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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【小天狗起業奮闘編】
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010 初の窯出し






古窯のまわりには、関係者たちが輪を作っていた。

膨大な熱を加えられ、そして役目を果たして静かに冷えていく窯の連なり。

固唾を呑んで見守る人垣の中からおのれの役目を果たすべく踏み出した数人が、最初の窯の塞がれた窯口に取り付き、厳かにその積み上げられたレンガの撤去に取り掛かった。

数個のレンガを取り除くと、窯の中の暗闇があらわになる。

すっかり冷え切っているものと思われたその内部から、わずかに不安を覚えるほどの熱が陽炎を伴って漏れ出してくる。いまだに内部は、サウナのごとき熱を閉じ込めていたようだ。

玉のような汗をかきつつ、オーガと周助がレンガを取り払い、それをリレーするように他の職人たちが離れたところへと運び出す。近場に放置すると、窯出しの本番で邪魔にしかならないのだ。

そうして完全にクリアとなった窯口。当然のようにその内部へと人々の注目が吸い寄せられる。オーガが窯口付近に積もった灰を掻き出すと、手ぬぐいでマスクをした周助が四つんばいになってもぐりこんだ。


「…あんまり音がせんな」

「いす灰【※注1】を薄掛けしただけやし、貫入【※注2】が入らんからやろ」


焼物の窯出しのとき、普通であるならば「ピキン、ピキン」と涼やかなえもいわれぬ音が漏れ始めるものである。器の粘土と表面のガラス質の釉薬とが、急激な冷却により収縮率の差でひび割れを起こす現象である。

磁器は粘土そのものが焼き溶かされてガラス質にされるので、素地自体と釉薬が馴染んでしまってそういう現象はあまり起こりえない。

積み上げられた棚板のひとつを、周助が鹿皮の手袋で掴みあげて、にじるように後退してきた。


「これが根本の『新製焼』なのか」

「いえ、それは余計な灰がつかぬよう器にかぶせる匣鉢(こうばち)と申す保護具です。その下に焼いた器が納まっとります」


作業台に乗せられたその棚板を食い入るように観察しているのは根本代官坂崎様である。そのまわりには《天領窯株仲間》の株主たちが生唾を飲み込んで来るべき瞬間を待ち焦がれている。

そこには大原郷の庄屋、草太の祖父である貞正の姿もある。全員が紋付袴であるのは、それだけ厳かな催しであると関係者たちが認識していたからだ。

匣鉢に手をかけたのは窯頭である小助どんであった。彼は脇に控える草太をちらりと見て、その同意を求めるように目で訴えた。


「小助どんにお願いします。こういうものは窯大将のお役目やと思います」


そうしてほとんど腫れ物にでも触るように、恐る恐る匣鉢が持ち上げられる。

そして次の瞬間、手元の小さな暗がりの中に、磨き抜かれた象牙のごとき純白の宝石が、嘆声とともに衆目の目にさらされることになった!


「……ッ」

「…なん、と」


安っぽい称揚などはまったく不要であった。

出てきたのは、小ぶりな皿であった。

それはなんのかざりっけもない、たたら【※注3】をただ型打ちしただけの、ホタテの貝殻のような形をした皿であった。


「なんと白い…」


同じ形をした小皿が3枚。その光を含むような光沢の中に詰め掛けた人々の姿がまばゆく映り込む。《天領窯》の生み出した初めての新製焼が、その瞬間この世に産声を上げたのだった。

わあっと、窯場が騒然とした歓声に包まれた。

代官様の手にとられた一枚の皿が、株仲間の手を気忙しくめぐり、そして職人たちの手に渡される。ほとんど押し戴くようにそれを受け取った人々は、由緒ある寺社に奉納されていた珍宝ででもあるかのように感激に身を震わせて泣き出す者すらあった。


