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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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033 人生前のめり






ぺしゃんこという表現は、不謹慎なようでもあり、また目の前の光景に対しての的確な描写でもあるように思う。

柿の木畑の伊兵衛宅は、まさに折りたたむように内側に向かってつぶれ、最後に屋根がプレスしたような按配に圧縮されていた。

言葉を失い、ぺたんと尻をついて茫然自失した草太であったが、彼の深刻な懸念は、まったくの杞憂に終わったようだった。

家の住人であり被害の当事者であるはずの彼の家族たちは、非常にあっけらかんとした様子で彼の視野にぴょこんと登場したのだ。


「ソウちゃん、来てくれたの」


母親のおはるが座り込む彼の顔を覗き込むようにした。

目を見開いて顔を上げた彼に、生みの親は若干埃まみれではあるものの、相変わらず娘のような表情で彼のぼさぼさ頭をなでなでした。


「なんや草太、こっちに来てまったんか。林様のお屋敷のほうは様子見んで大丈夫なんか」

「爺も婆も、だぁれも怪我なんてしとらんから、心配せんでもええよ」


後ろからは祖父・祖母ペアが姿を現した。

心配しないはずがないだろうと激しくツッコミを入れたくなった草太であったが、彼らの悲壮感のかけらもない様子が、おそらくは「過酷な現実に理解が追いついていない」ための精神失調であることに気付いて冷静さを取り戻す。

一瞬で起こった生活基盤の崩壊が、現実のものとして頭に入ってこないのだろう。

たぶんこれから時間が過ぎて、冬の早い日暮れが迫ってくれば、いよいよ彼らもおのれの置かれた現実を受け入れざるを得なくなるだろう。

幸いなことに、地震は朝方のことだからまだ明るい時間はしばらく続く。彼らが偽りの陽性を保っていられるあいだに、最低限寒さをしのげるだけの準備を済ませなくてはならないだろう。

まずは使えそうな材料を、母屋の廃墟から見繕わねばならない。再起動を果たした草太は、つぶれた家をゆっくりと一周する。歩きながら状況を検分して、いろいろな可能性を検討する。

と、家の裏でおはるの新しい旦那が、縁の下に埋めてあった糠床の壷を必至に掘り出しているのを見つける。おっ、食料は確保できそうだな。前世の現代建築ならば、地震に多少強く出来ていたとしても、閉め忘れのガス栓や電気の漏電、近隣の家からの類焼なんかを恐れてなかなか近づくことも出来なかったであろう。だがこの時代のあばら家はいっそ清々しいまでにきれいにつぶれてしまって2次災害など起こりそうもないし、火の気もあまりないことからある程度安心して発掘作業に当たることができる。


(文明が進むのも良し悪しだな……おっ、物置の小屋がかろうじて残ってるじゃん!)


かつて馬小屋だったという物置が、柱の間隔が狭いゆえの堅牢さで形を維持していた。よし、こいつを再利用して仮設住宅を建設しよう。

ほとんど実用として使っていない小屋のため、壁は破れ屋根にも穴が開いている。中に置いてあるのは農家ならではの農機具の類。その中に木で作ったいびつな梯子があった。


「ジィジ! オレがあれの屋根を修理するから、あそこに仮の家を作ろう! 真冬だし、寝る所を作っとかないと凍え死んじまうよ」

「そらそうだがな……物置を家にするんか」

「そこにある外れた戸板を下から渡してよ」


おはるの旦那は面識がないので声をかけづらい。そうなると祖父の伊兵衛がもっとも頼りになる。手を引っ張って物置に連れて行く。

二人で木梯子を持ちだして小屋にかけると、草太はするすると屋根に登った。


「きいつけるんやぞ、草太!」

「わかっとるて!」


小屋の屋根はずいぶんと腐食が進んでいて、軽い草太が乗っても簡単に抜け落ちそうだ。


「ジィジ、戸板持ってきて!」


祖父に言いつけてから、屋根の棟まで登って見る。急激に視点が高くなって、大原郷の様子がかなり遠くまで見渡すことができた。


(…だいぶつぶれちまってるなぁ。震度5ぐらいだったけど、この時代の家は持たないか……ああ、普賢下の林家は無事な瓦屋根がここからでも見えるな。さすが郷一番の屋敷だな)


