033 捜索①
ずいぶんと大人数での捜索となったことで、草太は無駄な行き違いをなくすために池田屋に遣いをやってもらい、目下捜索本部となっている木屋町高瀬川付近のおでん屋の場所を周知してもらう。
程なくして次郎三郎が肩で息をしながら現れて、何人もの見知らぬ男たちにあれやこれやと偉そうに指図していた甥っ子に目を丸くした。少し目を離すと常識外の行動に出ることの多い甥っ子であったから多くは言わなかったものの、動員中の人数を聞いて眉間を揉みつつ柳の木の下に坐り込んだ。
「たぶん50人くらい捜してくれてると思う…」
「どうやってそれを集めたんや」
「どうって……少しでも早く見つけるためなら現地の人に頼ったほうがいいと思って、宿で暇してたひとたちをお小遣いで動かしてみたんだけど、そこで20人くらいかなぁ……あとはそこの先生のお弟子さんたちで」
「先生…?」
「たぶんどこかの私塾の偉い先生やと思う……まだよく分からんけど」
なんだかよく分からない雄弁なため息を吐かれたが、変な納得の仕方をされるのは釈然としない。そこまではっちゃけたことをしている自覚などまったくないし。変な先生に出会ったのはほんとに単なる偶然なのだ。
捜索開始からかれこれ1刻(2時間)ほどが過ぎたであろうか。
池田屋の女中たちが早々に白旗を上げて帰還してきた。おのれたちにはちゃんと賃金をもらって働いている職場があるという厳然たる事実を思い出したのだろう。職場放棄を咎められぬ前にと、残念そうにお帰りになりました。
その後ぱらぱらと宿泊客らも悔しげに帰着し、草太の気持ちばかりの振舞い酒を1杯あおって宿へと戻っていった。どのあたりを捜したのか、それだけをしっかり確認して、草太は地面に描いた簡略な洛中図に『×』を加えていく。
ただ闇雲に人を走らすのは愚かしい。全体の調査結果をまとめて無駄な重複がないよう効率的に捜索活動を行うのは、合理性に価値を見出す現代人として当たり前の発想であったろう。
草太が地面に描いた洛中図とにらめっこしている様子を興味深そうに眺めていた老人は、ふと思いついたように問いを投げかけた。
「なかなか見つからんようじゃが、大きな行李を背負った女童といえばずいぶんと捜し易かろうに、ここまで見つからんのはいささか不自然じゃな……おまえさんはどう考える?」
ブツブツとひとりごちていた草太は、顔を上げるとおのれの推論を当たり前のように口にする。
「目を離してた4半刻(30分)のあいだに……たとえば脇目も振らずに京の街を突っ切って、外に出てしまっている可能性とか。わずかな時間だけれど、それを純粋に移動に振り向ければ半里は進める……そう仮定すると、もう街にいないのだから捜したって見付かるはずもない」
淡々と言葉を漏らしつつも、草太は唇をかむ。
草太は是が非でもお幸ちゃんを見つけて保護しなくてはならない。
状況の解決を目指して、草太の脳細胞はめまぐるしく回転する。
「まだ街中にいるのなら、捜していない通りのどこかにいるか、人目につかない物陰に身を潜めてしまったか……あるいは捜し損ねた裏道にいたとか……目の届いてないところはいくらでもあるし。たった1刻で結論を出すのは早いと思う」
「その『カノウセイ』というのはよう分からんが、こんな遅い時間に真っ暗な洛外に行くなんぞ普通はありえんじゃろう。その大きな特徴の『行李』も、仮に何処か川にでも投げ捨ててしまえば、あとは顔もよう分からん女童ひとりのこと、簡単に人込みにまぎれて見過ごしてしまうのじゃないかの」
「たぶん、それはないよ。あの子は、基本的にもったいながりだから…」
思案するように草太はつぶやいた。
お地蔵様の干からびたお供えものすら後生大事に仕舞ってしまう彼女の姿を思い浮かべる。
「中身の薬が高価なのはもう知ってるから、絶対に捨てたりはしないと思う。…かといって何処か質屋で金に替える、というのも世慣れた子じゃないからたぶん無理……知り合いなんかひとりもいない土地で、高価と分かってる荷物を不用意に隠すなんてことも怖くてできないだろうし…」
顎鬚をなでながらふむふむと頷いている老人に目を向けることもなく、草太は思考の淵に身を浸したまま、つらつらとその思いを口にする。
「街の外に行く可能性もまったくないわけじゃない……あの子はもともと村はずれの真っ暗な林の中で暮らしていたんだから、暗がりを怖いとか思わないだろうし。これが野宿できるもっと暖かい季節だったら、その可能性が一番高かったと思うんだけど……いまはまだ寒いし暗いから、朝が来るまであの子はどこかの物陰で膝を抱えて震えてそうな気がする」
「おまえさんらの事情はさっき聞いたが、例の一番『臭い』と思っとるところからはまだ連絡はないんじゃろう? 『あの連中』のおる寺はそれほど離れとらんし、はしっこいのが見にいっとるんならとっくに知らせがきとるはずじゃ。…その線をとりあえず置いておくとすると……の」
少し含むような言い方が気になって顔を上げた草太は、老人が右手の小指を立ててニヤニヤしているのを見つけた。
「どうしてその娘が行方をくらましたのか、そのわけをすこうし考えながら行き先を考えてみてはどうかの? おまえさんに『捜して欲しくて』、案外にすごい近場におるかもしれんしのう」
だーかーらー!
