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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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038 伯父と甥





大原レスキュー隊がその任務を全うしたのは、地震発生から6日目のことであった。

単純計算で5日を見積もっていたので少しだけオーバーした勘定だが、大工仕事など専門ではない村人たちが作業したのだ。結果はむしろ上出来の部類であっただろう。

柱と屋根までの協力であるから、壁や床など、実際に住むために必要な造作については当の住人たちに任せられたため、怪我人などで人手が少なかったりひたすら手際が悪かったりする家族は、なかなかに快適な住空間を復旧するのに手こずったようだ。泣きを入れてきた家には、草太が指導の形で派遣されることもしばしばだった。


「代官様から許可はもらっとるし、山から竹を切ってきて、まず裂いた竹で格子を作るところから始めようよ」


壁材はもっぱら藁を混ぜた土である。

いわゆる土壁というやつで、屋根とかで板木を使い切ってしまったりとかするともうこの方法でしか資材を調達することが難しかった。

幸い、土は良質な粘土がいくらでも取れる土地である。天領窯で使用に耐えなかった高社山の土をモッコで運んできたりする。土をこねつつひび割れ防止用の干し藁を混ぜて、そいつを柱に仮止めした竹の格子に塗りつけていく。

時節柄、乾燥はすこぶる遅いが、冬の寒風さえ防げればこのさい贅沢などいっている場合ではないだろう。

朝方土壁が凍りつくとぶうぶう文句を言う者たちもいたが、草太以下、元レスキュー隊員たちの引き攣った真顔を見るとたいてい押し黙った。

草太自身、四六時中気の休まる暇もなく、村人たちの相談に乗っては身を粉にして働き続けていたので、そのすさみを帯びた一瞥は周囲の大人たちの勤労意欲を最後の一滴まで搾り尽くしたという。

もっとも懸念されていた食糧不足も、各家からそれなりに無事な保存食が発掘されたことで、豊かではないものの飢饉のときほどでない食糧事情に収まりそうだった。

むろん足りなくなる家には、林家ができる限りの扶助を行った。


「おい、草太」


声がかけられて、草太がそちらを見ると、縁側で胡坐をかいた次郎伯父の姿があった。

村中が数日に渡る急激な復興に沸き、気だるい躁状態のなかにある。

次郎伯父も嫁のいる池田町屋の店のほうは大丈夫なのかといいたくなるぐらいに屋敷に詰めきりで、無精ひげをしごいて眠たげにしている。


「おまえ、本当に寝てるのか」

「…ちゃんと寝てるよ」

「うそこけ」


ずばりと決め付けられた。

次郎の背後の障子の向こうには、疲れ果てて死んだように眠っている家人たちがいる。次郎もそんな雑魚寝の中から這い出してきたようだ。

手振りで飲み水を要求されて、草太は疲れて棒のようになった手足を機械的に動かして井戸の水を汲み、桶ごと次郎伯父に差し出した。


「昨日は寺のほうで寝たし、さっきもそのあたりで坐って休んだから…」


うぐうぐと水を喉に流し込んだ次郎は、桶を脇によけると、じっとおのれの甥を品定めするように見やった。


「おまえ、その女が好きやったのか」


口元が意地悪くつりあがっている。

どうせそのあたりの話題だろうと身構えていた草太であったが、いい返すためのしゃらくさい言葉が思いつかずについ黙り込んでしまう。

沈黙することが、まるで肯定のようである。黙ったままなのはいけないと口を開こうとするが、


「『ただの遊び友達』とかいうなや。仲のいい奴が急に死んだりするとそりゃ悲しくはあるが、おまえがいまそうしているほど気が滅入ったりはせえへん。おまえのその落ち込みっぷりは、てめえの惚れ抜いた女房でも死なねえと釣り合わねえよ」


