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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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035 大原レスキュー隊






庄屋の救済があるという噂は、大原郷に瞬く間に広がっていった。

その晩のうちに避難先指定した普賢寺に、被災した民たちが白い息を吐きながら続々と集まってきた。

冷え込みの厳しい夜だった。手指をさすって寒さをしのいでいるふうの子供たちが、寺の境内で赤々と燃え上がる焚き火を目にしてわぁっと歓声を上げた。

焚き火の横では林家の女中さんたちによる炊き出しが行われ、粥の煮立つ大鍋からは白い湯気がもうもうと立ち登る。突然生活基盤のほとんどを奪われた人々は、呆然半ば、絶望半ばに年末の刺すような夜気に苛まれていたが、暖かい粥を渡されるとそのぬくもりでようやく表情を動かした。

集まった人数は、その夜だけで二百有余人に達した。

大原郷の半分の住人が集まった格好だ。普段は静かな普賢寺の境内が、夜だというのに人でごった返している光景は不謹慎だが祭りの夜とイメージが重なり合う。

大原の庄屋である祖父の指示で、忙しく立ち働く受け入れ側の家人たちは、最初のうちこそ不平たらたらであまりやる気もなさそうだったが、続々と集まってくる被災者たちの凍えたような白い顔を見る段となって、おのれの主人の為したことが揺るぎない《まつりごと》だと理解したようだった。心からの感謝の言葉を向けられるたびに、彼らも顔を真っ赤にして被災民たちを気遣った。


「これほどの数が住む家を失っておったとは……無為に一晩放置しておったら、何人が凍え死んだことか。あの子供たちの笑い顔は我が村の庄屋どのの英断の賜物よ」


普賢寺の住職、玄法和尚はごま塩のあごひげをなでつけながら、人の影が怪しく踊る夜の境内を眺めていた。


「しばらく迷惑をかけると思うが、都合は悪くないか?」

「なに、困ったときは相身互いというもの。そもそも我が寺は村人たちの日ごろの喜捨で賄われておるんやし。否やはなかろうて」

「やっかいついでに、寝床のほうの融通も頼む」

「客用の布団があるにはあるが、この人数分全部あるとは到底言えんなぁ……まあある分は好きに使うがええて。…ほれよりも、だ」


和尚は祖父の貞正様を見て、思案するように眉間の皺を寄せた。


「保護するのはええが、これからどうするつもりなんや? 人を養うは衣と住のみにあらず。もっとも大事な食が続けられるほどおぬしの家の蔵には米俵が積み上がっておるのかの」

「…そのあたりについては、こいつがなんとかするでしょう」


ぽん、と頭をなでられました。

はい、さっきからここにいる草太です。

おぬしのところの鬼っ子かとか言われて、祖父は平然としているふうで実は手がプルプルと震えていたり。うわあすごい得意そうだ。




さて、集まってきた人数を見て緊急の措置がひとまず有効に働いたことに安心する。いまもちらほらと人が訪れ続けているから、大原の庄屋が助けてくれるという噂は順調に広がっていると思われる。

しかし、援助が無限に続けられるわけではない。食料の類は普賢寺の和尚も庫裡の保存庫を開放して助けてくれてはいるものの、ほとんどが林家の持ち出しである。

庄屋と言っても、少しばかり田畑の広い豪農でしかない。この人数を養っていれば、ひと月と持たず林家の食料は払底してしまうだろう。

焚き火で暖を取りながら夜明けを向かえた大原郷の人々は、無事一日を乗り切ったことに安堵しつつも、今後の生活に不安を抱えたままである。

朝もまた粥を配給したあと、草太は眠り込んでいた村人たちも起こして全員を境内に集めてもらった。

彼らの不安を払拭するには、行政(庄屋)による分かりやすい行動指針発表がその一助となるだろう。本堂の濡れ縁には住職の玄法和尚と庄屋の林家当主、そしてその孫である5歳の童の姿がある。


「みなの衆、よく聞いてくれ!」


祖父の声が境内にりんと響く。

一度全体を見渡してから、注目が集まっていることを確認すると、次の言葉を口に登らせた。


「昨日のひどい地揺れのせいで、郷のたくさんの家がつぶれてしまった! これからいよいよ寒くなる厳しい冬がやってくるこのときに、大半のものはそのねぐらを奪われてしまった。何の手立てもなくただ寒空に坐り込めば、手足は冷え切り活力を失って瞬く間に命を失うだろう! それも弱い子供から先に!」


まずは現状の再確認。

みなここまで避難して来てはいるものの、いまだにおのれの置かれた境遇に半信半疑の様子である。

なにもせず座したままなら死あるのみ。現実の厳しさをまず訴えて、彼らの正気を取り戻させなくてはならない。


「ここで皆を養い続けるわけにはいかぬ。それだけの蓄えをわたしは持ち合わせぬし、寺の物をいつまでも勝手に使わせ続けるわけにもいかぬ。諦めと無気力は怠惰と変わりはせぬ。働かざるものに与える食料はない」


ざわざわ。

村人たちが互いに顔を見交わしている。その顔に色濃く現れ始める困惑と不安の色。家を失い、財産を失い、着の身着のままでここにいる者たちが大半である。このまま路上に放り出されたら、たつきの道も見つけられずさまようしかない人々。

不安に駆られつつも、彼らもまた庄屋の保護が永遠のものでないことは分かっている。こうやって暖かい粥を与えられているだけでも僥倖であるのだ。

祖父が頭を叩くので見上げると、目配せで次の言葉を要求しているのが分かる。しゃがむ祖父に耳打ちする。


「本当ならおまえにしゃべらせたほうが早いのだがな」

「こんな小さな子供の言葉なんか誰も耳を貸さないよ」


素早くやり取りしたあと、こほんと咳払いひとつ。


「…ああ、すまぬ。話の続きだ」


再び祖父は皆に向けて口を開いた。


「だが皆の衆、落胆するのは早い。わたしの目の前にこうして集まった大原の民は、こんなにもたくさんいる。周りを見回して見なさい。…これだけの大人数がいて、やれないことなどあるのだろうか?」


ここからが大事なところ。

草太は息を詰めて祖父の言葉に耳を傾ける村人たちを見た。


「働く力のある男は、組に分かれて大原の村を復興させる! 10人ひと組でひとつの家に取り掛かり、仮でもいいから人が住める状態にまで復旧させる! 住人のある家がすべて大原の大地に立ち上がるまで、一致団結してことに当たるのだ!」


ざわっ。

村人たちから声にならないざわめきが起こった。

そうだ、こんなにも大勢の人手があるのなら、家の一軒や二軒、すぐに直せてしまうに違いない。柱が立ち、風を避ける壁と雨を避ける屋根さえあれば、あとは自分たちでなんとでもなる。いまは農閑期なのだし、作業の時間はいくらでもあった。


「つぶれたのなら、自分の手で引き起こすがいい! ひとりではだめでも、10人がかりなら何だって持ち上げられよう!」


庄屋の発破に、村人たちの表情が変わった。

絶望が希望に。

不安が楽しみに。


「そうだ! みんなでやればすぐにだって!」

「やろうやろう!」

「大原の村を立てなおすんだ!」


その後は丸石が坂道を転がるようにことが動き出した。

もうここまで空気があったまれば、誰もいやとは言わない。あとは庄屋側から活動の枠組を与えてやればよかった。


「栗山の与兵衛以下『い組』10人は、南の山手を。大沢縁の茂助以下『ろ組』の10人は北の川原沿いを。地蔵坂の辰吉以下『は組』10人は大沢沿いを…」





こうして大原レスキュー隊が誕生した。


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