どうしてそういう『設定』はなしの方向で!
たかだか6歳の子供相手に惚れた腫れたはありえないっての。少しだけイラつきつつも、老人の進言を容れつつ考察を進める。
権八のほうからの連絡はたしかにまだないので、そちらの可能性はとりあえず置いておくべきだろう。そうしておいて考えを煮詰めるていくと、いくつかのキーワードが浮かび上がる。
・分かりやすい表通りにはいない。
・人目のない裏通り、もしくは屋内に身を潜めている。
・冷え込みが厳しいので露天の野宿は自殺行為。
・鬱屈した彼女の心情的に、はばかる人目のない静かな場所。
住む家をなくした無宿人が、雨露をしのぐときに使う時代劇的王道の場所というものがある。テンプレというよりも、素寒貧の彼らにはそこしか選択肢がないのだ。思考が定まってくる。
通りを歩いていないのなら、もう屋内にいるということ…。
雨露がしのげて宿泊費タダ。そんな場所はこの古き都だからこそごまんとあるはずだった。
(住持(住職)のいないのお堂!)
それで当たりな気がする。
協力者の数がまだあるうちにさっさと動くのが吉だろう。捜すべきお堂は都じゅうに山とあるに違いないのだ。
意気込みつつ捜索班のひとに町外れのお堂の有無を問うと、やはり宗派の総本山のかたまる1000年の都、それぞれの寺が無数のお堂を抱えているので、檀家の少ない金回りの悪い寺などが維持しきれずに放棄したお堂などが割りとあるらしい。
いまだにお幸ちゃんが例の連中のあとをついていったのではと思っている草太は、結局おのれの思い付きを信じて街の未踏エリアを重点的に捜すべく周りの人間に声をかけようとしたのだが……口を開く前に老人に首根っこを掴まれた。
老人の癖になんという力か。腰砕けに尻もちをつきそうになるがなんとか踏みとどまった。
「…なんですか」
「とりあえずはこのお堂を捜してみるべきじゃろ」
老人が指し示したのは、なぜか草太たちが美濃から歩いてきた街道の終点、三条大橋の対岸のお堂だった。
なぜか自信満々の老人に『?』マークを浮かべた草太が言葉を失っていると、
「この辺りにおれば、濃州言葉のおまえさんに、帰り際に確実に見つけてもらえるじゃろ」
「なにを…」
「見つけて欲しいんじゃよ」
色恋話に固執する老人のドヤ顔を見て、顎鬚をむしってやりたい衝動に駆られる。
「そっちはいいですからこっちを先に…」言いかける草太を次郎伯父が確保。
振舞い酒で小金を稼いでホクホク顔のおでん屋に別れを告げて、一同は三条大橋の対岸にあるお堂に向かった。
暴れる草太は、次郎伯父の小脇に抱えられて荷物扱いである。
この時代の人の歩く速度は東京の通勤サラリーマンと遜色のない早さである。それほどの時間もかからず目当てのお堂にたどり着くと、そこでようやく草太は身柄を解放された。
「こんなとこにいるわけが…」
ぶづぶつ言いながらお堂のきざはしを上がる草太の後ろから、同行の大人たちがぞろぞろとついてくる。
何がいるか分からない夜の不気味なスポットに、いたいけな6歳児を先頭にするなと異議申し立てたいところであったが、彼らが予想外の再会に度を失う6歳児を冷やかそうと思っているのは見え見えである。
そんなバカな展開などあろうはずがないのに。
イライラしながら草太は古いお堂の建てつけの悪い戸を引き開けたのだが……言葉を失う草太とは裏腹に、背後の大人たちが不必要にどよめいた。
「やっぱここにいたんじゃねえか」
次郎伯父の指差す先には、見覚えのある大きな薬種行李が…。
その荷物のふたをあけて、ぼろくずのような服を着たひとたちが群がっていた。いままさに中身の薬を奪いあっていたのだろう者たちが、不意の闖入者と目が合って凍りついた。
「…って、お幸ちゃんは」
全員の目がお堂の中を見回した。
広くもないお堂の中に、住人らしき数人の人影が月明かりに浮かび上がる。
いたのは老若大人ばかり。お幸ちゃんどころか子供の姿などまったくなかった。
弛緩した笑いがしぼむように小さくなり、最前までたちの悪いギャラリーを地でいっていた大人たちが、あわただしくお堂の中に上がりこみ、目につく物影を片っ端から確認し始めた。
いない。
いない。
いない。
お幸ちゃんがいない。
薬種行李はあるのに、お幸ちゃんがいない。
背筋が冷えてくる。
呆然と草太が持ち主のいない行李を眺め見たとき、次郎と三郎がほとんど同時に薬を盗んでいた人影に掴み掛かっていた。
「持ち主の子供は、何処だッ!」
伯父の叫びが、耳に遠かった。