女遊びの経験値では到底かなわない伯父の、確信に満ちた断言。

だけれど、伯父の見立ては間違っている。彼とお妙との関係は、きっと二人だけにしか分からない。5歳と7歳のあいだで、いわゆる『恋愛』など発生するわけがない。むしろ彼が庄屋の孫だからと、周囲の大人たちがお妙を炊きつけたから変な絡みができてしまっただけで…。


「将来でも言い交わしたんか?」

「そんなこと、せえへんよ」

「おまえはその子のこと、どんくらい『好き』やったんか?」


直球で聞かれると押し黙ってしまう。

『好き』だと思ったことはあったかもしれない。なかったかもしれない。

ただ、恋愛としての『好き』なら、その事実はなかったと言わざるを得ない。互いの気持ちの『温度差』がいたたまれずに、避けることも多かった彼である。

たぶん、お妙ちゃんの『好き』はおそらく恋愛の要素を含んでいたのだろう。だが彼の『好き』は、同じ村の同じ年頃の子供に向けられる好悪の『好き』にしか過ぎなかった。

彼の無言は、そのまま否定の意にとられた。


「『好き』でもない女の生き死にで、どうしておまえがそんなに打ちひしがれにゃならんのや。それならなおのこと道理が通らんやろ。『好き』でもない女なんか、この世にごまんといる女のひとりにしか過ぎいへん。なんでおまえがそんなに気にやまなあかん?」

「オレはそんな気に病んでなんか…」

「いっぺんたらいの水にでもてめえの顔を映して見てみろ。ほんと、うそばっかだらだらと」

「これはちょっと疲れが出ただけで…」


どのくらいひどい顔をしているのか客観視できないため、そのまま伯父の言葉に押し切られてしまう。


「草太。おまえが一体なにに落ち込んでいるのか、オレが言い当ててやろう」


したり顔が気に食わない。

次郎伯父は、草太の実際の精神年齢的にはずっと年下であるはずなのに、こと恋愛絡みとなるととたんに彼の上をいってしまう。リア充死ねとか前世的な感覚が脳内に浮かんだが、池田町屋の旅籠に入り婿したこの伯父の猛烈嫁を思いだして、たんに人生の経験値の違いだろうと得心する。


「おまえ、その子がおまえを好いてるのには気付いてたんやろう。気付いとったけど、ずっと分からない振りしとった……いまわの際のその子にもとうとう気持ちも打ち明けずに、返事もせんと死なせてしまった! オレはなんて薄情なんやろう! 自分なんかに好かれるような資格なんてないのに、『好き』やといってくれた女の子をほったらかしにして、挙句に看取ることもせずに死なせてしまった! オレってほんと最低やな! こんなつまらん自分なんか、豆腐の角でもヌカ床でも頭かち割って死んじまえばいいんや! あ~~クソクソッ! …とか思っとるやろ」

「………」

「気付けや。…全部てめえのつまんねえ罪悪感やろ。小指の先ほども、その子のことなんか考えちゃいねえんだよ!」


脳天をがつんとぶん殴られたような衝撃を覚えた。

その瞬間、次郎伯父はリア充のアホキャラから尊敬すべき人生の先輩へと一気に10段階ほど評価が急上昇した。祖父貞正の血脈は、たしかにこの伯父にも流れていたのだ。


「縁がなかったもんと思え。墓に手ぇ合わせてお参りしたら、気持ちを切り替えろ……少しでもその子に思い入れがあるんなら、楽しかったことだけ忘れねえように覚えていてやれ。分かったか?」

「…うん、そうする」


次郎伯父の言葉遣いはぶっきらぼうだけれど、甥に対する思いやりがたくさんこもっている。


「んじゃ、奥で寝てこい」

「わかった…」


返事をして歩き出そうとしたところまでは覚えている。

そのあと、景色が揺れて、彼の記憶は途切れた。


たくさんのご感想ありがとうございます。

お妙ちゃんを死なせて欲しくない、というご要望もありましたが、物語のダイナミズム的に絶対に必要なシーンであるので、ご容赦くださいませ。

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