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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【鬼っ子東奔西走編】
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028 職人とデザイナー






まだ自分が幼い子供であったころ、見知らぬ子と出会ってすぐに打ち解けて『お友達』になることはよくあった。

お互いに何も考えていないから成り立つ奇跡であり、集団行動を旨とする人類の本能に根ざした『協調性』の現れのひとつなのだろう。

まんまと職人の子のうち懐にもぐりこんだ草太は、しごくあっけなく工房の内部へと侵入を果たした。物陰のギャラリーたちの視線も感じはしたが、気にしていたら何にも始まらない。《子供とっけん》は十全に生かすべきなのだ。


「ぼう、土なぶったら手ぇ洗わへんとあかんえ」

「ん」


工房の中にハンモックのように張り渡された布地はむろん《絹》である。

前世でも時折『大B反市』などと謳ったB物(不良品)即売会などがあったけれど、素人目にはまったく分からない微妙なミスで高価な反物も一気に値崩れする厳しい現実がそこにはあった。

子供だからとてむやみに工房を歩かせると、とんでもないことをやらかしてしまうかも知れない。泥まみれの手で触られただけで、その品物が不良品となってしまうのだ。むしろ子供が工房に入ってくるのさえ厳しく禁じられていてもおかしくはなかったろう。

だがそれ以上は特に注意されることもなく、ぼうと呼ばれた子供と草太は作業中の職人たちのあいだを平然と横切っていった。


「誰やの、ぼうの友達か」


ようやく草太という異物に気付いた職人の一人が手を止めて警戒するようにこちらを睨んできたが、入ってしまったからにはおとなしく出てなんかやらない。気付くのが遅すぎなのだよ。

ただ黙っていたら力尽くで排除されるかもしれないので、予防線は張っておこう。


「…あっ、気にせんでええよ。なんも触ったりせんし」


両手を挙げて軽く降参のポーズをとると、胡乱げな顔の職人もすぐにおのれのやるべき作業に戻っていった。

工房の中は、染み込んだような湿気の匂いと染料独特の薬品のようなかすかな刺激臭、そしてなにやら正体の分からない甘い匂いが混然と籠もっている。

手に持った皿から糊らしき乳白のクリームを筆につけて線をなぞっている職人の横で、毛の中ほどを絞った独特の刷毛で染料を叩くように伸ばしている職人がいる。

また工房の隅では、いくつかある桶のひとつで布地を洗っている職人がいる。いや、こちらは洗っているのではなく染料につけ込んでいるのだろうか。


「おまえのとうちゃん、どこなんだよ」

「ん~」


草太の要望に応える形で案内したというのに、肝心の父親の姿が見つけられないのだろう。

おそらくはさきほど『後藤縫殿助』商店に連れて行かれた初老の職人が父親なのだろう。ぱっと見老けていたが、子供の歳を考えると実際はそれほど年齢はいっていないのかもしれない。

困惑している子供を見かねて、職人の一人が父親の不在の理由を告げた。


「店に呼ばれただけやし、ちびっと待ちゃ帰って来るやろ」

「ん」


さっき出てったこの子の父親も、日当150文という話が本当ならこの工房のオーナーというわけではないようだ。雇われであるのなら、可能性として草太のスカウトのターゲットにはなりうる。

図らずも待機モードとなってしまったが、工房内で待つという絶好のシチュエーション、当然ながら無駄にする手はない。

草太は好奇心に目をらんらんと輝かせながら、ものめずらしい江戸時代の染物工房の内部を社会見学し始めた。ねばっこく職人たちの作業内容を観察しつつ、素人基準とはいえ腕の良し悪しを見定める。


(あの糊……原料はフノリかな)


前世の学生時代に、サークルのポスターを量産するための『シルクスクリーン』という印刷技法を覚えたことがある。

彼のおぼえた手法はブロッキング法というやつで、目の荒い絹地に薬品で防染した絵を描いて印刷の版下にする手法だった。

塗りつけた薬品の部分は染料が通らないので、紙を敷いて絵の具を撫でつけるとその模様が印刷される。原始的なプリントOッコのようなやつだ。

京友禅も、基本的に同じような技法で成り立っている。

糊で先に絵の輪郭を防染してから、色を挿す。

コーヒーとかで服を汚したことがあるなら分かるであろうが、水分っ気の多いものは基本的に吸水性の高い布地のせいでにじんで広がってしまう。

染料を含ませるとき、絵柄のにじみを防ぎ輪郭線をくっきりと出すためには、『糊』という防染材のダムを築く必要がある。繊細な芸術の域にまで昇華した京友禅もまた、根本的には優秀な『糊』なくしては生まれなかったであろう。

