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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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029 魔法使いの作った土




ボーンチャイナを生み出したのは、イギリスのボウ窯という窯元にいたトーマス・フライという人物である。

どんな人物であったか、そこまで詳しくは分からない。焼物業界人としてそれなりの知識を有する草太にも、彼の人物のプロフィール的な情報は持ち合わせがない。

ただ、この時代のヨーロッパ人的な発想が、この人物からも感じられることだけは分かる。


『実験だ! 何でも混ぜちまえ!』


はい、そうです。

鋼は作り出しませんが、錬金術師的発想というやつだ。

実は骨灰自体が焼けばガラス化することは、その数百年前にボヘミアで実証されていて(乳白のガラスを作ったらしい)、すでに骨灰自体は錬金術師的に有力な調合材料のひとつであったのだろう。

この時代のヨーロッパ人は、魔法的思考を苗床にした錬金術師たちによって、化学文明への扉を開きつつあった。材料をとりあえず混ぜてみようという発想は、化学を発達させたのみならず、『レシピ』という形で作り方を化学し始めた、手の込んだ近代西欧料理にも影響を与えているのではないかと思う。

まあともかく。

トーマス・フライ氏は、化学実験的に骨灰を混ぜ合わせてみたに相違なく、さらには最適な調合分量を洗い出すために多くの組み合わせサンプルを作ったことも想像に易い。


(ひとつの調合率だと、失敗する可能性が高い)


現代人的な感覚のある草太には、リスク分散という発想もある。

前世のボーンチャイナ製造会社は、有名大手メーカーのみで、基本調合レシピは企業秘密のベールに隠されていた。

そのレシピがあるならまだしも、基礎知識しか持たない彼には最低限の実験が必要だった。


(混ぜ合わせる比率を3通りぐらいは……混ぜ合わせる磁土(じど)【※注1】も何種類か用意して…)


あくびを噛み殺しながら、草太は寝癖のひどい髪の毛をバリバリと掻いた。

あー、マジ眠い。

手足の血行も悪くなっているのか、やたらと痒い。

作業台の脇に置いた袋の中には、できたてほやほやの白い粉がはいっている。計量スプーンなどないので、一合枡でざっくりと量を調節する。

臼で引いただけだが、けっこうきっちりと粉になった。石臼恐るべしというところか。粉引き動力は小者のゲンである。馬の死体引き上げの時は悲鳴なんぞ上げくさってあんなに迷惑をかけたのだ、こうした単純労働ぐらいはこき使ってやってもバチは当たるまい。

骨を全部粉にするのに2刻(4時間)もかかったとゲンがぶうたれられたが、すまん、あんたが悪戦苦闘している間、めっさ気を失っていたんで文句いわれても分からんよ。

やっぱ徹夜明けはきつかったのか、骨を屋敷まで持ち帰って石臼の手配まで済んだところで、スイッチが切れたようにその場で倒れたらしい。

まあおかげで多少体が楽にはなったが。

骨灰自体は、純白とはいかないまでも、やや灰色のそれなりの白さを持っている。焼き上げの温度が足りなかったのか、脂抜きが不十分だったのか、不純物が多量に含まれている公算は高い。


(なにもないところからやったんだから……高望みはすまい)


ここは天領窯のろくろ小屋である。

蹴回しろくろは小助とオーガがフル回転で使用中。ひいた器がそこいらじゅう、棚という棚にあふれ始めている。二人とも、手元を睨むようすが相当に厳しい。おのれの指先にすべての技術を乗せる職人魂が燃え上がっているらしい。

