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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【鬼っ子東奔西走編】
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017 市場リサーチ






加納宿は、街路がかくかくと折れる、枡形の宿場町だった。

街道が神社の鳥居にぶつかる形で右に折れ、わざわざ川を渡ってはまた左に折れ、また少し行って左に折れて川を渡るという、よく分からない街路を形成している。

まあそのあたりにまで行けば、なにゆえの遠回りなのかはすぐに分かることなのだけれども。


(…そっか、加納城の正面に、まっすぐに街道を繋げたくなかった、ということか)


加納宿は、前世的には岐阜市の市街地の一部となる。

岐阜といえばやはり岐阜城であるのだけれども、この時代、金華山にそびえる城の姿はない。

実は家康公が反抗勢力の拠点になることを恐れて、難攻不落でやっかいな岐阜城を廃してしまったのだという。

その廃材で移築したのが加納城なのである。

親しみのある天守が山城ではなく平城になっている姿に、強烈な違和感を感じざるを得ないのだけれども。


「…今日は楽したな~、草太」

「………」


いつもより高い位置にある草太の目には、宿場町の賑わいがいつにも増してよく見える。汗臭いが頼りがいのある大きな背中が、荒れた呼吸に少しせわしく上下している。


「もういいから。降ろして…」

「礼は」

「あ、ありがと…」


加納宿まで残り1里あたりで目に見えて歩くペースの落ちた草太を、有無を言わせず捕獲して運んだのは次郎伯父だった。

半里ぐらいで父三郎に交代して、それから代わる代わる草太を負ぶってくれた。もともとそういうつもりで祖父もこの二人をつけたわけで予定通りということなのだが、子供ひとり負ぶって距離を歩くのがそれなりに大変なのは説明するまでもない。

さらには途中、一度やらせてくれと言って聞かなかったお幸までも草太を負ぶったのはもはや黒歴史と言っていいのかも知れない。

父三郎は非常に恩着せがましく労働の対価を要求してきたので、プライスレスの笑顔でスルーしてやったが、まあ熱燗のひとつでも奢ってやらねばならないだろう。

それよりも特筆すべきなのがお幸の予想外の積載能力(!)であった。彼を背負って楽々と四半里(1キロ)ほども歩いて見せたのには、さすがの年長組も驚いていた。

本人いわく、「ソウちゃん、軽い」だそうだ。たしかに肉付きはよろしくはないのだが、少しショックである。

宿を決めたあと、草太は美濃界隈でもっとも栄えた宿場町の賑わいを見て、お幸の旅費用を稼ぐ宿題を検討しがてらの初めての市場リサーチを開始した。

宿場町は人が集まるだけに土産物などを買い求める客が多い。

この地の名産品なのか、傘を売っている店が多かったが、調べたいのは上方の絵付け職人の技量であるので、最初に飛び込んだのは間口を大きく構えた呉服屋だった。

そうして嫌がられつつも粘り倒し、「袱紗(ふくさ)」を見せてくれと要求して、いろいろな布地を見せてもらうことに成功した。

袱紗とは、茶道とかで使われるこの時代のハンカチのようなもので、例の『越後屋も悪よの』で出てくる小判を包んだあれでもある。珍しい柄のやつが欲しいとわがままを言って、裁断済みの切れ端とかも持ってこさせた。


「ぼうや、ほんとに買えるのかい」


めんどくさそうにそんなこと亭主がいうものだから、袖の中で見せ金用に用意していた小判をちらつかせると、呼称がぼうやから御坊っちゃんに格上げになった。

さんざんわがまま言った挙句に結局「いいのがないや」の一言で店をあとにした草太。框をこぶしで叩いて悔しがる店主の様が少し面白かったが、夜になる前に調査を終りたかった草太にはあまり時間がないのでゆっくりもできない。

次の調査目標を探す彼の後ろには、もの言わずただついてくるお幸の姿がある。なにを言っても留守番を拒否して草太について回ろうとするものだから、今はいないものとして気にしないようにしている。

