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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【小天狗起業奮闘編】
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004 美濃の新興勢力①






明日には再び笠松役所まで行かねばならない。

また早馬に便乗できるとはいえ半日近くそれに拘束されてしまうので、やることが山積している草太は周囲の大人たちが呆れるほどによく動き回った。さすがは体は元気いっぱいの子供である。

まずは天領窯の再築現場に行って作業の進捗のチェックに、それに付随する窯頭小助どんとの打ち合わせ。

小助どんは窯内の『縦サマ』用の溝の幅が気になるようで、それを最小限にして窯容積を最大化する提案をしてきたが、床面にうがつ『縦サマ』用の溝がいかほどの幅が最善であるのか知っている草太は頑として退けた。


「小助どんの言いたいこともよう分かるけど、『古窯』を採用した理由は熱管理のしやすさやから、狭間穴の幅をケチって炎の循環を妨げるようなことはしたくない」

「むー、そうかのう。わずかでもええから床面大きくして焼ける量増やしたいんやが…」

「『量』より『質』やよ。多く焼く性能よりも、よりよく焼ける性能が優先なんやって」

「ほんとにそんな高う売れる磁器が作れるんか…」

「作れるのかどうかじゃなくて、絶対作るんやよ!」


6歳児に背中をどやしつけられた小助どんは、名前の通りに小さくなってしまったが、この男が非常に土性っ骨気質でへこたれないことを知っている草太である。窯の再築に関しては、小助どんに丸投げしていてもいまのところ不安はない。

かつての天領窯の度重なる不具合に直面しても、けっして音を上げることなく完成へとにじり寄る小助のしぶとさは一級品である。

ちょうどそこに砕いた陶石を運んできたオーガこと山田辰吉がやってきて、師匠と弟子の立場がすっかり逆転してしまっている珍景にむずがゆそうな顔をした。


「…ほんに、わけの分からんことになっとんなぁ」

「ふん、…どうせ大原の小天狗とか言われてええ気になっとるんやわ」


オーガの後ろには一緒にもっこを担いでいる小助どんの息子、周助がいた。

ここに期せずしてチーム天領窯の面子が勢ぞろいした格好だ。

それにしても『小天狗』とはまた初耳である。あれか、人間離れしてるとかの形容で引っ張られるあの『天狗』にことよせたってことか。誉めるというよりも揶揄だな、これは。

もっとも、前はぽっと出の飛び入り参加で『職人見習い』に過ぎなかった子供が、今では自分たちに頭ごなしに指揮することができる《天領窯株仲間》の経営陣の一人である。接し方に迷う気持ちもわからなくはなかったので、軽口のひとつでも叩いてやろうかとも思ったのだが、折悪しく近くにいた窯作りの人足に声をかけられてしまった。

姿を見せ始めている『古窯』は、まだ狭間幅の相談が出るくらいに基礎部分しか出来ていない。形状的には美濃によくある本業窯に似ているので、小助が天領窯で実践しようとしていた『丸窯もどき』のような難しさはない。

崩れた前の窯から焼き締まった煉瓦を使うので、最初から耐火煉瓦が手にはいった状態であることも、築窯の難易度を大きく引き下げていた。

人足からの質問は、少し欠けた煉瓦を使用してもいいのか、というものだった。たぶん耐久性に問題はないと思うのだけれども、狭間穴を含めた基礎部分はもっとも熱にさらされる場所でもあるので、程度のいいヤツから使ってくれと要望する。

草太は質問を受けるたびにはきはきと答え、遠慮なくいろいろな薀蓄をたれていたのだが……それをチーム天領窯の面々がなんともいえない表情で眺めているのに遅まきながら気付いて、口をつぐんだのだけれども。


「あれがその天狗の知恵っちゅうやつやろうか…」

「むう…」


なんか納得されてしまったような会話の流れに、かつてないほどの恥ずかしさを覚えて、草太は再築現場から逃げ出した。

いいもんいいもん、仕事はまだほかにもたくさんあるし!