小助たちの注意がそちらに向いているのをいいことに、草太は倉庫のなかからいろいろな試料を物色した。

ボーンチャイナの坏土(はいど)【※注2】は、基本骨灰と色に影響の出にくい白い磁土を混ぜ合わせたものだ。なので物色したのは国産の磁土である。

まずは有名な『天草陶石』。

前世では一番広く使われていた磁土ではなかろうか。岩山を削り取るような露天掘りチックな採取場は結構大きかった。

もうひとつは、『泉山磁土』。

有田焼の磁器を作る土だ。世界的なメジャー土である。

そして最後は、この美濃地方で採取可能な『蛙目粘土』である。

こいつは粘り気がとても強い粘土で、骨灰と混ぜ合わせたときに可塑性が充分に得られるだろう。むろん石英とかは水簸して取り除いてある磁器用の完成土だ。

3種類の骨灰分量と、3種類の磁土を掛け合わせて、都合9種類の坏土ができる。適当に水を加えながら練り上げる。

予定では皿を作るつもりである。

ろくろは年長者ふたりに占有されているし、そもそも超高級ティーセットみたいな薄手のろくろ引きは相当の熟練者じゃないと難しい。

ボーンチャイナの美しさのひとつである透明感は、薄く作ってこそのものなので、作業台の反対でせっせと作品を作っている周助みたいに、手捻り【※注3】で大鉢を積み上げるみたいな手法も合わない。

なので、『皿』なのだ。

9種類の粘土を練り上げて寝かせ室の暗所に仕舞うと、今度は作業小屋の周りを見て回って、適当な大きさの切り株を手に入れる。

それをのこぎりで両端を切り落とし大きな円盤にし、その一面を上にして木炭片を手に取る。

麻糸の一端を中心付近に釘打ちして、もう一端を手に握りこむようにして木炭をともに走らせる。そうすればきれいな『円』が描ける。

そこで取り出すのがノミである。皿の完成形を頭に思い浮かべながら、木地に立体を起こしていく。

そう、こいつを『押し型』にして、同じ大きさ・厚さの皿を量産するのだ。

意外と手先の器用さには自信がある。ノミを振るいだすと、草太は作業に夢中になった。


「あいつはなにつくっとるんや」

「さあ…」


小助とオーガが一服でもするのか小屋から出てくると、小屋の壁際で木クズまみれになって一心不乱に型を削っている草太の姿が目にはいった。口をぺろりとなめながらノミを走らせているさまは、まさに没入中という感じである。


「ほんとに変わったガキやな…」

「小助どん、ありゃあたぶん木型でも作ってるんやないか」


水瓶から柄杓で水すくってごくごくと飲みながら、小助は作業台の上に乗っている骨灰入りの袋を見て首をひねる。


「へんなもんを焼いて『灰』を作ってきたっていうし、いろいろと磁土との組み合わせもやっとるみたいや……灰を土に混ぜてどうなるっちゅうのかしらんが…」

「でもあいつの作った耐火粘土もあの出来やし、なんか考えがあってやっとるんやろう。得体が知れんやつやけど、小助どんもなんだかんだでけっこう期待しとるんやろ?」

「たしかに、得体が知れんなぁ。あいつがまだ6歳やなんて、到底信じられへんしな…」


痒いのか、時々頭やら腕やらを掻いていた草太が、そのとき首筋をぼりぼりと掻いた。襟元がはだけて、そこに虫に食われたような痣が見える。


「……なんやあれ」


小助がいぶかしむように目を細めた。

もう年末も間近な冬であり、虫などいるはずもない。

草太がいい歳した大人であれば別の結論に行きついたであろうが、色恋沙汰にあまり縁のない職人たちは、好意的にそれを「ぶつけた痣」ぐらいにとらえたようだった。


「このへんイタ痒いんだよなぁ…」


草太はそこに痣が残っていることをまだ知らない。






【※注1】……磁土(じど)。磁器用の粘土。ちゃんと焼けばガラス質に硬化します。

【※注2】……坏土(はいど)。陶磁器用の粘土のことを指しますが、ボーンチャイナの原料は人間の手によるものなので、この場合は調合された粘土、というニュアンスです。

【※注3】……手捻り(てびねり)。ろくろを用いない、指で捏ね上げて造形する手法。大物や不規則な形のものはこの手法で作られることが多い。縄文土器もこのやり方で作られています。


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