「よくやった、草太…」


祖父の手が肩に置かれたのがわかった。

それでも草太の目は、人々の手をたらいまわしにされるおのれの器に吸い寄せられ続けている。人々の喜びようが、かぁっと胸を熱くする。


「おまえは成し遂げたのだ」


目元からこぼれそうになる何かを、草太は何度も袖口でぬぐった。

どこかからお妙ちゃんがこの騒ぎを見ててくれればいいと思った。やっと焼きあがったんだ。見ただろ、あれがオレたちの宝物やよ。


「すごいきれいでしょ」

「…ああ、そうだな」


頭をかき回す祖父の手に、草太はぎゅっと目をつむった。



***



窯から生み出されたボーンチャイナたちは、彼の子供であった。

職人たち総出の懸命なリレー作業で取り出された器の数は、およそ500点あまり。窯の規模に対して数が少ないのは、重ね焼きなどの雑な置き方を避けたためだ。

作業台の上がいっぱいになると、後は地べたに並べるしかない。全部が窯のまわりに並べられると、なかなかに壮観な景色となった。

向う付に大皿、珍妙な形のてーかっぷに、提燈を縦につぶしたような形の急須など……それなりに種類も多い。

代官様たちは浮かれた様子で品評会を始めているが、職人たちの冴えない顔を見れば今回の窯焚きがどの程度の出来であったかは分かろうというもの。

職人たちも最初の頃は代官様たちと変わるところはなかったが、出て来るものの出来不出来を目にするうちにその口数も減っていった。

いまではすっかりと押し黙って、経営陣の中で一番ものの分かっていそうな草太の反応を待ち構えている。


(…初めてのことだから、しょうがないか)


草太は手に取ったてーかっぷをくるくると回しながら、そっと息を吐いた。そうしてしゃがみ込んで、転がっていた石ころを拾い上げる。

やはり初めての窯、初めての焼成となると、取り回しの癖も分からないことが多いから、結果こういうことになるのだろう。

割れたもの、砕けたもの、必要以上に溶けて歪んでしまったもの、失敗作も続々と見つかった。

結果を受け入れつつも、草太は悔しげに顔をゆがめた。

石を握りこむ腕を振り上げる。

突然上がった器たちの悲鳴に、驚いた人々が顔をこちらに向けてくる。


「なっ、なにしとんのや!」


よほど驚いたのだろう、てーかっぷを手に取ったまま固まっている代官様の横で与力衆が目を見開いている。

外野の声など耳に入らぬげに、草太は淡々と次の不良品に石を振り下ろす。


パリンッ!


「…ッ!」

「や、やめやぁ!」

「もったいないやろ!」


与力衆が騒ぎ始めた。

そちらのほうをちらっと見た草太は、いらえを返す間にもまた一個のてーかっぷを手に持った石で叩き割った。


「不良の品は、欠片ひとつだってこの窯場から持ち出させはせえへん。売りに出すのは傷ひとつない完全なものだけ。それはもう先日の話し合いで決まっとったはずやけど」


草太の目は揺らがない。

この《天領窯》だけではない。他の窯だって、不良品はすぐに叩き壊して市場に流出することを防いでいる。

高級ブランドを志向する《天領窯》であればなおさらのこと。


「…ッ! いまのはなんも不良品なんかに見えへんかったぞ!」


草太がいま手にしているあたりの器は、見た目変形らしきものもなく、うまくできているように見える。

が、それを草太は迷いなく割り砕く。


「不良品やし」

「ど、どこがや!」


真っ白な皿。

機械的にもうひとつを手にした草太をやや気後れしたふうに眺めていた代官様が、次の瞬間うめき声を上げた。草太がまたしても皿を砕いたからだ。


「近くで見てみたらいいし。…この辺のは、鉄粉がついとる」


良くみれば分かること。

わずかでも鉄分が付着すると、そこが発色して黒くなる。まるで極小のほくろのように。

実際に鉄粉の除去はなかなかに難しい。鉄は自然界のどこにでもあるありふれた金属であり、むろん粘土の中にだって多分に含まれやすいものだ。粘土の中に残留したり、釉薬の中に混入したり、果ては窯の中の薪や隣で焼いている器の成分が火花となって飛んできて付着することもある。

高級食器とは、そんな些細な汚点ですら許容されることのないシビアなものなのである。


「そんなに処分してまったら、すぐに赤字やぞ」

「焼き上がる数が少ないからこそ、旦那商売の高級品なんやよ」


(このへんはたぶん焼いとるうちについたもんやな……汚れが周辺に固まっとるし)


品質管理をもっと徹底させないといけないだろう。

どうやってそれを職人たちに分からせようか……概念的なことをいったって分かるはずもないし。


「日本一の名品なら、単価で十分に取り返せるし」


おのれに言い聞かせるように、草太はつぶやいた。






【※注1】……いす灰(柞灰)。イスノキを焼いて作った灰。有田の上物などに使用された無色釉。現在では高価すぎてなかなか使えません。

【※注2】……貫入(かんにゅう)。湯飲みの底などを見てもらえば発見できます。表面のガラス層にヒビが入る現象のこと。

【※注3】……たたら。もののけ姫のたたら場とは関係ありません。粘土を平たく加工する技法のことを指します。叩いて伸ばすこともありますが、作中のものは定規のような木板を当てて、糸でスライスしています。


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