もう一軒見つけた小間物屋を覗いて、櫛やかんざしなんかも見てみたが、求める《絵師》的な成分は見つけられなかった。


(すぐに見つかったりとかはさすがにないだろうけど、少しずつでも『見る目』を養っとかないとな……ふたつみっつサンプルを並べられても、全体の技術水準が見えてないのにその中のどれが一番いいなんて決められないし……ともかくいまは地道に『目を肥やす』しかないか)


まだ草太の中に、絵師の技術を引き較べられる経験値が圧倒的に不足している。

着物の絵柄などそもそも伝統的な型がある程度決まっているものだし、一見して差などなかなか見分けられるものではないのだが……それでも彼が「なんとかなる」と落ち着いて構えていられるのは、焼物の絵付けに関しては前世の記憶が大量にプールされているからである。


(日本画的な技法は、なべて『筆遣い』に技術差がにじみ出るもんやし、その筆の走りと彩色の栄えを『遠目』に観察するしかないか…)


暗くなりだした空を見上げて草太がそぞろに歩く宿場町の小路。

中山道のメインストリートから小路を一本入るだけで、生活臭が強烈に漂ってくる界隈に出る。もぐりの木賃宿でもあるのかそのあたりにもちらほらと旅人の姿を見かける。

ゴロツキっぽい目つきの悪いやつも通りかかるその界隈は、おそらくは父三郎にとってもっとも親和性の高い場所であったのかもしれない。

あだっぽい流し目で通りすがりの旅人を誘う年増女も多く、ポン引きっぽい小男が「旦那旦那」と手当たり次第に擦り寄っている。

そんな怪しげな小路の隅で、長椅子に座って博打に興じている者たちもいる。

中身が三十路とはいえ子供だけで入ってよいエリアとも思えない。隣を歩くお幸は平然としたものだが、もし何かあったときに彼女を守らねばならないのはなりはちんまかろうが男たる彼の役目だろうと草太は想像した。

そろそろ引き返すべきだろうな。

と、草太がきびすを返そうとしたそのときであった。


「たっ、たっ、たのむし~! そいつだけは許してくれちゃ」


男の泣き叫ぶ声が小路に響いた。

声の出どこは博打うちのところだ。そこに居合わせた人間が総立ちになって、ひとり地面に転げている男を睨み下ろしていた。

立っているのは見るからに質の悪そうなゴロツキたち。そして彼らに睨みつけられているのは旅の行商人風の男だった。


「たーけか! 貸した金、耳を揃えて返さねえかぎり、借金のかたぁ渡すわけねえやろが」

「そ、そんな~! その中身だけで何両の価値がある思うとるん! ちょー待ってくれちゃ!」

「貸しの1両、さっさと持ってくるんやな! 明日の朝にはこんなもん売っぱらってまうぞ」


げらげらと笑うチンピラたちが抱える大きな荷物……おそらくはあの情けない行商人の運ぶ荷行李(にごうり)か何かなのだろう。

荷物を抱えて去っていくチンピラたちのあとを目で追いつつ、草太は少し思案するふうに眉間に皺を寄せていたが、ややして泣き伏している行商人の横にしゃがんで肩を叩いた。


「おじさん、なにとられたの」


まわりで野次馬している人影は多いのに、同情を行動に移してくれたのがちんまい6歳児でしかなかったことに、行商人はいよいよ声を大きくして泣き出した。


「あれはわしの商売道具やちゃ! 富山で仕入れてきた薬がまだまだぎょうさんはいっとるがやぞ! あれが取り返されんと今晩から飯の食いあげやちゃ!」


どうやら富山の薬売りらしい。

薬か。ということは、盗られた荷物は薬種行李ということなのだろう。富山の薬売りがずいぶんと儲かっていた話は聞いたことがある。

商売の匂いをかぎつけた草太がまた思案しているところに、泣き伏していた行商人がまたとぼけた声を上げて身体を起こした。

見ると草太の横で、彼の真似をするようにお幸が行商人の肩を叩いていた。

また子供にバカにされたとばかりに泣き伏してしまう行商人も気の毒だったが、肩を叩くのも遊びのひとつと勘違いしているふうのお幸に、どうやって言って聞かせようかと悩まねばならない自分も割合に不幸かもしれないと思う草太であった。


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