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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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042 鬼っ子のたくらみ






江戸時代の封建制、幕藩体制というのは、意外と思われるかもしれないが戦国時代から連綿と続く既得権益の系譜、という側面は薄い。

配置換え、減封、お取り潰しなど、徳川幕府の幕閣は諸侯の勢力を削ぐことに余念がなく、少しでも突っ込みどころのあるお家騒動など起こった日には、有力藩主でも顔色が変わるような死亡フラグが突然立ったりする。

減封、減封、とされたうえに最後は配置換えで、大大名が木っ端大名に転落する話は多い。

死亡フラグ成立のきっかけは、代表的なものでもいくつかある。


・無嗣 (跡継ぎがいないこと)

・お家騒動(たいてい跡継ぎ争い)

・一揆発生(重税など苛政による)

・領主発狂(!)


などなど。

そうした幕閣に突っ込まれそうなフラグが立つと、むろん藩は大慌てである。大名になりたいやつは有力者に賄賂を貢ぎながら順番待ちしているので、少しも隙など見せられない。

ひるがえって江吉良林家2000石。

旗本とはいえそれなりの大身であるから、くだんの『根本代官殺し』事件など黒ひげ危機一髪もびっくりの大ピンチであったろう。その荒波を乗り越えるために林家は延命活動に奔走したに違いない。あれから2年、ようやくほとぼりも冷めたと思い始めた矢先の大地震、そして領内の争憂である。

実際、代官様が打ちひしがれているのも、おのれの立場の悪さが分かっているからなのだろう。

祖父に引きとめられた代官様は、少しうっとおしそうな表情をしつつも、少々内密にと人払いを要求されて、おやっという顔をして腰を落ち着けた。


「なんや……まだなんかあるんか」


むろん祖父は止めてくれといわれて止めただけで、含むところなどまったくない。目配せされて、草太は膝をするように身を近づけた。

代官様を見て、それから四方に目を配る。人払いしてもらったとはいえ、この時代の日本家屋は木と紙の家である。耳をそばだてれば話し声など簡単に拾うことができる。


「誰もきいとりゃせんと思うが、小声で話せば支障はないやろ」


さっさと奥に引っ込んで睡魔に身をゆだねたいのだろうが、まだ解放なんかしてやらない。面倒ごとを押し付けられているのだから、遠慮なんて言葉はとりあえずうっちゃってしまう。


「代官様、お疲れのところ貴重なお時間を割いていただき、大変ありがとうございます。それほど時間はかかりませんので、しばらくお付き合いください」

「…どうやら貞正どのに『いわされて』いたわけではなかったようだな、その言葉遣い」


代官様はそんなことを口にして、草太の顔を覗き込んだ。

どうやら祖父の『仕込み』を疑っていた様子だが、言葉を選びつつもよどみなく口にする草太にどうやら納得したふうである。


「…だとすれば、今度はおぬしが『本当に童』なのか疑問に思えてくるんやが」

「…その話はまたいずれの機会にでも……それよりも代官様。改めてお伺いいたします」

「なんや」


少しだけ、代官様の声に力が篭ったようだった。おそらくはこんな小さな童に気後れするのは大人の沽券に関わるとでも思ったのか。言葉がやや突き放すような強さを持った。


「村の騒ぎを治めますが、二通りの治め方があります。どちらのほうがよろしいかお聞かせください」

「二通り…?」

「はい。…ひとつめは、適当に村人をなだめすかして、なんとなく静かにさせます」


草太は言葉を切って、代官様の反応を待つ。

おそらく代官様の中のイメージは、大体こんな程度のものだろう。表面的に慰撫して、とりあえずなかったことに出来れば御の字……どうやら予想は当たっていたらしく、小さくうなずいている。

しかしここで草太はもうひとつの対案をぶつけてやる。

 

