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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
44/288

043 根本郷始末①

いつの間にかレビューが!

たくさんのご感想も読ませていただいてます。ありがとうございます。

大変励みになります。





代官様の言質は取った。

これでしばらくは多少無理をしても、「自分の指示だ」と代官様も突っぱねてくれることだろう。

代官様のツッパリが、どこまで持つかにかかっているといっていい荒療治であったから、せいぜいその耐久性が磨耗しないあいだにことを済ませてしまうべきだろう。

草太たちが早速行動に移る由を告げて退出した後、代官様は吸い寄せられるように寝屋に消えていった。ただいま絶賛爆睡中。

さっそく若い生きのいいお役人を捕まえて、寝室前に警護番に立たせている。お疲れの代官様の眠りを妨げてはならないと、たっぷり因果を含ませて。


「…こっからが勝負やよ、おじいさま」

「兵は拙速を尊ぶ、という場面だろうな」


あの様子だと、1日たっぷりと寝こけてくれることだろう。つまりその就寝中は、指揮権の移動の起こらないツッパリ鉄板ゾーンということであり、安心して『認可状』無双に入ることができる。

この『認可状』……まあぶっちゃけこれは、地域限定版『天下御免状』に等しい。

バカな与力役人どもは気付かなかったようだが、草太たちは彼らの目の前で、彼らの『生殺与奪権』の付託をされたに等しいものなのである。代官様は林家領内の司法・行政のトップであるから、やれないことのほうが少ないぐらいなのだ。

ほの暗い笑いが5歳児の口から漏れた。

5歳児がゆっくりと立ち上がると、その祖父もそれに倣うように追随する。

根本郷の食料を失った者たちは、いまこの瞬間も不安と飢餓感に苛まれていることであろう。まずその不安の解消が目下最優先されるべき問題であった。


「おじいさま……代官所の庫裏(くり)を開くよ」

「炊き出しでもするのか?」


多少は予測していたらしい祖父が応じると、草太は首を振って、


「炊き出しは必要やけど、そのまえに村の険悪な空気を何とかせなあかん。いま炊き出ししても、いがみ合って全員に公平に行き渡らんと思う。…ここはさっそくの荒療治第一弾で、村人の横っ面を盛大に引っ叩く」

「引っ叩くのか!?」

「そうやよ、まず始めに……村人全員の隠し持っとる食料を全部吐き出させようと思います」

「吐き出……この荒れ果てた村でさらに税を取り立てようというのか?」


驚いたように振り返った祖父が、孫の強張った表情に目を見開いた。

草太はそれに頷いてみせる。

損した者、得した者が二極化してしまっているのがそもそもまずいのだから、まずは全員を『損した者』にしてしまうのが手っ取り早い。

まさに暴論。

一時に起こるであろう根本郷の村人たちの騒ぎが目に浮かぶようだ。困窮でささくれた村人たちの気持ちを逆撫でする行為であり、激しい怨嗟と怒りがその指導者へと向けられるだろう。

草太は廊下ですれ違った若い役人を捕まえて、散ってしまった与力役人を再び大広間に集まるよう伝言してもらった。若尾様と同世代の頬骨の高い痩せた若侍である。


「与力衆を招集するって、おまえみたいなガキんちょが…」


口論する気などまったくないので、ずずずいと、代官様直筆の『認可状』を突きつける。

草太が何かいう前に、祖父が口を開いた。


「さきほどの話し合いで、代官様より代官代理として職権を振るうようご指示をいただいた。この書状は、その所持者が代官様の代理であることの証明である」

「やや、先ほどの話はそのようなものでござったか」


さすが、こういうときは年配者の信用に勝るものはない。

代官所の中で、すでにそのようなことがあるのではと噂はされていたようで、大原郷をうまく治めた庄屋を招聘して騒動に当たらせる流れはこの若侍にも理解できたようだ。


「時間が惜しい。火急速やかにお集まりいただくよう頼みます」




ふたたび代官所与力役人が広間に集められた。

むろん代官様の姿はなく、代わりにもっとも下座の位置に大原郷の庄屋とその孫が並んで坐っていた。

全員が揃ったところで、草太に促された祖父が立ち上がり、本来主座たる代官様が坐るべき上座に移動する。与力たちがやや不機嫌そうにざわめいたが、祖父が例の認可状をこれ見よがしに着物の合わせに差し入れると、はっとしたように言葉を飲み込んだ。

