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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【鬼っ子東奔西走編】
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002 下街道膝栗毛






すべての道はローマに通ずではないけれど、この濃尾平野にある道はことごとく尾張名古屋に吸い込まれていくようだった。

下街道は最初のうち土岐川(庄内川)に沿って進んでいたのだが、やがて彼方に見える名古屋城下に引き寄せられるように、勝川の渡しを境に南へと進み始めた。

庄内川(※以後尾張領内なのでこちらの呼称に統一)に別れを告げる勝川の渡しは、普段は渡船が人や荷を運んでいるらしいが、冬の渇水期であったため板を渡した仮橋で人は往来していた。

前世的に、この川を渡った向こうは名古屋市内となるのだが、この時代はまだのどかな農村のふうを保っている。


「渡し賃ぶん得したな。いつもならここの渡しで人ひとり6文取られとる」


次郎伯父が小船を小さな桟橋にもやった脇で焚き火を囲んでいる船頭たちを見て、


「ありゃあ堅い商売やなー……渡し守は4人以上増やさんようにされとるらしいし、荒稼ぎして冬場は遊んどっても食っていかれるんやろうなぁ」

「独占かぁ」


もう何時間も歩き詰めでくたくたなのだが、いまだ見たこともない風景が旅情を掻きたてて、疲れがあまり苦にならない。物見遊山のようにのんきに会話をはずませる。

たしかにこれだけ通行量のある街道筋の渡しを独占していたら、笑いが止まらないだろう。船頭たちは昼間からいい調子で酒を飲んでいるようだ。

草太はそぞろに眼を泳がせる。

見るもの、聞くもの初めてのものばかりである。通りすがる通行人も多治見など比較にもならないほど多くなっている。旅人ばかりでなく付近の住人や行商なんかが街道を近距離利用しているのだろう。

庄内川を渡って少し歩くと、すぐに今度は矢田川が行く手に現れる。庄内川よりはずいぶんと小さな流れだが、ここにも渡船が待ち構えている。

山田の渡し、と言うらしい。付近は前世的には名古屋市守山区山田町だが、江戸時代はまだ山田村という近郊の村落である。


「こんなちっさい川、銭なんか出して渡るかっての」

「でもけっこう深いとこもありそうやけど」

「少し探せば浅瀬なんかいくらでもあるさ」


船着場そばのにぎやかな茶屋で出されている団子を見てよだれが沸いてくるが、ああいうやつを山盛りに注文して伝説の八兵衛食いをやらかすのは商談を成功させてからだ。

むろん目論見が外れて安値で買い叩かれたときは諦める。

突堤の枯れススキを掻き分けながら川べりに降りて、浅そうな辺りを見つけて渡河を試みる。まあ予想はしていたが、ほとんど被害なく矢田川渡りを成功させた次郎伯父とは対象的に、下半身ずぶぬれの草太は涙目である。


「どんくさいなあ、おまえ」

「どんくさいとかじゃなくて、ただ手足が短いだけやよ!」


大人の感覚を子供に押し付けるのはやめてほしい。なんでそんなに笑うかなあ。水深1尺は大人には浅くても幼児には深みですから。そこんとこ誤解しないように。

幸い大事な荷物は背中に背負ってるので濡れてはいない。

土手を登って枯れススキを掻き分けていく二人をうらめしげに船頭が睨んでいる。

こういうことは先駆者がいると後に続くものが多発するのだ。後ろで渡り始めた後続の水音を聞いて振り返ると、何組も彼らの後に続いて渡ってくる。

南側の下街道へと復帰すると、そこにも何軒か茶屋が開いていた。

気のせいか、こっち側の茶屋のほうが立派な感じがする。あっちは掘っ立て小屋みたいだったが、こっちはちょっとした商家という感じ。茶をその場で煎じていて香ばしい匂いが辺りに漂っている。

次郎が「茶ぐらい飲んでいくか」と言ってくれたが、下半身びしょ濡れの草太は真新しい赤い布で飾った長椅子に抵抗を覚えて首を横に振った。茶を飲むつもりなら最初から船に乗ればよかったのだ。

