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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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028 骨灰を作ろう






中世ヨーロッパで、初めて磁器焼に成功したのは、錬金術師だった。


ヨハン・フリードリヒ・ベトガー。

『錬金術師』という肩書きが、いかにもこの時代っぽいというか。現代の感覚からすれば胡散臭い肩書きだが、この当時は最先端の知識人を指す言葉であったに違いない。

もっとも、このヨハンさん。とっても不幸な人生を送っていたりする。

ある日彼は、突然何の罪もなく捕らえられ、領主によって幽閉されてしまった。ドイツの有力諸侯、ザクセン選帝候フリードリッヒ・アウグスト2世は、ヨーロッパから東洋に流れ出て行く富を我が手にするため、領内の適当な錬金術師を捕まえて強制的に磁器研究に当たらせることにしたのだ。

人権思想などみじんもないこの時代、領民は貴族の所有物でしかない。

彼の磁器研究は、そうした罪人同様の幽閉生活の中で行われたのだ。

自身望んだわけでもない研究に苦心惨憺しつつも、彼はようやく領内の山中でカオリン原料を発見して、磁器製造技術を確立する。

これが有名なマイセン焼の始まりである。

錬金術師のヨハンさんは、その成功を見届けるほどの時もなく、37歳の若さで夭折する。おそらく卵を産まない鶏の首を絞めるような残酷なプレッシャーにさらされ続け、健康を害してしまっていたのだろう。この青年の死をどれほど悼んだかは分からないが、ザクセン選帝候は周囲がうらやむほどの富を手に入れた…。



***



(オレのこの手が、歴史を変える…)


ひどい悪臭に鼻をひん曲げながら、草太は握りこんだ棒を渾身の力で動かした。もうもうたる湯気の中で、白い巨大な大腿骨が浮いては沈む。


(時代を変えろと轟き叫ぶ)


柄杓で浮いた脂をすくい採り、川原の土手にぶちまける。


(タジミ・ヒストリ~~ッバーニング♪)


我ながら悪酔いじみた小唄を口ずさみながら、煮込み作業中の草太です。

単調できつい作業から気をそらすために、田植え唄なんかが生まれた理由がいまなら分かります。唄でも口ずさんでないとやってられません。

煮込み開始からすでに3刻(6時間)。

水に漬かってた腐肉を剥ぎ取り、桶の中に放り込むだけでもひと苦労だったのに、それから延々と油抜きの煮込み作業継続中…。


(オレ、めっさがんばったし…)


地獄鍋の温度維持がこれほど大変とは…。

かいがいしく共同作業(!)を申し出てくれたお妙ちゃんが、脇に作った焚き火で焼け石を量産し、定期的に放り込んでくれている。入れた瞬間は景気よく煮えくり返り、そこをすかさず草太がかき回すわけだが……なんといったらいいか、水の量が多すぎたというか。投入すべき焼け石が予想以上に大量に必要だったというか。

ともかく、温度を維持するのが相当に大変だった。

直接火にかけられる鉄鍋だったらそれほどのことはなかったであろう。地獄鍋という原始的な煮炊き法は、繰り返すうちに底に石が溜まってくるという子供でも分かる致命的な欠陥があった。


(…もう少しで桶が石で埋まっちまうな……もうやり直し3回目だし……日も暮れてきちまったし…、よーし、オッケー! もうオッケーってことにしよう!)


けっして妥協したわけではないのだが結果それっぽい気もする。

お妙ちゃんのほうを見ると、やり遂げたすごくいい顔をして額の汗を拭っている。12月だというのに服の色が変わるほどのすごい汗まみれだ。まあそれは自分も同じなんだけど。