屋敷が無事そうなのを確認して、胸のつかえが少しだけ落ちる。だが背後を振り返ると、おとなりのおつるさんの家も見事に倒壊して、そこに住む大家族が総出で片付けを始めている。あの家はおつるさんが子だくさんで、上の方はもう何人も成人しているので働き手には困らない。

あっちの心配はとりあえず止めておくとして。


「かあさんは旦那と一緒に食料集めして! バァバはジィジの手伝い!」

「「分かったわ(よ)!」」

「ほいよ、草太!」


祖父が上げてきた戸板を受け取りながら、穴の開いた箇所に当てていく。

ところどころ垂木も腐り落ちていたため、その代木も要求して出来るだけ補強もする。穴を完全に覆ってから、この時代ならではの屋根工事完成手順を実行する。


「ジィジ! 石!」

「ほいよ、草太!」


板の上に石を置いて、風で飛ばないようにする。

昔話の農家とか萱葺き入母屋な印象があるが、あれは定期的な手入れに金がかかるため貧しい農家はもっぱら板葺き屋根である。

木片を瓦のように並べて、横木と石で固定するものだ。安い作りだが、維持管理がもっとも安い屋根のひとつだろう。

ともかく、これで雨漏りの心配が軽減された。次は壁の穴である。

戸板は母屋の残骸にけっこうあるので、これを使って塞ぐの一手だが、現代知識を活用すれば伊兵衛一家は仮設とはいえ暖かい冬を過ごせるだろう。

壁の穴を適当に塞いだあと、内壁を二重にすることにした。間の空間にはどこの農家にも蓄えられているかわいた干し藁を断熱材として詰める。機密性と熱交換を遮断する空気の層で室内の熱を逃がさないようにするのだ。

壁材には、母屋の雨戸が大活躍した。戸袋の中に無傷なのが何枚も見つかったのだ。むろん釘などないから、干し藁をサンドした状態で壁際に立てて、下に長めの杭を2本打ち込んで仮の固定とする。杭の打ち込みはさすがに祖父の仕事である。小屋自体それほどの大きさもないので、日が暮れるまでに何とか完成した。

馬小屋のビフォーアフターである。雨漏りはきれいに塞いで、壁は断熱材入りの二重壁、床には干し藁を敷き詰めて、その上にさらに茣蓙を敷く。最後に小屋の入り口には垂木で重しをした簾をかけて、柿の木畑の伊兵衛家の仮設住宅完成である。


「うわぁ、中は暖かいやん!」

「床がふっかふかやな!」


もしかしたら板敷きの隙間風のある旧母屋よりもずっと過ごしやすくなったかもしれない。たしかにこの柔らかい茣蓙の感覚が安らかな眠りを誘いそうだ。

ふいーっ。

ひと仕事終えた心地よい疲れが全身を覆う。そのまま眠ってしまいたかったが、そのときちょうど小者のゲンが草太を探してやってきた。

時間が経ってからきたのは、天領窯周辺をしらみつぶしに探していたらしい。結局見つからなかったので最後の可能性としてこっちの生家にやってきたようだ。


「ぼっちゃん、ずいぶん探したて!」


プリプリ怒っているゲンに草太は仕方なく立ち上がり、生家にお暇を告げた。


「あら、夕飯作ったんだけど」

「あんさんも一緒に食べていきゃあ。草太にもよう働いてもらったし、腹空かせたまま帰すわけにゃいかんわ」


祖父の伊兵衛も止めたんだが、どうやら林の屋敷では『秘蔵っ子』の安否を懸命に捜索中なんだとか。探しにやられたのはゲンひとりらしいが、屋敷もてんやわんやらしく人手を割くのにもひと悶着あったらしい。


「旦那様がたいそう心配しとられます。ゲンからもお願いします。はようお顔を見せてあげてください」


そこまでいわれたのなら仕方がない。

草太は盛大なため息をついて立ち上がった。


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