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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【小天狗起業奮闘編】
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001 天領窯の再建

明日は私用でパソコンに触れなくなるので、更新はお休みします。

ご了承くださいませ。





「小助どんには悪いんやけど、いま7つある連房の数を減らしたいと思う」


小助どんが大変な思いをして有田の窯を再現したのは知っている。

小助どんはもともと木附村(きつけむら・現在の春日井市高蔵寺付近)の出身で、どういった経緯かは知らないけれどもここ林領根本に移住してきて、代官様に新窯の設置を嘆願したのだという。

新しい家産を模索する林家の希望とも合致して、美濃焼23筋とは別に窯の設置に着手したのがこの天領窯の始まりだった。

窯の創始者としてのプライドは無論あることだろう。だが完成度の低い過去の窯を再建されても、維持コストの面で草太にはとうていがえんじることはできなかった。


「減らすって、どういうこっちゃ」

「予算は限られとるし、磁器は焼成温度が命。房の数を4つまで減らして、小型で温度を上げやすい『古窯』【※注1】にする」

「たわけか、なんもしらんガキが知ったふうなことを言うな。いまどきの焼物の値段なんぞ一度に数を叩かんととてもやないが儲けが出んのやぞ! それを房の数減らしてどうしようっちゅうんや。あほらして話にならんわ」


案の定、小助どんは顔色を変えて怒り出した。

普通であるならば小助どんの意見はもっともなことであるのだけれど。おとなしく安物を量産して西浦屋に「買っていただく」のならばそうなのであろうが、根本的にそれは草太の考えるビジネスプランとは合致しなかった。


「数が少なくても十分に利益は出るようにする。そもそもこの窯でこれから焼くのは、ぜんぶ『旦那商売』の高級品やから」

「『旦那商売』って、…なんのことや」

「この窯はこれから価値の高い『磁器』しか焼かんから。小助どんには少し考え方を改めてほしい。…これからこの窯で生み出される焼き物は、いま流行しとる瀬戸の新製焼を上回る上質の磁器やし。安もん作って小銭稼ごうとか下ばっか見てないで、もっと高いところにある目標を目指さんと。小助どんにこれから作ってもらわなあかんのは、有田や鍋島に勝てる日本一の磁器なんやよ」

「日本一の…磁器」


そのためにわざわざ京都にまで行って『絵付師』を引っ張ってきたんだから。

その絵師はまだこの地にやってきてはいないものの、おっつけ彼の元に星厳先生から文が届くであろう。

円山派(円山応挙の孫弟子らしい!)の正統を継いだ絵師であるというから、相当に期待している。

星厳先生からその絵師スカウトの協力を取り付けるまで、3日ほど付ききりで書生のような真似事をさせられたのは、我ながら黒歴史に分類すべき経験であったけれども。

どうやら彼の覚悟を試していたらしい星厳先生の無茶振りの数々は……大先生の内弟子になるとこういうこともさせられるのかと、遠い目をしてしまいそうになる体験が目白押しだった。わざわざ厠まで呼びつけられて、尻を拭かされたときは正直心が折られかけました。

どうにかお眼鏡にかなった草太は、母里牛醐(もりぎゅうご)という名の絵師を獲得することに成功した。

円山応挙の弟子 吉村蘭陵(よしむららんりょう)の教え子であるらしい。放浪癖があるとのことで、そのとき本人は京都にはいなかったが、師匠の蘭陵先生が快諾したというから、もしかしたら「痛い子」の可能性もなくはな……いや、いまは余計なことは考えまい。


「『古窯』は房の一つ一つが小さいし、中に補強の支柱もいらんから、築窯の難易度が一気に下がる。もとの連房窯を作るよりもずっと早く形になるやろうし、なにより規模が小さいから余計な金がかからんのがいい。…別にケチりたいわけやないよ。それとあわせて、そこのろくろ小屋の隣に『錦窯(きんがま)』を作る」

