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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【鬼っ子東奔西走編】
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034 捜索②

やっと京都編の終わりが見えてきた…。

一気に駆け抜けますよー。






無宿人……そういうとなんだか難しい感じがするが、現代でいえば浮浪者、社会からドロップアウトしてしまったホームレスとほぼ同義である。

薬種行李を漁っていた男たちは、刀を差した武士の剣幕に恐れをなして震え上がったが、次郎伯父らの発する問いにかたくなに口を結んで知らぬ顔をする。

何も知らないはずがないのはひと目で分かった。ただ、目の前の怒れる武士に恐れてではない、仲間をかばってでもいるかのような必死の黙秘に、痺れを切らした次郎伯父の怒声が叩きつけられた。


「吐けッ。吐かねば素っ首叩っ斬るぞ!」


刀にかけられた親指がすでに鯉口を切っている。

ここでさらに反抗するのは命の危険を伴ったであろう。だが、垢まるけで煤を塗ったように黒い男たちの顔には、眼前の恐怖よりも別の何かに脅迫されているような切迫感が張詰めている。

こいつらは、誰かをかばっているのか…。

ほっといたら本当に刀を抜きかねない伯父を抑えるべく、草太は場の緊張に一石を投じた。


「女の子を捜してるんだ。教えてよ」

「………」


男たちは草太の視線を受け止めかねて顔をそらした。

彼らの様子をじっと観察しつつ、草太はなんでこいつら男ばっかりなんだろうとか漠然と考えている。


「荷物だけ盗んで、どこかに連れて行ったんでしょ? どこへ……何のために連れて行ったの」

「………」

「…もしかして、『売った』の?」


男のひとりが気まずそうに身じろぎする。

たまたまおのれたちの棲家に転がり込んできた少女を捕らえ、どこかへ連れて行く。それは身売り以外にありえはしない。そうして改めて男たちを見て、老若血縁らしい者たちがいるのに女の姿がない。

全員『売った』ということなのだろう。家族さえも売り払ったのだ。見知らぬ少女など売り払うのに何のためらいがあろうか。


「何処に連れていったの? 教えて欲しいんだけど」

「……しらん」

「それ、通ると思っとるの」


どれほどの不遇があってここまで身を持ち崩したのかは知らない。いまはそんなことどうでもいい。彼らは加害者であり、少女の未来を塞ぐ悪意ある者たちだった。

自然と、言葉が冷えた。

まだしゃべらないでいられる気らしい。そんなことは許さない。


「…あんまり時間がないし、聞くのはこれが最後やよ。もう少し分かりやすく聞いたげる。女の子を『どこの遊里』に連れていったの。……こうやって聞いてあげてるけど、勘違いはしないでね。こっちには人数もいるから、街のそういう界隈ぐらい手分けすればすぐに見つかる。いまぼくがほしいのは、あんたたちを『許してやろう』って気持ちになる程度の贖罪の態度だから。あんたたちの口から、手掛かりのひとつやふたつが出てきて、女の子の救助がわずかでも速くなれば、ぼくも多少は気分がよくなると思うんだけど。…口を閉ざすことであの子の不幸を望むようなクソ野郎なら、このあと躊躇なくそのクソったれの人生に引導を渡してやる」


そう。こっちの人数を考えたなら、手分けして京の街にある遊里を当たればおそらく見つけることも可能であろう。ただ彼らから少しでも情報を引き出せれば、より確実に、要らぬ手間をかけずにお幸ちゃんに手が届く。


「そのときはぼくたちが手を下すまでもない……奉行所につきだしてやるだけでいいんだから簡単なことだよ。いたいけな子供を売りさばく悪質な人攫い一味が、お白洲でどんな情状酌量が得られるのかな? …あんたたちなりの何か理屈があるのかも知れないけど、ぼくは聞く気もないし、お奉行様もたぶん興味がないと思うよ…」


子供特有の高い声音であったけれども、その裡の煮えたぎる怒りの感情は充分に相手には伝わっているようだ。男たちは草太の見せる激しさに飲まれたように言葉を失っている。

こんな6歳児に気圧されるってどうよと言いたいところだが、唖然としようがどうしようがこちらの問いに解答を拒否しているのは変わらない。


「…あんたたちの誠意のなさがよーく分かった。それじゃあ、奉行所できつく吟味されて獄門台に載せられたらいい」

「…ッ! まっ、待ってくれ!」


やっと口を割る気になったようだ。

獄門台……死罪になった罪人の首がさらしものになる台に、おのれの首がかけられているところでも想像したのだろう。

口を割ったきっかけが結局はおのれの命かわいさであるところが、なおのこと草太には気に入らなかった。こいつらにとって、お幸ちゃんの存在は何処までも小さいようだった。

憤懣に身を震わせつつも、お幸ちゃんの救出を急がねばならないのでここは自重する。情報を吐き出させるのが先だ。


「じゃあ、とっととしゃべりゃあ」


草太がそっけなく促すと、男たちは争うように連れていった遊里と廓の名、連れ立っている仲間の人相風体などを洗いざらい白状した。

草太と男たちを取り囲むようにして立つ同行の大人たちの形容しがたい視線を感じたが、いまはぶっちゃけどうでもよかった。


「…追い込み方がなかなかに半端ないのう」

「おまえもえらい子をこさえたもんやな、三郎」

「ほんとうに……オレの子…かな…?」


なぜか疑問形になっている父三郎のつぶやきに渋面になる草太。

あとで実母の(おはる)の一途な恋慕のさまを懇々と語って聞かせねばならないだろう。他にもいるかもしれない異母兄弟を代表してグーパンもねじ込んでやる。

だいたいの情報を聴取した草太は、即座に動き出した。




京都と言えば、夜の遊びは芸舞妓遊びという印象があるが、あれは金持ちの旦那衆相手の上品な遊びであり、赤線的な直截な意味での女遊び、女衒のような場所は別にあったらしい。

