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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【外交闘争編】
274/288

011 下知

ご感想ありがとうございます。

もうすぐ書籍検索でサムネ絵が入ると思います。慣れないやり取りで不安はあったのですが、出てきた『絵』を見てさすがプロの作業だなーと納得させられてしまいました。

碧先生、ご苦労様です。






さて。

ここでいったん現時点での幕府内の状況を整理しておこう。

幕閣のトップである老中は阿部様を入れて5人。


阿部正弘(伊勢守/備前福山藩主)

牧野忠雅 (備前守/越後長岡藩主)

久世広周 (大和守/下総関宿藩主)

内藤信親 (紀伊守/越後村上藩主)

堀田正睦 (備中守/下総佐倉藩主)


首座である阿部伊勢守が安政の改革を推し進められるほどに、政治的豪腕を有していることはいまさら言うまでもない。

その指導力がいまだ維持されている老中たちには、ほぼ阿部チームと言って差し支えない意思の統一が図られている。

牧野備前守様はもとから阿部様と仲がよいし、久世大和守様は阿部様のご兄妹を嫁にしている完全なお身内、内藤紀伊守様はあまり自分の意見みたいなことを言わない、空気を読むことに長けたバランス型の人だから波風を立てるようなことはしない。

そして阿部様が『秘蔵っ子』の意見を入れてアメリカを手玉に取るべく開国へと舵を切っているいま、史実において日米修好通商条約の締結を政治主導することとなる『蘭癖(らんぺき)』老中、ガチの開国派である堀田備中守との間に齟齬など生じようはずもなかった。


(…阿部様が開国への動きを鮮明にしてるから、『溜詰(たまりづめ)』との揉め事もいまはないらしい……あくまで伝え聞いてるレベルでやけど)


幕政に強い影響力を持っているとされる譜代藩の藩主グループ、それも有力な藩が名を連ねる『溜詰(たまりづめ)』の面々は、現状はまだ現執行部のお手並み拝見的な、静観の構えのようである。その『溜詰(たまりづめ)』筆頭にいるのが彦根藩藩主、井伊掃部頭(井伊直弼)であり、今現在阿部グループの動きに対してどのような反応を示しているのかは大いに興味をそそったりするのだけれども、残念ながらミスター安政の大獄はまだ目立った動きを見せてはいない。

譜代藩下位の『帝鑑間(ていかんのま)』グループも『溜詰(たまりづめ)』に足並みをそろえてだんまりを決め込んでいる。

いちおう解説をしておくと、『帝鑑間(ていかんのま)』も『溜詰(たまりづめ)』も、伺候席(しこうせき)と呼ばれる江戸城登城時の諸大名の控え室(座る順番で席次も決まる)を示すもので、長年顔を合わせていれば自然と仲間意識なんかも生まれるのだろう、政治勢力的な連帯が生まれたりもする。

幕府のまつりごとを主導するのはむろん幕閣であり老中たちなのだけれども、彼らもまた出身はどこぞの藩の殿様なのであり、同じ大名たちからいろいろと言われると、無碍にもできず引き摺ってしまうこともあるわけで。

あの幕末の四候会議なんかも、そんな大名の社交界的ノリからスピンオフしたものに過ぎない。

まあともかく、江戸定府の『お仲間』である御殿様はみな口を出そうと思えばできる立場にあり、その中には前水戸藩藩主である斉昭公なども含まれていたりするのだ。

そして明らかに波乱要因である斉昭公を織り込んでさえ……現況の幕府内は意外なほどに無風状態だった。島津のお殿様は置いておくとしても、斉昭公が沈黙したままでいることは何らかの嵐の前触れともとらえられないこともなかった。




「…というわけだ。分かったな」

「…はっ、かしこまりました」


阿部様に短く言われて、颯太は平伏する。

目の前には布団の上に起き出し胡座をかいている阿部様と、それに向かい合う半白髪の牧野様の姿がある。

頭の中で続いていた思案をそこでやめて、颯太は意識の照準を現世にあわせた。むろん物思いにかまけて雲上人の議論を聞き流すようなバカなことはしていない。ふたりの老中による話し合いの内容は、端的に言えばいまが旬の『下田のメリケン人』案件についてがメインだった。

幕府としてどのように対処するのか、その最終決定を首座である阿部様にお願いすべく牧野様が見舞いに訪れた……そんな格好のようである。廊下の外には牧野様について来た若年寄以下近習の人たちがずらりと居並んでいる。後から呼ばれた颯太は、その人たちの前を肩身を狭くしながら通過していま室内に居場所を置いているのだった。


「…メリケン人、ハリス(なにがし)の下田上陸は指し許すことにした。その受け入れ先は玉泉寺だ」

「…はっ」

「信濃(下田奉行の井上清直)を補佐し、ともに対応いたせ。よいな」


やはりというか、阿部様の下知で自分はこれから下田へ向わねばならないようだ。

いよいよアメリカとの直接交渉が始まるわけである。咸臨丸を待たずしてアメリカ渡航を実現するためには、この交渉をあたう限り最大限利用しなくてはならない。この時代では間違いなくブレミアである海外旅行チケットをその手につかむことが出来るか否かは、すべておのれの才覚と手腕にかかっているのだ。