「『錦窯』【※注2】? …そういえば上絵付けの絵師がくるんやったな……そうか、上等な上絵付けの磁器なら新製焼になんぞ負けとれんな」

「有田とかにも負けてもらいたくないんやけど……この『天領窯』は磁器窯として生まれ変わるんやよ。やから…」

「『古窯』の構造はあんまり分からんが、おまえは知っとるんか?」

「基本はあんまし変わらんよ……房のなかを無理に大きく作らん代わりに、邪魔な支柱を入れんでよくなる。房をつなぐ狭間(さま)【※注3】は『縦』で、炎を天井にぶつけて掻き回す仕組みやよ。小さくまとめるからこそ窯の温度を上げやすくなるし、なにより薪が節約できる……高級磁器専用の窯としては最適やと思う」

「高う売るから、焼くのも少なてええっていうことか…」

「いずれは規模を求めるときがくるかも知れんけど、築窯の経験も乏しいいまは、『古窯』で必要充分やわ…」


とりあえず躊躇なくチート知識を反映させていく。

組み上げるレンガは旧天領窯の瓦礫の中から使えそうなものをできるだけ再利用するが、回収したまともなやつは数が知れている。数が知れているからこそ、小型な『古窯』として再建するのが理にかなっている。

それでも足りないときは、草太が以前開発した例の耐火粘土で煉瓦を作るしかない。

房と房のつなぎ目である狭間(サマ) 穴は、小助どん作の旧天領窯では有田風の横サマ【※注4】であったので、今度の窯は縦サマ【※注5】を採用する。

横サマは炎の流れが不規則で器の焼色に味が出ると言われているが、草太の欲する高級茶器にそのような揺らぎはむしろ害である。炎をきれいに循環させる縦サマが良チョイスであるだろう。

小助どんもさすがは専門家であるので、草太の言わんとしていること、彼の狙いなどをすぐに汲み取ってくれる。なにもないところからぶっつけで連房式登り窯を再現したこの人物が、愚かであるはずもなかった。




草太と小助どんが綿密な打ち合わせののち縄張りした設計の通りに、窯の再建が始まった。

3月の終わりといえば微妙に農閑期ともいえない時期なのだが、草太により《天領窯株仲間》から示された人足代が村人たちにとっては破格であったらしく、畑の種まきもそっちのけで人が集まってきて、代官所が慌てて人を追い払う一幕があった。現在は一家3人以上の男手がある家だけ、この窯再建の人足に応募できることになっている。

大原・根本の両村が総力上げて築き上げている新窯の噂は、瞬く間に近隣に広がっていたようだ。地元で久方ぶりに増える新窯の工事現場を見物しようと、いつもよそから野次馬がやってきている。

そのなかに草太のよく知る人物の姿もあって、現場指揮に駆け回っている草太を不思議そうに眺めていた。


「あいつ、あんなとこでなにしとるんや」


多治見郷の《西窯》で修行中の加藤弥助である。その周りにいる男たちは同じ窯で働く職人たちなのだろう。窯の職人たちは、窯焚きで何日も寝食を共にするために連帯意識がとても強い。こうして並んでいるのを見ると、ほとんど家族と同じぐらい馴染んだ空気を纏っている。


「あれは前にうちによく遊びにきとった大原の庄屋様の子供やろ。なんや図面みたいの持って指図しとるけど、なんぞごっこ遊びでもしとるんかな」

「弥助は遊び仲間なんやろ。一緒に遊んできたらどうや」

「オレはあんなちんちくりんと遊び仲間やなんかあらへんわ!」


むきになって抗弁する弥助を職人たちがげらげらと笑う。

ここまで見物に彼らが来たのも、『新窯』の噂を確かめに来たのであろうが…。


「まさかこんなとこに窯があったなんてしらなんだな……いつの間に作っとったんや」

「どうやら根本の代官様がこっそり作らせとったらしいが……いまどき『新窯』なんぞ認められるもんなのか」

「なんでも公方様のお許し貰って作っとる言うぞ。やから名前も『天領窯』やとか」

「…こっからじゃよく見えんが、ずいぶんとこじんまりした縄張りやな。房も4つしかないみたいやぞ」


新製焼として磁器を生産し始めた瀬戸では、より大規模な『丸窯』【※注6】が絶賛増加中であるが、磁器の磁の字もないこの時代の美濃界隈では、窯といえば陶器を焼く『本業窯』【※注7】がほとんどである。


