は忙しくて、ろくに酒も飲めん、と一人ごちるジェシカの目のはしに何か黒いものが写った。
「は?ほんとに酒樽が降ってきたのか?」
興奮したジェシカは欄干から精一杯身をのりだし、黒い影を目で追った。それは月明かりの下どんどんこちらへ近づいている。
と、一瞬月に雲がかかり辺りは闇に包まれる。
再び明かりが指したときジェシカは二つの意味で驚いた。
一つは、当たり前だが酒樽ではなかったこと。
もう一つはそれが人の形をしていたこと、更にその背に...
「...翼?」