かぎ猫フェリペ
「まったく、幸運のしっぽとはよく言ったもんだな」
寝かされているフェリペに、仲間のマヒコは言いました。
崖から落ちて谷底にまっ逆さまに落ちるところを、丈夫なつる草にフェリペのかぎみたいに曲がった尻尾が引っ掛かって、なんとか助かったのでした。
「まったく、どうしてそんな危ないところに……まあ、聞かないでおこうか」
フェリペとマヒコは、元は遠い海の向こうの国の湖の都で暮らす猫でした。
あるとき、仲間たちと一緒に魔法使いに人間に変えてもらって、船乗りとして航海に出たのです。
フェリペの曲がった尻尾のことを、仲間たちはよくからかいました。そのたびに、フェリペは言い返しました。
「この尻尾は、幸運の尻尾というんだ。曲がった尻尾の先で、幸せをたぐり寄せてるんだ」
黄金の国に行く途中で立ち寄ったこの島で、事故は起きました。
「まあ、お前の想像どおりだ」
フェリペは、この島に滞在する間に、三毛猫のブンガに恋をしてしまいました。ブンガにプレゼントするために崖の上の蘭の花を取ろうとして、足を踏み外したのです。
「それにしても、猫に恋をするとはな」
マヒコは少しあきれたように言いました。
マヒコも仲間たちも、自分たちは人間になったと信じていました。人間みたいに服を着て立って歩き、人間の言葉を話して航海が出来ているのだから、人間といえるのかもしれません。
でも、外見はどうみても猫のままでした。フェリペは、自分達は魔法の力で人間になったと思い込んでいるだけで、実は猫のままなのではないかと、ひそかに思っていました。
三毛猫のブンガに恋をして、やっぱり自分は猫だったんだと思いましたが、みんなには言いませんでした。
フェリペは、この島の農家のスカルノさんの家に寝かされていました。スカルノさんはブンガの飼い主で、大怪我をしているフェリペをブンガが見つけて、スカルノさんを呼んでくれたのでした。
「ブンガのお婿さんなら、助けてあげないとね」
まだ結婚しているわけじゃないので、フェリペは痛みの中でもどぎまぎしていました。ブンガはスカルノさんの言葉を取り消しはしないで、心配そうに手をとってフェリペの顔を見つめていました。
フェリペは落ちる途中で岩に何度もぶつけたせいで、体のあちこちで骨が折れる重い怪我をしていました。
スカルノさんは豊かとは言えない暮らしをしていましたが、フェリペのために動物のお医者さんを呼んでくれたり、薬を買ったりしてくれました。
おかげで、フェリペの怪我は、少しずつではありますが良くなっていきました。それでも、起きて歩けるようになるまで、まだだいぶんかかりそうです。
出港の日が近づいていました。
「悪いが、お前を航海には連れて行けない」
マヒコはフェリペに言いました。マヒコが特別に冷たいわけではなく、これは仲間うちの約束事なのでした。
怪我が治るまでまだ相当かかるでしょうし、海の上では満足な治療も出来ません。
「俺も海の男だ。足手まといになる気などないさ」
弱いところを見せまいと、フェリペはマヒコに無理に笑って見せました。
「食糧と水の補給も済んだし、俺たちは明日、黄金の国に向けて出港する。でも、何年先かわからないが、またここに立ち寄るからな。そのときは、いっしょに故郷に帰ろう」
「ああ。黄金のお土産、忘れるなよ」
「スカルノさん、どうかフェリペをお願いします」
マヒコはスカルノさんに小さな包みを手渡すと、振り返らずに去っていきました。
マヒコのくれた包みの中には、銀貨が何枚かと、一つかみのトウモロコシ、それに何本かのトウガラシが入っていました。
「これは、なんなんだい?」
スカルノさんの島には、トウモロコシもトウガラシもありませんでした。フェリペはどちらも食べ物だと説明しました。
銀貨はお医者さんへの謝礼と薬代で消えて、トウモロコシとトウガラシはスカルノさんの畑で育てられました。
トウモロコシはどんな作物よりもたくさん収穫できました。何年か後には食べ物に不自由することはなくなって、余りを市場で売れるほどになりました。
トウガラシは、ごはんやスープに入れると美味しいと評判になって、市場で高く売れました。
スカルノさんは、少しだけお金持ちになりました。
スカルノさんは言いました。
「フェリペ、お前は幸運の猫だよ。」
フェリペはブンガと結婚して、かぎみたいに曲がった尻尾の子猫が、何匹も生まれました。
フェリペは最初のうちは黄金の国に行ってみたかったと思うこともありました。でも、だんだんとどうでもよくなってしまいました。マヒコや仲間たちを思い出すことも少なくなっていきました。
マヒコと仲間たちの船は、再びその島を訪れることはありませんでした。
黄金の国にたどり着いたのかどうなったのか、誰にもわかりません。
フェリペには孫やひ孫たちも生まれました。もしも今、マヒコや仲間たちが迎えに来たとしても、もう故郷には帰らないと言うでしょう。
フェリペは大勢の家族に囲まれながら幸せに長生きして、その島で一生を終えました。
その島には、今でもかぎみたいに曲がった尻尾の猫がたくさんいます。
まぶしい太陽が降り注ぐ南の海に浮かぶその島は、豊かな実りに恵まれて、猫も人間もみんな幸せに暮らしているそうです。