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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【外交闘争編】
279/288

016 無茶振り

2017/0617 改稿いたしました。





「…感服いたしました」


会談が終った後、万次郎からそんなことを言われて、きらきらしい目でアメリカのことをどのくらい知っているのか、どれほど文明が進んでいて政治体制がいかに素晴しいか……東海岸の諸都市がどれだけ発展しているかなどを矢継ぎ早に聞かれ、少々面食らってしまった。

廊下の外で待っていた江川様もいつのまにかやってきて、アメリカ人たちに臆することなくぶつかっていった颯太のそのゆるぎない自信の源はやはりあちらに対する相当な知識なのだろうと決め付けられ、万次郎と一緒になってマシンガントークを始めたときにはさすがに困ってしまった。

どこでどうやってあちらの知識を手に入れたのか?

その歳でなにをどうやってこんな国家の枢要な会談に参加することになったのか……当然ながら学んだ学問の師などもおられるのだろうと、まるで飢餓状態の奈良公園の鹿のようにぐいぐいと迫られて、ハリスたちの目もまだあるために答えに窮しているところを下田奉行の井上様に救い出された。


「…こやつの知恵は、どこぞの本から仕入れたもののようだ。どこの本か(・・・・・)は誰も知らぬらしいがな」


川路様の実弟である井上様は、当然のことながら同じ阿部派閥であり、領袖が猫可愛がりしている『小天狗』にまつわる情報もある程度共有されているようである。

最近ではその出所定かならぬその知識を『天狗知恵』などと領袖が口にするものだから、怪しさ満点のままあるがままにその知恵を受け入れようという空気も派閥内に醸成されつつある。誰も確認を取りようがないものの、その知識が有用なものであるという傍証だけは、いまこの場でのアメリカ人たちを丸め込んでしまった一事も含め類例に事欠かないため、もやっとした感じではあるけれども受け入れることに抵抗はないようである。


「…天狗知恵、でありますか」

「…そのようなものと思っておけば混乱することはない。しつこく追及したとて何も出てこないらしいゆえ、骨折りするだけ無駄ですぞ。…それよりも、陶林殿」


井上様が目配せで廊下のほうに注意するよう促される。

そこにはおそらく颯太の監視をしているのだろう徒目付(かちめつけ)くさい人と、何人かの福山藩士を含んだ警護の人たちが颯太の動向を見定めている。

あー、はい、とっとと帰るんですよね、分かります。

会談を無事終えた井上様たちは、関係者へのねぎらいを兼ねて打ち上げみたいなことを予定しているみたいなのだけれども、颯太はそのご相伴に預かるわけにもいかないようだった。


「仲濱殿」


颯太は残されたわずかな時間を惜しむように万次郎に声をかけ、いずれ幕府駐米領事があちらに向かうようなことがあれば、そのときは是非力をお貸しくださいと自ら握手を求め、大きくて硬いその手をぎゅっと握ったのだった。

先ほどの話し合いでほぼ既定のラインに乗った感のある『幕府駐米領事』が実現した暁には、この仲濱万次郎という稀有な知識と通訳スキルを持った男の協力が不可欠であった。

幸いにして幕府は直臣としてこの男を確保はしている。

既得権益団体である蘭語通詞たちの害意から庇護するためであったのだろうが、開明的精神に溢れる江川様がともにあるのも、実に都合がよいような気がする。


「むろんであります。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「この江川太郎左衛門もメリケン逆進出の壮挙に、全力で協力させていただきますぞ」


握手を交わした後に、颯太は下田を後にすることとなったのだけれども……下田奉行所の役人たちに混ざって会談に聞き耳を立てていた幾人かの蘭語通詞たちは、陶林颯太という幕府の外事交渉に頭角を現しつつある人間に接点を持とうと、打ち上げ会でのチャンスをうかがっていたようである。万次郎たちへの気持ちの近さを表した颯太の様子に、彼らは暗いまなざしを送りつけてきている。

そもそも今回の条約解釈の齟齬が発生したのも、彼らの拙い英語知識が引き起こしたようなものなのだから、ほんと少しぐらいは責任を感じて欲しいところなのだけれども。

想いを胃の腑に飲み込みつつ、颯太は彼らにも笑顔を向けながら会談の場となった玉泉寺を後にしたのだった。


(…はぁー、自分も一泊したいんやけど)