「もうひとつは、村人をなだめつつ不満の根となる原因を取り除き、なにもなかったかのように完全に静かに(・・・・・・)させます」

「……!」


代官様が瞬きした。

ふたつの案がどういうふうに違うのか少しの間吟味したあと、答えるのではなく問いを持って草太に返した。


「そのふたつに、何の違いがあるんや」


ふたつの案の示している方向性、相違についてはおそらく分かった上で口にしている。基本、この代官様は頭がいい。

ひとつ目の案は、村人たちをさらっとなだめて、騒動があった事実を糊塗しようというまったく持って表面的な処理法方である。

かたやもうひとつの方は、村人から不満そのものを拭い去って、禍根を残さず元の平和な状態に戻そうというものである。

何の違いが、と代官様が聞いているのは、言葉の内容についてではない。

その結果へと至るために必要な手立ての内容、実践面での違いについて訊いているのだ。


「…代官様が、身を切る覚悟を決めるか決めないか、の違いでしょうか」


言葉を慎重に選ぶ。

この時代、上の人間に意見するのは恐ろしくハイリスクな行為である。前世の時代と違い、この封建社会ではもっぱら上位者は下位者に対して生殺与奪の権を持つものだからだ。

さすがに5歳児の発言を取り上げていきなり打ち首とかはないだろうが、その代わりに祖父や普賢下林家が責めを負うことになりかねない。

ここから先の話の内容は、そういう『リスク』を含んでいる。

身を切る覚悟……それは責任を負う覚悟があるかどうかということだ。代官様が責任を負ってくれるのなら、と草太は念押ししているのだ。


「…身を切ったなら、何かよいことがあるのか?」

「村民の信頼と敬愛。部下のお役人の方々からの尊敬と畏怖。…そして江戸表へのよき評判というところでしょうか」


むう、と代官様は口元を曲げた。

一瞬ひやりとしたが、どうやら軽く考え込んだらしい。


「…身を切らねばどうなる」


代官様のなかで、面倒ごとと栄誉が天秤の両端にかけられたらしい。襲い来る眠気を我慢してまで払わねばならない努力であるから、相応の対価が必要と考えているのだろう。


「村民の失望と、部下の侮り、そして潜み続ける争いの火種」

「こらこら、それではまったく選びようがないではないか! もうちょっとましな例えを引き出せえへんのか」


代官様は少し声を荒げたが、真剣に怒ったそれでないことは草太にも分かる。得られる結果が天と地なのだから、それを迂遠な言い回しで言ってくる童の諧謔(ユーモア)を理解したのだろう。藩校出の書生上がりであるから、そういう方面は特に敏感に違いない。


「わかった、わかった! おまんらのケツ持ちをすればええんやろ! わしはなにをすればいいんや」


その言葉を代官様から引き出して、ようやく草太は息をついた。

いくつかのプランは彼の頭の中で組み上がっていたが、失敗したときのリスク……林家になんの得もない、他人の揉め事に巻き込まれた挙句、その恨みを後生大事に大原まで持って帰るなんてざまになるわけにはいかない。

よって、代官様に逃げ道を与えず、確実にぼくらの矢面に立たせることが必須の条件だった。


(まあ行政の長としちゃ、政治パフォーマンスしかないっしょ)


この騒動がいつごろまで彼を束縛するのだろうか。

拘束を受けるこの無駄な時間を思うだけで、イライラが募ってくる。

いいよ、引っ掻き回してやんよ。

5歳児の俯きがちな口元に、黒い笑みが浮かぶ。

妙なしがらみに取り付かれないように出来うるだけ短期間に、かつドラスティックに、問題を解決して見せようじゃないか。

草太は袖の中で宝ものの磁片をこねくりながら、すでに事後のことを……この騒動を治める労力の対価に代官からなにを引き出そうかと、ひそかに取らぬタヌキの皮算用を始めているのだった。


『天草陶石』に関した記述のご指摘箇所について対応いたしました。

以前HP時代にも対応した記憶があるので、すいません、改稿作業による先祖帰りが発生していたようです。ご指摘助かります。

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