「もっと近くで見えーへんかな…」

「オレ、行ってくるわ」


そこで子供ならではの無邪気なあつかましさで、弥助が草太目指してゆるい坂を駆け下ってゆく。見物人たちがいるのはもっぱら天領窯を遠目にする小高い丘の上である。

本来なら見つけ次第代官所の番兵が追い散らしていたことだろうが、草太はむしろこの窯の存在を公知のものとして広げようとしていたので現在は見物し放題であった。

この天領窯が仮に普賢下林家の占有物であったらひた隠しにしたに違いないが、現状この窯は《天領窯株仲間》の共同の所有物であり、林のお殿様や代官様までかませているので公権力の強力な庇護の下にある。むしろその公然とした『庇護』をアピールしていたほうが、外向きには当然ながら信用力の向上につながるだろう。美濃焼総取締役の西浦家だとて、さすがに大身旗本相手に既得権益を振りかざせはしないと思われる。

その西浦家も、おのれの支配力の及ばぬ『新窯』の誕生に平静でいられるはずもなく…。

《西窯》の職人たちの近くで、むっすりと口を引き結んだ初老の男の姿があった。

藍の着流しの上にぶっくりと何枚も上着を羽織ったその男は、この界隈で知らぬものとてほとんどない名士であった。

やや落ち窪んではいるものの炯炯とした眼光は見る者を竦ませるほどに強い。鉤鼻から頬へと刻まれる皺は引き結んだ口元で厳しく歪んでいる。

西浦屋当代、三代目西浦円治その人である。


「この本業(ほんぎょう)【※注8】だらけの美濃に、いまさら小ぶりな窯なんぞ通用するものか…」


手にしたキセルをひとふかしして、多治見郷のビッグファイヤーは意味深な笑みを浮かべたのだった。






【※注1】……古窯(こがま)。小型の磁器などを生産した窯。『古』とついていますが、このタイプの窯が現れるのは江戸後期からだそうです。

【※注2】……錦窯(きんがま)。上絵付け用の低温窯。上絵の具(色ガラス)の溶ける700~800度くらいまで温度が上がる。燃料の灰がつかないように、二重構造になっているのも特徴的。

【※注3】……狭間(さま)。連房式登り窯の房と房をつなぐ穴。むろん次室への炎の抜け穴となります。

【※注4】……横サマ。平地にある連房式登り窯は傾斜が小さく、狭間(さま)は小さな段差でつながれ、炎がほぼ並行に横向きに抜けていきます。窯の中の火のめぐりが不規則になるといわれ、焼き色に味が出るとされています。

【※注5】……縦サマ。傾斜のきつい連房式登り窯に多く、炎が狭間(さま)を通過するとき、一度お隣との段差、『土手』にぶつかって、上方向へと噴き上がります。それが天井にぶつかって、上から下への熱の流れが生まれます。焼き加減が安定するとされています。

【※注6】……丸窯(まるがま)。ある意味、連房式登り窯としての最終進化形態。房はお椀を伏せたように丸みを帯び、かつ大きい。内部空間の大きさと傾斜のゆるさが特徴で、焼成時温度上昇がゆるく、破損のリスクが少ないので磁器の大量生産や大物磁器などの焼成に向く。ただし温度上昇がゆるいために窯焚き期間が長く、薪をバカ食いする。

【※注7】……本業窯(ほんぎょうかま)。かまぼこ型の房がたくさん連なる、ビジュアル的には典型的な連房式登り窯。この時代の美濃焼はほとんどこの窯。連房の数が多いのは大量に焼くためであるのは当然ですが、焼く品を『陶器』と割り切った造りのため、上にいくほど内部温度が上がらない。焚口近くの下の房では温度も上がり磁器焼成も可能ですが、陶器を作らない天領窯には不適ですね。

【※注8】……本業(ほんぎょう)。この時代、『陶器』のことを本業焼きと呼んでいたそうです。


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