ぼやきを飲み込みつつ、警護の人たちに引き摺られるように港へと向い、待機していた幕府の小早へと乗り込む。下田から険しい陸路での帰りなど論外であった。

幸いにして時間はもうだいぶんと昼を回ってしまっていたのだけれども、夏のことであり日はまだ長い。船頭のお役人に聞くと、小田原のあたりまで運ばれて、そこの本陣で軽く休憩の後、泣く子も黙るこの時代最速の弾丸急行、継飛脚が『颯太』という荷を引き受けてくれるらしい。

あからさまに挙動不審になる7歳児であったが、狭い船に逃げ場などなく。

ただ長いため息だけがその口から漏れたのであった。



***



かくして、大急ぎで戻った福山藩上屋敷で、休む間もなく阿部様への報告会が執り行われ、そこで阿部派の主要な人々への『情報の周知』も同時に行われた。

それでようやくお役御免になると気を抜きかけた颯太であったが……本番はさらにその後に控えていたのだった。


「…老中会合に、またですか」


はっきりと嫌そうな顔を示して、阿部様に頭にゲンコツを落とされました。

火花が飛んだじゃないですか。そんな本気で殴らなくても……パーになったらどうするんですか! と抗議をしてみせたものの、同僚たちからはアンニュイな感じの眼差しを向けられたのみ。

どうも無風状態と感じられていた幕府内ですが、水面下ではやはり喧々諤々の議論が行われていたようで、颯太が呼ばれることとなった老中会合は拡大大会の様相を呈しているらしい。あれだ、G7サミットがG20とかになるやつに近い。

『軍政参与』であることを盾に水戸の老公が強硬に主張し、そのサポーターっぽい溜詰や外様雄藩のお歴々までもが何人か参戦するらしい。

なにその修羅場は。

正直きついんですけど。


「…老公からの伝言だ。『機会をくれてやる(・・・・・・・・)』、だそうだ」

「………」


機会をくれてやる? なんの機会を……いぶかしんだのもほとんど一瞬のことだった。


(わしを説得してみせよ、ってか)


前回の老中会合の時、人身御供にされた颯太は老公の話し相手になり、そのコリッコリの保守思想に鎧われた老人の魂に時代の風を届かそうと必死に言葉を紡いだのだった。

そのときは、なんとかおのれの言わんとしていることをそれなりに伝えられた、声を届かせることが出来たと思ったのだけれども。やはり水戸学にどっぷり浸かって人生を過ごしてきた老人には、子供のはんちくな意見など受け入れられる素地などないのかもしれない。


(…分かってもらったような気がしてたのも錯覚だったか……いよいよこれは『幕臣ルート』を選択したことが正しかったのかどうか、神様に問われているのかもしれんし。…たぶん天王山かな)


「今回のメリケン国との会談がどのような結果となったか、その結果がもたらすだろう良き変化、悪き変化の諸象をつまびらかとするのだ。…そのためにまず資料をまとめるがいい。右筆(ゆうひつ)を何人でも使ってかまわん、人数にすべて回るように数を用意いたすのだ」


要約(レジュメ)議題(アジェンダ)を用意しろってことか。

PPはないけれども、そういうことならマジでやっちゃうよ? だってうちの会社のアメリカ進出がかかってんでしょ? 今やらないでどうすんのよ。

商工会青年部で用もないのに鍛えられたプレゼンとかやっちゃうよ? 一般ではあんま知られてないかもだけど、そういう集まりの人はみんな事業計画云々言ってそっちのスキルをガツガツ叩き込まれとるんよ?


「会合は明日だ。今宵のうちに用意いたせ」


申し付けられてしまったわけなのだけれども。

ちんまりと背中を曲げて俯いていた颯太が、ちろりと顔を上げて派閥僚友たちのほうを見ると、面白いように目線が逃げていく。

岩瀬様、逃げれるなんて思わないでくださいね。

水野様、そっちに屏風はありませんよ。

川路様、そんな申し訳なさそうに微笑まれるとなんも言えませんから。

小栗様……あなたは当確ですから、念のため。

さて、阿部様の無茶振りがいよいよ冗談ではないラインを大きく割ってまいりました。勘定方の端役がやるべき仕事じゃ明らかにないですよね?

いいでしょう、やってやりますとも。


「ふ、ふふふふ」


つい漏れ出た温度の低い笑いに、居合わせた人々がドン引きするのが分かった。

人事を尽くして天命を待つことといたしましょうか。



1歩進んで2歩下がって、3歩進んでゴーホーム。

ほんとどんだけ書き直してんだろう…

『抜ける』ときはほんと一気にいけるのに。


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