「…しかし、まことにこのような童に任せてもよいものでありましょうか」

「備前殿、こやつはあの商館長(かぴたん)を舌先で転がし、露西亜国に渡っては新式砲を、あの上覧で上様をことのほか喜ばせた『一里砲』を鼻歌交じりに分捕ってきたヤツですぞ。役の貫目は足りんがしかるべきものの補佐ということであればこれ以上適任の『外事通』は他にはおらぬだろう」

「…そのような実績を、ほんとうにこの童が…」

「普通とは違う、天狗の子だとでも思っておけばその辺は悩むこともありはすまい。ひとは先達の教えや教本を通して知恵を身につけるが、天狗は人ならざる知恵を生まれたときから持ち合わせているものと聞く。こやつもまた本で読んだとかしゃあしゃあと言ってのけるが、そういうモノなんだと思っておけば簡単に済むことよ」


えーと、阿部様?

いろいろと危険なことおっしゃってやおいでですけど、もしかしてバレてるのでありましょうか。

内心動転しまくりな7歳児が平伏したまま固まっているのをよそに、雲上トークが続いている。


「何かあったとて、信濃がどうとでもいたすだろう。…われらが目指す『開国のあり方』を示したのもこやつであるし、どのような成り行きになるやも知れぬメリケン人との会合の席に、こやつを同席させぬということは考えられん。なにより面白くないしな」

「伊勢殿…」


最近の『言い訳』がだいぶんと手抜きになっていたことは自覚があるので、身から出た錆なのだろうけれども、こうやって阿部様の口からぶっちゃけられるとかなり来るものがある。

牧野様も困惑気味だが、颯太が積み上げてきた実績は現実のものとして存在しているわけで、それ以上颯太を不安視するような発言は出なかった。

最後に阿部様から「何か要望はあるか」と尋ねられて、


「メリケン語通詞を同行させていただきたい」


とダメもとで要求してみた。すると「分かった」という簡潔な答えが返ってきて、颯太の下田行にメリケン語通詞が同行することとなった。老中が手配してくれるのだから、どんな無理難題でも叶えられそうではあるのだけれども……英語の通訳なんて本当にいるのかな?

すぐに頭に思い浮かぶのはあの有名な高知の偉人、ジョン万次郎ぐらいである。幕府内のことなので彼の居場所は掴んでいるのだけれども、どうも唯一の英語通詞としての彼の出世を嫌った蘭語通詞たちが老中を通じて圧力をかけたらしく、本末転倒という言葉の通りにペリーとの会談の場からはじき出され、せっかく旗本待遇で幕臣に引っ張ったのに江川太郎左衛門の下で無為に日々を過ごしているらしい。

あれ?

なんか普通にジョン万出走の雰囲気なんだけど…。




安政3年8月5日(1856年9月3日)、史実よりもずいぶん遅れて上陸許可の出たアメリカ初代駐日領事、タウンゼント・ハリスと幕府代表との正式な会談がもたれだ。

会談場所は玉泉寺。史実でもハリスを受け入れたお寺さんで、ここが歴史上初の外国領事館となるのだが、現時点ではまだその看板は掛けられていない。幕府の許可が出ていないからだ。

ハリスから見れば、この会談は領事館開設がかかった大切な一戦であったろう。颯太はむろん知らないことなのだが、この駐日領事就任の前にハリスはタイのバンコクで同国との通商条約締結を成功させているのだが、そこでの交渉が相当に難航したようで、内心「アジア人舐めやがって」と相当にフラストレーションをため込んでやってきていたりする。

すでに上陸交渉の過程で「黒船艦隊寄越すぞ!」とやらかし済みで、幕府の態度をおおいに硬化させていた。ハリス的には、タイでも結局難航していた交渉が大砲をぶっ放すことでスムーズにいくという成功体験があっただけに、半分計算ずくでその『ワイルドカード』を場に叩きつけたようなのだが、それが幕府の対応を悪化させてしまったことで、彼はおおいに焦っていた。


「わたしが初代領事に就任する、タウンゼント・ハリスです」


たどたどしいながらも、同行の通詞に日本語を教わったのだろう、その挨拶だけは本人自らが行った。ひげもじゃの恰幅のいい紳士といった感じであった。

そうして彼は手を差し出した。

すでに面識のある下田奉行、井上様に向けてではなく、この日初めて顔を合わすことになった江戸から寄越された『幕府代表』に対してである。

第三者的には致し方のないことではあったのだけれども、颯太の方がぽかんとしてしまった。

ハリスが握手を求めたのは、颯太の下田行についてきた何人かの役方のひとりで、たしかに年かさではあったのだけれども、けっして前に出ないよう気を付けて壁際に控えておられたのだけれども、ハリスのほうから親密さアピールで近づいて行ってしまったのだ。

ああ、いえ、挨拶はご自由に。

ちなみに現地合流となった英語通詞というのは、やはりジョン万次郎こと中濱万次郎さんであったりする。


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