一体なにを言い出すのだろう……固唾を飲んで見守る与力たちの期待に応えるように、加藤剛ばりの落ち着き払ったしぐさで祖父貞正が口を開いた。


「…森様。こたびの地震のあと、村に残っている食料の高を調べられましたかな」

「…はっ?」


突然なにをという顔で、頬肉を猪のように蓄えた与力役人の一人が間の抜けた声を上げた。


「たしか代官所の勘定方は森様が一番お詳しいとうかがっておりましたが。当然これから年を越そうという冬の厳しい時分の災禍ですので、村人たちの手元の食料がいかほど残っているのか、代官所としてもご心配されていたことでありましょう。むろんすでに調べ上げられているのは分かっています。ともかく今は細かな状況を知っておきたいので…」

「い、いや、そのなんだ…」


おお、焦ってる焦ってる。

どのような切り口でこの話を持っていくかすでに祖父とは話を詰めてある。さすがは年の功、人をいじくるやり方を心得ている(笑)。


「なんとっ! それではいま根本郷の民たちがどれだけの米を確保しているのか、まるで分からないとおっしゃられるのですか。もはや隣人同士で奪い合いまで始まっているというのに、なんと悠長な!」

「年貢を集めたときの記録なら…」

「地震で地中に埋まった米は、水に漬かってもう腐れ始めておることでしょう。地べたに投げ出された干し柿は、泥水にまみれてねずみのいい餌になったことでしょう……いま調べずしていつ調べると申されるのか! いまこうして我らが鳩首を集めているあいだにも、飢えと寒さで身を震わせている童がたくさんいるというのに」


森様は面白いぐらいに狼狽して脂汗を流している。

根本郷の生存者の数と、食料の残量を把握しないと、全員が厳しい年の瀬を越えられるのか計算が立たない。それはまさに自明の理。

村の復興に粉骨せず自由に振舞っているのなら、それなりに実務で貢献すべきところだろう。


「ゆっくりと調べているゆとりはありませんな。…森様。村人全員が無事に年越しできるよう、全員が一致協力して食事の摂生に努めねばなりません。この際、当代官所が強制力を持って統制すべきなのかもしれませぬ」

「統制……とは?」


察しの悪いおっさんだな。額の脂汗を手巾で拭いながら、自ら率先して考えるふうもなく鸚鵡返しにしてくる。

祖父が草太のほうをちらりと見た。彼は了承のサムズアップ。


「いま現在、村人たちが所持している食料のすべて……とくに米を、われわれの手ですべて徴収するのです。一部の人間が浪費を続けることで隣人が餓死するような愚かしいことにならないためにも、ともかく一刻も早くに、です。……そこで森様、この臨時の召し上げ役をあなた様にお願いいたしたい。必要な人員を集めることを許可します。早急に、村中の米を掻き集めてください」

「えっ…」


人身御供第1号確定。いやそうだけど拒否なんてさせません。この時代の役所の縦の関係は有無を言わさない。上意というやつである。


「むろん村人たちだけではありません。あなた方にも吐き出していただきます。この村の富農たるあなた方の協力なくして、この危機は乗り越えられはしないのです」

「バカな!」

「なぜ我らまで!」


さすがは貧しい村人たちをうっちゃって、自分の家の復旧を優先させる者たちである。利他の精神からは程遠いところに生きているようだ。

むろんのこと、草太のなかで激しい苛立ちが掻きたてられる。


「お役人の皆様…」


草太が彼らに向けたのは、満面の笑み。

5歳児の作り笑いを見抜ける人間がいたら身の毛をよだたせたかもしれない。


「我が祖父は代官様より特別に、代官所にまつわるすべての任免権、処罰権をいただいています。我が祖父の言葉は、代官様のお言葉と等しいものと心にお置きくださいますよう」


そうだ、と思いついてさらなる追撃を加える。


「あと皆様のお屋敷に向かう回収班はこちらで別途用意いたしますので、身内びいきの不埒者が手心を加えるのではと不安に思われず、安んじて任務にまい進されますよう」


むろんこの役人たちの屋敷に向かわせる人員の一部は、不遇の立場にあった村人たちである。役人ら自身に任せていたら、食料を隠して知らぬ顔をされそうだし。

誰一人例外なんて作らない。

5歳児の笑みに、場は凍りついた。


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