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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【鬼っ子東奔西走編】
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018 富山の薬売り






博打のかたに荷をすべて奪われてしまった行商人に対して、実際のところまったく同情心も湧かなかった。

イカサマでもされてない限り、勝つか負けるかは五分五分(確率上は厳密には断定できないが)だし、少しツキが行商人のほうに傾いていれば、ゴロツキたちの有り金を巻き上げていたのは行商人のほうなのだから。

負けたから勘弁してくれ、は相当に都合のよい話なのだ。

まさに自己責任、いやなら最初からやるなと言いたい。

結果目の前に哀れっぽく泣き崩れる行商人がいるわけなのだが、なだめつつも草太がこの行商人のために便宜を図るいわれはなかったし、彼自身そんな気など微塵もなかったりする。


(…富山の薬か)


富山の薬売り。

バカにするなかれ、この時代の薬というものはむろん漢方であり、薬草を摩りつぶして調合するわけなのだが、薬を取り扱う薬種問屋は大きな町にしかなかったし、専門知識を持つ薬剤師(まあ薬剤師免許とかあるわけじゃないんだが)も数が少なかった。

突然の病気で薬が入用になっても、買いに行くのもひと苦労であるし、なにより薬種問屋は『問屋』であるから、個人の小売・バラ売りなどの小口商売はあまり受け付けなかった。

町の医師が大量買いし、それを患者に処方する流れがすべてであり、当然のことながら医師の手を経た瞬間に中間マージンが大きく乗っけられて、途方もない金額になるのが通例だった。

ゆえに、富山の薬売りは世間の隙間を突くべく各地へと散って行ったのだった。特産品の乏しかった富山藩は、配置薬業という新業態、いわゆるニッチ(隙間)産業を確立することで藩財政を好転させたのだった。

この行商人も、本来なら定期的に訪れる村々で、使われて減った薬を補充し、その使用された分を銭で清算してもらう訪問業務があるはずなのだが、てめえのバカさ加減で富山に手ぶらで帰るはめになるだろう。

むろん彼の所属するだろう売薬組織は、この不行跡を正さずにはおられまい。良くて出入り禁止、悪ければ失った薬分すべての弁償と、業界からの放逐という処置がなされるかもしれない。どんな商売もまずは信用なのだ。


(道すがらの小遣い稼ぎになるかも…)


どうにかしてあの薬種行李を手に入れられないものだろうか。あれをお幸に背負わせて、途中の村とかで小売すればそれなりの商売になるかも知れない。

もはや草太の頭から不幸な行商人の末路予想はきれいさっぱり消え去っている。


「どんまい」


草太は行商人の肩を叩いて、ゴロツキたちの入っていった商家風の建物を確認しつつその場を後にした。

別段彼が行商人を見捨てたことにお幸も感想はなさそうで、どこで覚えたものか小さく小唄など歌っている。

すぐさま宿屋へと戻った草太は、いままさに風呂でこざっぱりして町へ繰り出そうとしていた次郎伯父らを捕まえて、土間の隅に引っ張っていって小声でことの顛末と腹黒い要望とを手早く伝えた。

相手がゴロツキと聞いて腰の引けている父三郎に対して、柳生新陰流の使い手である次郎伯父はとてもいい笑顔で「そいつは面白そうだな」と部屋に置いてきた愛刀を持ってきた。

同じく刀を投げ渡されて、父三郎はしかめっ面である。剣の稽古はサボりがちとはいえ、それなりに使うことはできるだろうに、よほど体力仕事がいやなのだろう。

向かう道すがら、草太は『今回の設定』を二人に説明した。


「なるほど、そいつはいい」

「兄じゃは良くても、オレはいややからな!」

「おまえはとくにしゃべらんでいい。草太の目配せに合わせて、そうやってすごんでやればいいんやろう?」

「細かい話は自分でするから、伯父さんたちはどんと構えて睨んでいてくれればいいよ」


父三郎は不安げだが、次郎伯父はこの食えない甥っ子が交渉術に長けていることに確信を持っている。むしろその交渉術で相手がぎゃふんとするさまを見物できると嬉しそうですらある。


