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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【小天狗起業奮闘編】
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008 美濃の新興勢力⑤






草太のたった6年間の人生で、これほど大原・根本の両郷が熱気に包まれているのを見たことはなかった。

通り過ぎる人の顔を見ただけで、それが分かる。何も目新しいものなどなかった片田舎の農村が、定かではないがよりよい未来を夢に描きなにものかに生まれ変わるべく胎動を始めている。悪く言えばその日暮らし、長くとも1年間のスパンでしか生活を考えたこともなかったであろう村人たちが、2年先、3年先を思い描き、表情をほころばせる。生きる活力を横溢させて足取りも大きくなり、発する声にも張りがこもる。

根本郷の雑木林に覆われた小高い丘の上からは、人々の盛んな掛け声と槌の音が響いている。その丘の上へと伸びる緩やかな坂を、人や荷駄が往来する。

通りかかった人々が、草太の小さな姿を見つけて率先して声をかけてくる。


「草太様、ごきげんよう!」

「今日もいい日和で!」


けっして偉ぶっているわけじゃないけれども、挨拶する全員に同じように返していては身が持たないので、ニコニコと微笑んで手を振って応える。

坂を上りきると、そこに真新しい掘っ立て小屋が何棟も見えてくる。資材倉庫に乾燥室、戸板の窓を外して開放感のある室内が見えるろくろ小屋、薪を山のように積んであるその横には、上絵用の錦窯にも差し掛け屋根が立ち上げられている。

その奥には完成したばかりの連房式の古窯が、何度目かの仮焼に盛んに煙を上げている。


「具合はどうやの?」

「おお、草太か。もう仮焼きも3度目やし、もう余分な水もほとんど飛んで、…そのへん触ってみいや、かんかんやろ」


窯焚きを腕組みして見物していたオーガこと辰吉どんがいかつい顔をくしゃっと笑みにゆがめた。

窯肌を触ると、たしかに水蒸気の湧出を感じない乾いた肌触りが伝わってくる。少しでも水分が残っていると、手をかざすだけで湿り気を感じるものなので、オーガの言うとおり窯の焚き上げも間近なのであろう。

窯は作ったばかりのときは粘土の塊に過ぎないので、そのまま一気に焚き上げようとすると熱で収縮して崩れてしまう。何度か仮焼きして水分を飛ばしつつ、できた隙間に目土を突き固める作業を繰り返す。そうして内部温度1300度超という恐るべき高温に耐えうる窯が完成する。

いま目の前で行われている仮焼きが最終のものとなる予定である。これが終われば、いよいよ最初の窯詰めが始まる。


「小助どんは?」

「ろくろ小屋に詰めきりやわ。おまはんが無茶な注文つけよるもんやから、必死こいて『てーかっぷ』とやらの器をひいとる」

「いくつくらい用意できたの? ていうか、ぼくもさっそくそいつを検品しなくちゃ」

「わしももうずいぶん数ひいたが、なかなかおまはんの言ったような『寸分たがわず』なんて調子よういかへんかったわ。あんなかっちりした『おしべら』【※注1】使いなんぞしたこともないし、最初はおんなじ形しとっても、厚みや水の量を間違えると乾燥するまでに大きさが変わってまうしな。ありゃあそうとうに難しいぞ」

「そんなことわかっとるけど、それでもやってもらわんと。茶の湯やとわざと変形させたりして『味』とか言ってよろこんどるけど、そういうのは時と場合によっては『逃げ』にもなるし。職人ならぴしっとおんなじ大きさにできて当たり前やないの」

「簡単に言うがなぁ」

「下石から引っ張った五郎兵衛どんは、おんなじ大きさに作るのが得意そうやけど」

「ありゃあやっぱ年季が違うやろ。何十年も徳利ばっか作っとれば、目ぇ閉じとってもおんなじもんがひけるようになるんやないのか」

「ろくろ職人は、おんなじもんがひけて何ぼやよ。厳しいところやと、駆け出しの職人は死ぬほどおんなじもん作らされるそうやない。『味』とか言って逃げるのはいかんと思う」


ろくろで同じ形のものが作れるかどうかは、たとえるなら画家が正確なデッサンができるかどうかを問われるのに似ている。

デッサンが作画能力の根底を支える基礎能力なら、ろくろ職人にとって『同じものをひき続けられる』ことがそれに当たる。あのみょうちくりんな画風で「下手なんじゃね」と思われているピカソも、実際は超絶のデッサン力を持っていたりする。

型を崩すのは、基礎力を極めた人間がすることで、それをどシロウトが模倣して悦に入るのはただひたすらみっともない行為であると思う。

厳しいことを言われて頭を掻いたオーガは、すごすごとろくろ小屋へと戻っていった。どうやらこの男も多少煮詰まって気分転換に仮焼きを眺めていたのだろう。

草太は《天領窯》での最初の製品を『ティーセット』にするつもりで動いている。皿類でもかまわないのだけど、それでは何かインパクトが足りないような気がしたのだ。


(『浅貞』の旦那を、驚愕させるようなもんじゃないと…)


