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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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044 根本郷始末②





「ひでえッ! あんまりや!」

「家族7人、どうやって年を越せっていうんや! 鬼や! あんたら本当に鬼やッ!」


郷全体からの臨時徴収に1日かかった。

小さな村とはいえ集落にすべての家が固まっているわけでもないし、むろん虎の子の米を素直に差し出す村人ばかりでもない。話し合いでことが進まないときは、担当役となった森様以下徴収隊はけっこう強引に押し入って家捜ししたらしい。おかげで代官所はすっかり村人全体の敵となりました。

いやあ、飛んでくる飛んでくる。

代官所は現在村人たちによって取り囲まれ、盛んに石つぶてが投げ込まれている。門番の衛士に食って掛かる者の後ろの人だかりから、誰が投げたとも知れぬ石つぶてが草太の立つ白洲の方へも飛来する。


「…そりゃ、まあ怒らないわけないか」


根こそぎやればなかなかにあるもんだと、草太は白洲の玉砂利の上に積み上げられた米俵を見上げて軽く感心した。

個人が蓄えていた俵なので、ほどいてしまってばらけている小口のものは大きなたらいの上にまとめられている。目算でだいたい40俵くらいあるだろうか。

石をぶつけられたこぶをさすっている若尾様を見つけて、草太は濡らした手巾を手渡しながらつぶやいた。


「若尾様、これだけあれば村人全員食べてゆかれるのではないですか?」


手巾を受け取りながら彼のほうを見た若尾様は、手拍子に答えようとしてぐっと言葉を飲み込んだ。そしてまた草太のほうを見る。


「『秘蔵っ子』相手にうかつには答えられんか…」

「だいたいの話しでいいんですけど」

「ちょっと待て」


おもむろに指折り計算を始めた若尾様であったが、手の指がそのレベルの計算にはとてもではないが数が足りないことに気付いたようで、顔色が悪くなってくる。まあ指折り計算しろといわれたら、草太でもかなりの困難を伴ったであろう。電卓がないこの時代、地面で筆算するのが理にかなっている。


「一日にひとり何合の米があればいいんかな」

「これは勘定方で昔から決められとることやけど、ひとり1食1合で計算するものらしいですな」

「…米俵が3斗半(約52.5キロ)やから、1俵で350合……野草のとれる春先までだいたいあと100日くらいとして……1日2食として4斗で2人分か」


草太は白洲の玉砂利に指を入れて、彼にしか分からない筆算を開始する。それに気づいた若尾様が胡乱げな眼差しを落としてくるのにも気付かない。


「根本郷の村人が石高通りの人数がいるとして271人……約155俵か」


あっという間に計算を終えた草太に若尾様が驚いた顔をする。


「だいたいそんなもんやと思うけど……もう勘定が終わったんか?」

「…だとすると、ぜんぜん足りないなぁ」


最近培われてきたスルースキルで若尾様の疑問に肩透かしを食わせ、かつきわめて自然体に話の腰を折る。


「お役人のお屋敷から集めただけで24俵もあったからこれだけの量になってるだけで、村人からは15俵ぐらいしか集まらなかったし……もともと農家の蓄えってこんなに少ないのかな」


白洲に置かれている米俵は、村人所有のものと役人所有のものでふたつに大きく分けられている。与力衆たちが譲らなかったためで、このあと返却されることになって、自分たちが損しないようにそうやって分け置いたらしい。

まあ返す気はまったくないけど。


「『米』は村人にとって市中に出回る小判と同じ様なもんやからな。年貢を納めたあとに残ったものも、大半は生活のために切り売りしてのうなって(なくなって)まうもんやしな」

「…てことは、年越しにそれほど量はなくてもええんや」

「たいてい腐らん根菜や干物でおぎなっとるやろう。やけど、家がのうなったもんはその保存食も全部パーになっとるはずや」

「…そうか。簡単やないね」

「こんなふうに残り少ない米まで集めてまって、村人からしたらいよいよ自分らを殺そうとしとるって怒り狂うわな」


何気に若尾様の視線が痛い。

代官様代理の強権を発動しての臨時徴収である。代官所の役人にしたら逆らうわけにはいかないのでしぶしぶ従ってはいるものの、自ら進んで村人たちの恨みを買いたくはないのだ。

この臨時徴収が始まって早々、役人衆の大原の庄屋に対しての不満が高まっているのは知っていた。


「こんなふうに集めてまって、これからどうするつもりなんや…」

「もうすぐ分かると思います」


ちょうどそのとき、タイミングを計ったように屋敷の回り廊下に足音が響いた。板張りの床はよく音を響かせる。

曲がり角を曲がって姿を現したのは、1日たっぷりと睡眠をとった代官様その人と、つき従う大原郷の庄屋の二人であった。

現れた代官所の主人を見つけて、それぞれ不穏な会話にさざめいていた役人たちが、そちらに向けて居住まいを正した。彼らの希望を浮かべた眼を見るに、本来の主人たる代官様がやってこられれば、たちどころに役所は平常に復し、異物たる大原郷の庄屋どもを追い払ってしまうに違いない……そうして目の前の困難な状況もなかったことにしてくれるかも……そういう生暖かい期待が彼らの中で膨らんでいるようである。

だがしかし。

押しが弱く、周囲の意見に流されやすい若い代官様の人となりを、リスクとして認識している草太の対処に穴はない。草太はこの臨時徴収が始まると、祖父とおのれで役割分担をした。

祖父は代官様の傍を片時も離れず監視する。

草太は徴収隊の現場指揮を監視する。

どちらも場所が違うだけで目的は変わらない。役人のサボタージュ行為を戒めるためである。とくに祖父の方は、代官様にいらぬ意見を注入しようとする愚か者を排除する大変な役回りだ。ひとあしらいの経験値からそれは祖父にお願いした。

草太の顔を見て、祖父は自信ありげにわずかに頷いて見せた。

あの顔は、実際にご注進に及ぼうとした愚か者を、ひとりふたり血祭りにあげたに違いない。まじめくさっているものの、祖父のしのびやかなドヤ顔の見分けぐらい付く。


「代官所の外にいる村人たちをなかに入れよ! 構わぬから全員中に入れるのだ!」


代官様の命を受けて、役人たちが活を入れられたようにまめまめしく動き出した。

押し問答する門の方へ知らせが走ると、しばらくして村人たちが雪崩のように白洲へとやってくる。そのあまりの人数の多さに、役人たちに緊張が走った。彼らは村人たちから泣けなしの米を奪った大悪党の一味なのだ。睨まれるどころでは済まない。


「おらたちの米だ!」

「あんなにたくさん……ほんとにむごいことを…」


米俵の山を見て、泣きだす女性までいる。放っておけばすぐにでも群がりつきそうなので、突き棒を構えた役人が番に立っている。


「静まれ!」


代官様の音声が、彼らのざわめきを打ち払った。

まさに時代劇によくあるシーンだと、草太は思った。名奉行のお裁きのシーンだ。

パリッと糊の利いた継上下(つぎかみしも)姿の代官様が、端然と腰をおろして白洲の人々を見渡してくる。そのやや後ろに控えめに腰をおろした祖父の姿も、いつの間にか紋付袴になっている。

その祖父が、促すように代官様の耳元でささやいた。

ひとつ頷いて、代官様が居住まいを正した。

そして…。


「代官様…」


全員の眼がおのれに向けられていることを確認し、ほんの少し気息を整えるようにしたあと、代官坂崎源兵衛重房は、皆に向かって深々と首を垂れたのだった。


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