「あれだよ、あの店にやつら入っていったんだ」


草太が指差すと、次郎伯父がさもあらんと納得顔で頷いた。


「人足寄せ場か……たいていああいうところの主人は地回りの頭と相場は決まってる。どうせ預かりの三下が小遣い稼ぎでやったんやろ」

「…兄じゃ、こりゃあけっこう人数がおるかも知れんぞ」

「なあに、どんだけ人数がおろうとしょせん無宿人の烏合の衆やわ。武家に正面切ってたてつく危険なんぞどんなたわけでも知っとるやろ」


話しているあいだに、くだんの店の前についた。

少しだけ中の様子をうかがってから、草太は恐れ気もなく店内へと踏み込んだ。


「御免ッ!」


次郎伯父が腹の底から吐き出すような大声を出した。

その威勢の良さに店内にいた主人らしき恰幅のいい男ばかりか、たむろしていた老若の荒くれたちが、叱り付けられた子供のように背筋を伸ばしていた。

全員が息をのまれているあいだに、草太は静かに進み出て主人らしき人物に軽く挨拶した。頭は下げない。


「この(たな)の主人は貴公か」


ちんまい6歳児に頭ごなしに言われて、主人はきょとんとしたままであったが、ややして相手が厄介な『お武家』であることを知って居住まいを正した。


「私がこの店の主、北方屋嘉兵衛と申しますが……失礼ですがお武家様がた、人足の御用でございますでしょうか」


子供相手でも相手が武家となるとお辞儀するあたり、一応の常識は備えているようである。最悪無鉄砲なやくざの親分だったら余計な悶着を想定せねばならなかったので内心はほっとする。

草太はできるだけ目に力を込めて、


「いましがた、そのあたりで不義を働いたけしからぬ輩がおったらしい。そのものがこの店に入っていくのを見た者がある。隠し立てせずここに連れてまいれ!」


主人がまたしてもきょとんとしている。

彼自身はなにも知らぬことなので仕方がないことなのだが、それこそが草太の『付け目』でもあったりする。

誰だっておのれの与り知らぬことで見たこともない他人から叱責を受ければ、何を理不尽なと怒りを覚えることであろう。案の定、主人は慇懃な態度をやや崩して、片膝を浮かせた。


「…不義たあなんのことでござんしょう。この北方屋嘉兵衛、100人は暴れ者を預かっておりやすが、不埒者たあ聞き捨てにはなりませんな」

「つい先刻、その先のあたりで法度で禁じられたサイコロ博打を行い、無辜の商人から荷を奪った不埒者がおる。その者たちが奪った荷を持ってこの店に入っていくのを見た者があるというのだ」

「何かの見間違いじゃござんせんか…」

「その者たちはこの店の正面から堂々と入っていったと聞いた。貴公がずっとそこにいたというのなら、見なかったはずもない。ということは、いままさしく貴公自身が私をたばかろうという不正の輩とみなすが良いか」

「ちょっと言葉が過ぎやしませんか…」


そのとき絶妙なタイミングで、次郎伯父と父三郎が恫喝のように唱和した。


「見なかった振りをするというのだな!」


打ち合わせどおり過ぎ(笑)。

「チッ…」主は小さく舌打ちをして、草太をねめつけてきた。

青臭い正義感を振るう子供相手に虚勢を張り続けるばかばかしさと、その後ろで控える腰に得物をぶら下げた護衛ふたりを心の天秤にかけていたのかもしれない。

騒動を起こすにしても刀を抜かれたら無事には済みそうもないし、なにより武家にたてついたとあれば現地の役所と癒着関係にあれど処分無しには済まされないだろう。

手下をかばって見せるのもこういう組織の親分にとって半ば義務でもあるのだろう。しかししょせん『他人事』であるので、とうとう顎をしゃくって店の奥から当事者たちを連れてこさせた。


「わたしは与り知らぬことでござんす。…ですが一寸の虫にも五分の魂、世にはばかるやくざ者でござんすが、この者たちにもそれなりの道理があるはず。少しは理由を聞いてやっちゃいただけませんかね」


親分にかばわれてしおしおと平伏するやくざ者たちが、博打のかたで荷を預かったこと。イカサマもなにもないまっとうな勝負であったこと。その行商人が借金を耳を揃えて返してくれるのならお返しするのに何の支障もありません、などと言った。

まあここからが草太的には『本番』なのだが。

道端で会ったら顔を背けてしまいそうなやくざ者たちが草太を不安気にうかがっている。

さて、どのくらいの火加減でいこうかな(笑)。


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