なんせ高級ブランド商法を売り込んで、あれだけ大金を稼げると空気を入れまくったのだ。しょっぱなの入荷で凡百のものなど持ち込めるはずもない。

この時代の人間には何の部品なのか分からない『取っ手』部分は、草太作の木製押し型にて別途量産している。器の部分は、形状が底深くて現在の押し型技術では作成が難しいのでろくろ成形するしかなかった。


(強制鋳込みができるようになれば、ライン工程にして一気に業容を拡大できるんだけどな……絵付けも転写シールにできれば一気に効率上がるし)


ろくろ小屋と広場を挟んで反対側にあるのは、絵付け小屋である。

けっして大きなものではなかったけれど、高社 (たかやしろ) 山を臨む南面に見晴らしのよい縁側を持ち、小さいながらも丘の湧き水を引き込んだ池まである茶室のような瀟洒な小屋である。池はもともと《天領窯》の作業用の水源であったものを石組みにして庭園風にしたものだ。

その縁側にぼんやりと座って、窯焚きを眺めている長髪の男は、星巌先生の約束通りこの地にやってきた絵師の母里牛醐(もりぎゅうご)である。

やや白いものの混じる長髪を後ろに紐でくくり、餅のようにぽっちゃりした丸顔を周囲の喧騒に向けている。常時瞑っているように細い目が、近づいてくる6歳児を認めてさらに細まった。


「先生、ご機嫌はよろしいのですか」


草太の言葉に、絵師の牛醐はいやーと頭を掻いて、縁側でぶらぶらさせていた足を胡坐のなかに引っ込めた。


「ご無理を言ってお越しいただいたのに、絵付けする器自体がまだ焼きあがってないとか、ほんとお恥ずかしい限りなんですけど」

「いやいや、絵柄だけならいただいた紙束でなんぼでも試行できますし。それよりも、窯焚きというのがなかなかに珍しくってねえ。前に長州の萩にまで足を伸ばしたときも、後学のために見学を願い出たんそやけどもまるっきし話も聞いてもらえなくって。こんな間近で見たのはここが初めてやわ」

「そうですか、それはよかった」

「あたしは焼物も好きでねえ……なじみの旦那衆に絵を届けたときによく茶に誘われて名物もいろいろ見せてもろたけど、(もろこし)の染付けや有田ものは絵も洗練されていてそのときはえらい驚かされて」

「興味がありますか。焼物の絵付けに」

「きれいなもんはなんだって好きやわ。いっぺん評判の『鍋島もの』を手にとって見てみたいと思っとるんそやけども」

「先生には、その『鍋島もの』さえかすむくらいの一等きれいな絵をお願いしたいんです。大名家が買い求める友禅染のような洗練された図案を……高家のふすまにおさまっとる高名な絵師たちの絢爛たる名画を、ぼくの用意する真っ白な磁器の肌に写し描いてほしいんです」


背の低い草太は、縁側に胡坐をかく牛醐を見上げるようにしている。

その爛々(らんらん)とした眼差しに当てられて、牛醐は細い目をほんの少し瞠ったようだった。


「そらあ大事やな」

「国一番の、最高の磁器を作り上げるのがこの窯の目標やし! それを手に取った公方様に『この絵付師の名は』と言わせるぐらいのもんを、先生には描いてほしいし!」

「………」


草太の熱気に牛醐は静かに立ち上がって、少しの間部屋の中に消えた。

そうしてややして戻った牛醐は、膝をついて一冊の帳面を草太の前に差し出した。


「こらあたしがいつか焼き物の絵付けにと描き溜めた図案集ですわ。いろいろな土地のいろいろな図案をもとに描き起こしたものやけど、草太様の目指される方向と合っとると思いますか」

「見せて」


それは草太が思案用にと与えた紙束ではなく、ずいぶんと前から描いてまとめていたらしい紐でくくった帳面だった。

そこには種々多様な図案が余白という余白を埋める勢いで描き記されていた。

一つ一つのクオリティがどうのという話ではない。

おそらくは興味のひとつの方向として焼物を捉えていたに過ぎぬだろうこの絵師が、それでもこれだけの図案を創出していたことは驚嘆に値した。


「すごいです…」

「草太様の目指すものとあたしの目指すもの、お互いに知り合わなあかんと思いますし」


草太は牛醐の前に小さな手を差し出していた。

その手を包み込むように、筆タコでごつごつした牛醐の手が添えられ、握り合った。


まるでパズルのピースがひとつずつはまっていくように。

《天領窯株仲間》は、着々と体制を整えつつあった。






【※注1】……おしべら。決まった形にするために、ろくろ工程時に当てる木型。


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