糊で線をなぞる職人は、そのひと筆ひと筆にいちいち呼吸を止めて、短距離ランナーのように無酸素運動を繰り返している。一筆入魂というやつだ。

布地に手がつくと汚れるので、浮かせたままじりじりと細い線を入れる。日本画とかでもよく言われるが、この輪郭線をいかに綺麗に、細く入れられるかが職人の腕の差とされるのだろう。

模様を防染された布地に色をつけていく職人も、わずかなはみ出しが命取りとなるのでこちらも真剣そのものである。

誰も無駄口は叩かない。

鼻歌もうたわない。

自分ひとりのリズムで作業しているわけではないのだから、仲間の邪魔になる要素は一切作らず、ただただ無言のままに作業に没頭している。

そうした職人たちの張り詰めた緊張感が、天領窯での小助や弟子のオーガこと山田辰吉らのことを思いださせる。ああ、あのひとたちも生粋の『職人』なのだと理解した。


(正確な作業……やっぱこの時代の職人は、『技術』に対するプライドが半端ないな)


完全な分業制をしいている気配もある。染め工程自体それなりに時間がかかるもので、草太が見た短時間の観察で分かることではけっしてなかったが、ある一点に着目した草太はこの工房に潜在する『分業制』を推察する。


(あの道具類……あれはたぶん職人それぞれの専用道具だろう。ということは、あの持ち道具でやれる範囲内の作業しかその職人は負えないはずだ)


職人それぞれが手元に置く道具箱の中身。

職人というものは、腕が上がるほどに正確さと効率のよさを追求していくものである。道具の選定もまた無駄のないラインナップのようなものができてくる。使う道具に性格が現れるものなのだ。


(ある程度の人数がいたからおおよその想像はあったけど、そうか、けっこう分業化が進んでるんだな)


この中でもっとも腕が立つのは、糊で線引きしている職人なのだろう。道具箱の中身がもっとも豊富な職人だ。


(…だけど、全工程すべて想定した道具揃えには見えない)


草太が天領窯に迎え入れたいと考えている『絵師』は、贅沢をいわせてもらうと伝統的な絵柄パターンをデータベースとしておのが物とし、新規デザインの装飾を求められたときに、すぐにそれらを類例として引き出しうる人材である。

工房の棚に詰まれている渋紙の型から、この工房でも『拾い型』【※注1】による絵付けが行われているのは推定できる。『拾い型』は焼物における『摺り絵』【※注2】技法にも通底するものだ。

あの型紙の雛形を作った人物こそ、本来ならスカウトすべき人材なのだろう。


(型にはまった仕事しかできない『職人』が欲しいわけじゃない……のちのち大量生産し始めたら機械的作業に長けた『職人』も必要にはなるだろうけれど……まだ始まったばかりの天領窯に必要な絵師は、やっぱり自ら絵柄を創出できる『デザイナー』じゃないと…)


ある程度妥協する算段でいたはずなのに、どうしても過剰な期待を抱いてしまう。やっぱりほしいのは『エース級』なのだ。

くそ、どうにかならないのか…。

妥協したくねえ!

現実の『友禅工房』を見て、おのれが求めている最低ラインがものすごいことになっていたのだと悟る草太であった。

草太が考えに没頭しすぎて黙り込んでいたとき、正面の入り口から「帰ったでぇ」というしゃがれた声が聞こえてきた。所在無さげであったぼうが「とうちゃ!」と駆けだしたところを見ると件の父親が帰ってきたのだろう。

職人たちは偉いものでまったく視線すら上げなかった。


「友達やて?」


入ってきた職人は水木しげるのキャラ張りに目の配置が左右に広い、なかなかに個性的な顔立ちをしていた。胡麻塩頭の西川きよしといったほうがイメージしやすいかもしれない。

その全身から放たれる職人としての揺るぎない自信が、存在感となって草太を圧した。この職人はこの工房の屋台骨だ。引き抜いた瞬間に工房がつぶれる人材だと分かった。

とらぬ狸の皮算用とはこのことである。おのれの浅はかさを痛感させられて、草太はお辞儀した顔をなかなか上げることができなかった。






【※注1】……拾い(ひろいがた)。防水性のある渋紙を切り絵のようにカットして染色の型として使うこと。伝統的な文様など多用する絵はこうした型を用いて効率よく染め付けていたようです。

【※注2】……摺り(すりえ)。明治以降に現れてくる焼物の絵付け技法。青い呉須の細かなうろこ模様など、本来は手間のかかる絵付け工程を上記『拾い型』と同じような手法で手軽に量産化した。


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