やや不機嫌になりつつ、草太は山田村の下街道をずんずんと進んだ。彼がどれだけ気張って歩いても、ついてくる次郎のほうは余裕しゃくしゃくの様子だったけれど。

山田村の辺りから、下街道界隈の景色が田舎のそれと様相を異にし始める。村とはいえ大城下町の近郊ということで立派な家が立ち並び始めている。立派な(いらか)を輝かせている寺院も多い。


「名古屋まであとどのくらいやの?」

「まんだ2里はあるぞ。…どうした?」


次郎の答えを聞いて腰を落としそうになった草太は、最前の不機嫌をそのまま持ち込んで、大人気なく(子供だが)声を荒げた。


「だってもうこんな立派な家が並び始めとるし、この先が名古屋なんやろ?」

「なにを勘違いしとるかしらんが、これは山田村の町並みや。この先の大曽根口の大木戸から坂下に下る辺りで街はいったん尽きとるぞ」


大曽根口? 大木戸?

地名はすごく聞き慣れているのだけれど、やっぱり前世の感覚が邪魔をして現況を素直に受け入れられなくしているらしい。

それから四半刻(30分)ほど行くと、ふたりは街道に溢れ返る人だかりにぶつかった。

人だかりの先には材木を組み上げたものものしい関が立ちふさがり、槍を突いた番兵が通行人を威圧している。


「あれが大曽根口の大木戸や。尾張様のご城下に危険な輩が入り込まんよう見張っとるんや」


城下町手前の関所のようなものなのだろう。

人だかりができているのは、あの番兵の強面にひるんだ行商や荷駄のせいで自然渋滞が起こっているためらしい。次郎曰く、「なんや、たいしたことないて。大荷物持っとるやつしか調べんし」ということらしい。

背中に怪しいもの背負っている草太的にはかなり危険なシチュエーションなのだが、次郎は至って暢気である。


「怪しいって、皿の1枚や2枚で捕まるやつなんか見たこともないて。変なこと心配するなや」

「でも…」

「ほら、さっさとくぐるで」


まあ、結果的にはまったくのノーチェック。時代劇とかの関所越えが通行手形なしでは命がけとかテンプレなわけだが、この大木戸ではそんな手形さえチェックされることはなかった。

まわりには旅人や行商人の他にも、明らかに農民と思われる家族が手を繋いで歩いていたり、天秤に桶を吊るして不恰好な瓜を運ぶ物売りの子供なんかも見つけられる。近郊の農村から自由に人が流れ込むことで昼間人口が増大し、経済の活力を生みだす元となっているのだろう。

家族で歩いている者たちは明らかにここに『遊びに』来ているふうで、なんか見ているだけでほほえましくなる。


「あれはたぶん、芝居でも見にきたんやろう」

「芝居?」

「この先の寺の境内で、芝居興行が年中あるんや。わりと立派な定小屋やし、名の通った一座もよく芝居をしてるらしい」


さすがは都会。

田舎には絶対ないものが当たり前のように転がっている。田舎になくて都会にあるものの筆頭といっていいのがこういう芸能関係であるだろう。不特定多数の顧客を得ないと彼らは食べていかれないのだから当たり前なのだけど。

まあ、関心はとてもあるのだが、いまはまだそんなものを暢気に見物できるようなご身分ではない。悲しいことにそれが現実だ。

そこからややして本当に町並みが途切れてしまう。ちょうどその辺りに、下街道ではお眼にかかることのない(※下街道は公には抜け道扱い)一里塚が立っていた。

ここから名古屋の中心部まで1里ある、ということだ。

冬の陽が急速に傾く夕刻。田畑のなかを伸びる下街道の先に、武家屋敷と思われる無骨な甍の並みが夕日に輝いている。


「…あれが城東の武家屋敷や。あの辺から向こうは、まぎれもなく尾張様の城下町やぞ」


草太はその物々しさに少しのあいだ息をのまれていたが、気を取り直して緩やかな上り坂に足を踏み出した。

この国の支配者、大徳川の分家筆頭にあたる尾張藩の中枢である。万を超える御家人がその武家屋敷で起居しているのだろう。

目の前に、江戸という時代がリアルに迫ってくる。

気圧されて立ち止まりそうになるおのれを、草太は厳しく叱咤した。


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