てんじんさんで有名な、北野天満宮の参拝客を相手に発展した町に開かれた花街もそのひとつで、五番町というらしい。金のない職人さんなどが通う娼妓本位の下級花街なのだという。

案内に立つのは老人の片腕っぽい源次郎と呼ばれた若者だ。

有名な私塾の、おそらくは頭立った人間のひとりなのだろう。あの老人が偉い先生であり、幕末の動乱に関与するようなポジションにいたのなら、自動的にこの若者もそれなりのキーパーソンの可能性が高い。

頬の肉が少し削げているけれども卵のような丸顔はなんとも愛嬌があり、人柄も悪くはなさそうなのだが、幕末の志士たちの尋常ならざる暑苦しさを思えば、本性はまた別のどこかに隠れているのだろう。


「またゆるうないことをと思っとったが、なかなかに楽しい夜になってきたわ。世の中にゃ、こんな妙ちくりんなガキもおるんやなぁ」


なんかこの人、走りながら笑っているらしい。

夜の街を掻き分けるようにひた走る異様な集団はただでさえ悪目立ちしているのに、先頭を切る若者のひとり笑いがいやがうえに猟奇感を強めているようだった。モーゼの奇跡のように人垣がすぐに割れるので多少楽ではあったけれど。

北野天満宮。

初春の梅が満開になる頃、花見に行ったことがある。

付近の上七軒とかしっとりした雰囲気の街並みは覚えているが、そんな五番街とかいう女衒があるようないかがわしいふうは感じた覚えがない。

だがその場所に近付くにつれて、ああなるほど、100年以上も前はこうなっていたのかと、なかなかに妖しい雰囲気を放つたしかにそれらしい街が正体を現してくる。

足抜けを防ぐための門扉をくぐるとき、子供の彼は門番に止められそうになったが、そこはよく分かったもので次郎三郎がわきを防御する形で強行突破した。

街に入った瞬間に、そこに充満する独特の匂いに草太はめまいがした。

おしろいと酒と、わずかながらの獣臭……朱塗りの華やかな『檻』の向こうから、女の繊手が伸ばされて道行く男を引きとめようとする。

捜す妓楼は入ったすぐの辻にある『白梅楼』。

店先に客引きが立っていたので、念のための確認として尋ねることにした。


「おじさん、ちょっといいかな」


人込みの中から現れた子供が、妓楼の男衆に平然と声をかけるあたりがすでに普通ではないのだが、男は客引きに気もそぞろで、細かいことにはあまり気が回らなかったようだ。


「らっしゃいっ…って、なんや、ガキか。…こないなトコになにしに来たんや、坊主」

「ここに女の子連れてこられたよね? 捜してきたんやけど」

「女の子? ああ、あれのことか」


別に隠す気もないらしい。まあこの男はしょせん三下に過ぎないから、店の『雑務』には興味がないのだろう。


「入らせてもらうよ」

「入るって、ちょっ…!」


時代的に未成年禁止とかはなかったであろうが、金を持ってるのか定かでない子供を店に入れてはさすがにこの男の失点になるのだろう。慌てて止めに入ったが、その手をするりとかわして中に飛び込んだ。

なぜかこのような状態になると、同行の大人たちは彼の後ろ側に回っているような気がする。6歳児に先頭切らせるって、やっぱ保護者的に問題な気がするんだが。

やっぱり後ろに陣取って、騒動の見物に回るつもりなのだろう。くそっ。頼りにならん!

店に上がると、すぐ脇には店の女たちが詰める小部屋があり、そこの女たちが見知らぬ子供の闖入に目を丸くしている。


「なんだ、このガキは!」


番頭のような白髪の小男の通せんぼをフェイントでかわすと、後ろからその男の悲鳴が聞こえた。怠惰なギャラリーたちに人数で踏み潰されでもしたのだろう。

狭く長い廊下を抜けると、奥には何部屋か控え室みたいのがあった。その突き当りの部屋から、いままさににたにたと顔を緩めた男が出てくるところであった。

その男が聞いていた人相と一致することに気付く。ならばこの奥に。

草太の目配せで伯父がすぐに男を取り押さえた。この男の表情からして、取引はすでに成立後であるとみたほうがいいだろう。このクソ野郎を逃がすと取引の当事者が揃わなくなって解決が困難になる。何発か殴っといていいぞ、伯父貴。

そうして飛び込んだ奥の部屋で。

草太の目の前に畳をかきむしるように泣いているお幸ちゃんの姿があった。


「お幸ちゃん!」


草太の叫びに、打たれたようにお幸ちゃんがびくっと震えた。

顔を上げたその泣き濡れた顔が、草太の存在を認めて……事態の急展開に固まった。ややして、彼女は腰砕けにへたり込み、今度は安心したようにゆっくりと泣いた。


「あんさんら、何もんなのかえ!」


ぎりぎりと布を裂くような声。

見るとそこにはやたらと簪を挿したお歯黒老婆が、火が出るような眼差しで侵入者たちを睨みすえていたのだった!


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