ためしにひとつ骨を取り出してみると、骨髄が抜けたのか白さがぐっと強くなっている。たぶん大丈夫だろう。


「うわ~ッ、すげえ!」

「ホネだよ! 兄ちゃん!」


土手の上で彼らの作業を眺めていた子供たちが、草太の持つ骨を見てはしゃいだように騒ぎたてた。いつもお妙ちゃんをからかってくる男のガキんちょどもだ。

ここに馬の死体を運んだときに、お妙ちゃん一家についてやってきていたので、もしかしたら身内の子供なのかもしれない。

子供の相手するほど精神的に余裕はないので、そちらは見なかったことにして作業に取り掛かる。

脂抜きの終わった骨をひとつひとつ取り出して川原に並べると、体重数百キロもあった馬の骨格がひどく縮んで見えた。色も玩具みたいに真っ白です。

焚き火にかざしてしばらく乾かすと、今度は大きな丸石を叩きつけて細かく割る。

そしてここからが重要な作業だ。

これから骨を焼いて灰にするわけだが、不純物が混じらないようにしないといけない。で、ここで彼が持ち出したのは、屋敷で借り受けてきた大きな水瓶だった。


(瓶に入れて密閉して焼けば、なかは純粋に骨の灰だけになる…)


焼く手段が野焼き【※注1】ぐらいしかない現状、焼イモ焼くみたいに大雑把なことをすれば、骨灰に木灰が混ざってしまって台無しである。

煮込んで脂を抜いたのも不純物を取り除くためであり、骨から良質なリン酸カルシウムを取り出すためには、現状密閉が必須である。

すでに日も暮れて、冬の透明感のある星空が頭上に広がり出している。さすがに今日はこれで手仕舞いにして作業は明日……とかいいたくなるところだが、草太はおのれを叱咤する。材料を手に入れたら終わりな作業ではないし、粘土作り、器作り、乾燥・修正の時間まで考えたら、休んでいい時間などおよそありはしない。


(今日は徹夜だな…)


砕いて細かくした馬の骨を瓶に入れて、安物の大皿を蓋代わりに上からかぶせる。

野焼きとは、あの縄文人も土器作りにやったであろう一番原始的な焼きかたである。簡単にいえば焼芋を焼く要領で粘土を焼こうというもの。

蓋をした瓶の上に薪を山と盛り、その上からやや大きめな木材を絡め積んでさらにその上から枯葉やら枯草やらを盛る。灰がたくさん出たほうが、遠赤外線でよく焼けるのだ。

焼け石を作っていた焚き火から火を移すと、冬枯れしたかさかさの葉っぱはすぐに燃え始めた。そうしてみるみる炎が育っていく。

火が強くなったら、もうあとは火を絶やさないように木をくべ続けるだけである。


「お妙ちゃん」


傍らのお妙ちゃんに声をかける。

彼女のおかげで今日はどれほど助かったことだろう。

燃え上がり始めた炎を見上げて腰を落とした草太の脇に、お妙ちゃんも小枝を手にしたまま腰を落ち着ける。彼女の目もまた、舞い上がる火の粉を映して輝いている。


「お妙ちゃん、今日はほんとにありがと」

「…うん」


ひと仕事やり終えたあとだからか、妙に分り合えたようなまったりした気分が胸に広がっている。

ああそうだ。お妙ちゃんは女の子だから、親が心配し出す前に帰らせないと。


「…燃やすのはまだまだ時間がかかるから、お妙ちゃんははやく帰ったほうがいいよ」

「………」

「今回のことはあとでちゃんとお礼するから…」


そのとき、川原の小石を掴んでいた彼の手に、お妙ちゃんの手が添えられた。

はっとする間もなく、ぎゅっと力いっぱい握りしめられる。


「お妙…ちゃん?」

「…ソウ…ちゃん」


握った手に力がこもる。

その力の分だけ、お妙ちゃんの「気持ち」が添えられているのが分かる。

気がついたときにはけっこう深刻なほど妙な雰囲気になっていた。

やばい…。


「…好き」


ぎゅっとされて。

そのまま押し倒されました。






【※注1】……もっとも原始的な焼成方法。野外で乾燥させた粘土に枝葉をたっぷりと重ねて燃やすだけ(それなりに燃やさないとですが)のやり方で、素焼きとおっつかっつな状態にまで焼きあがります。


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