その後再建したろくろ小屋の裏に増築した水簸(すいひ)小屋に入り込んで、甕のなかで熟成中の千倉磁土の塩梅をチェックし、ついでにそこの隅に放り出してあったやりかけの図面に墨を入れる。

磁器の上絵を焼くための低温窯、『錦窯(きんがま)』の図面である。

上絵付けといわれるものは基本下地となる器の釉薬層のうえに、色の違う釉薬を乗せて溶融定着させるものである。本体の器となる磁器は粘土を無理やりガラス化させるのに1300度以上の高温が必要になるが、釉薬自体はほとんどの場合溶けやすいガラス質なので800度ほどで溶けてくれる。それほど高温にする必要がないために、窯自体もずいぶんとコンパクト化が可能となる。

彼の中の印象では、『大きな七輪』というのが最も近いかもしれない。外形はドラム缶大のアリ塚のようで、内と外の二重構造の壁を設け、壁の間に炭や薪を詰めて、それを燃やすことで内壁越しに間接熱を送り込む。上蓋は陶板とかで適当にかぶせてやればよかったはずである。

まだ上絵付け文化のほとんどない美濃・瀬戸界隈では、見つけることのできない類の窯であろう。むろん構造の詳細を知っている人間もほとんどなく、簡単とはいえ草太が図面を引くことになっている。


(…はあ、電気窯があれば簡単なことなのに)


発電施設とニクロム線が手に入れば、光の速さで技術革新させてみせるのに…。

江戸時代では大量に手に入る安価な熱カロリー源など薪ぐらいのものであろう。

大体の構造と寸法を出した草太の図面は、現代の技術者が見たらお粗末な落書き程度のものであったろうが、小助どんいわく「なかなか分かりええ図面やわ」とお墨付きをいただいている。平面、側面に斜視図をつければ、この時代の『勘』で動く職人たちが勝手に補正してよりよくしていってくれる。

科学技術は遅れていようとも、この時代の技術者たちは稚拙な図面から内容を適切に読み取ってそれを脳内補完することに長けていた。もはや職人技の一種であるのかもしれない。

黙々と作業をこなしつつも、草太は次にやらねばならないことを思い巡らせている。やるべきことがあまりにも多すぎるので、つねに実行していく優先順位を検討していかねば粗漏が起きかねないのだ。

彼の脳内ではいくつもの事項がタグつきになって整理されている。タグ番号順につぶしていく予定である。


①窯の建設(古窯および錦窯)。

②骨灰の入手とその品質の確認。

③ボーンチャイナの坏土作りに必要となる、地場の添加磁土の選定と入手ルートを確立する。

④上絵付け用の釉薬および周辺資機材を『浅貞』ルートで発注、用意する。

⑤迎える絵付師の住居とその作業場を用意する。

⑥ろくろ小屋と焼物の一時保管庫となる倉庫を用意する。

⑦燃料である薪の入手ルートを確立する。

⑧名古屋の『浅貞』までの出荷ルートの選定、および馬匹等の運送業者の選定。


特に懸案となっているのが②の『骨灰入手』と③の『添加磁土の入手』である。

骨灰については先の京都での交渉でとりあえず発注させてもらった骨灰第一陣30貫(約100キロ)の到着待ちである。灰化処理込みで1貫1分(1/4両)合計で7両2分、運び賃で5両の合わせて12両2分(約60万円強)を半金先払いしてあり、その現物の受け取り時に、同行した相手側代理人と今後の価格交渉を行う予定である。

こちらは金額さえ折り合えばあとは信頼関係を構築していくだけなのだが、『磁土』のほうは試験して実績のある蛙目粘土の産地が久尻(現在の岐阜県土岐市の一部)であるため、美濃焼総取締役たる西浦屋の強い影響下にあるのが難点である。今はよいもののいずれは出荷制限など掣肘を加えられることは容易に想像でき、草太としては当面問題がない程度の備蓄を早々に済ませてしまうべく現地窯元と交渉中である。

現状西浦屋に買い叩かれて経営の逼迫する窯元にとって、土を売るだけで金になるのは非常に魅力的であろうから現場レベルの合意に不安はなかったが、それも西浦屋が《天領窯株仲間》を現時点で敵勢力認定していないからであり、ゆくゆくはバチバチの殴り合いになるのは必至であるからこそ『添加磁土の入手』の優先度が高くなっている。


(土をたくさん買うのはいいけど、こうなってくると原料倉庫と水簸工場の拡張が必要になってくるかも……ほんと金のかかることばっかり)


実は明日再び向かう笠松郡代様にも、挨拶代わりにいくばくかの金子を用意することになっており、「手持ちなんかない」とケツをまくって逃げてしまった与力衆たちと急な連絡がつけられない江戸本家から供託を期待できないため、『冥加金』10両とささやかなものの、そのほとんどが普賢下林家の持ち出しとなってしまった。


(祝われている本人が礼金出すって、おかしいよなほんと…)


心配事ばかりでストレスが半端ない。

日もとっぷりと暮れ始めた頃に書きあがった図面を押しやって、草太は作業台の上に突っ伏したのだった。


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