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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【外交闘争編】
272/288

009 親切なイギリス商船から貰いました

アップするラフ画は選定中です。

少々お待ちください。






(…この大砲があれば、極東の未開国とこの国を侮っているイギリスが海域の現有戦力で恫喝してきても、押し返すことが可能なんじゃないか)


発射が終わり、大砲のまわりには興奮した人の輪が出来ている。その中には家定公の姿もあり、不用意に砲身に触れようとするのを江川様にとどめられている。連射でもしなければそこまで熱くはなっていないと思うのだけれども、火傷の恐れはあるので触らせないことは正解であった。

ちらりと颯太の目は商館長ドンケルクルシュース氏へと向けられる。

ヨーロッパの華々しい海外進出の一翼を担ってきたオランダ国の人間の目から見て、この大砲はどの程度の物と映ったのだろうか。

その視線に気づいた氏がこちらを見て、同じく心のうちを占めていたのだろう疑問を颯太へと向けてきた。


「…この重砲は『例の国』のものであることはうかがいましたが……あれは……あの砲弾は最新の『榴弾』のように見えたのですが…?」

「りゅう、だん…?」


いちおう、初耳というていでオウム返しにする。

事の重大さを理解していない東洋人にウンチクを語りたくなってしまうように、素で分からない振りでもしておくか。


「…撃ち放ったあと、相手近くで自ら破裂して球や鉄片などを撒き散らす仕組みの弾のことです。昔は撃ち放った瞬間から飛び散るブドウ弾が主流でしたが、いまはあのような弾の内部に仕込んでおいて、飛んだ先で破裂するものが出回りだしているそうです」

「ははあ、そうなのですね」

「まぎれもなく列国(あちら)でも最新式の砲弾です」

「………」

「…陶林様はあの砲弾の持つ『意味』を……彼の国がどのような意図であの砲弾を引き渡してきたのかを想像するに、いささか以上に問題が…」

「…問題? ありますかねそんなもの」


平然とうそぶいてみせた颯太と、「は?」という感じに固まってしまった商館長。

ややして目の前の7歳児が『知っていやがった』ことに思い至り、その韜晦熟れした鉄面皮に(ひび)が入った。

もっとも、颯太自身もロシアで引渡しを受けたときには、特に榴弾であることは説明も受けず、ここまで半信半疑であったのだ。妙な形をした弾だなあとは思っても、実際に撃ってみなければ『榴弾』であると確認のしようもなかったのだから仕方がない。

まあこうしてその性能を実見したわけで、いまならばロシア人たちの気前の良さに拍手を打って「お大尽かっけーわ!」と大称賛を浴びせてやりたい気分だった。

あの中央から派遣されてきたトルストイ氏らの乗る戦列艦が、クリミア戦争末期に建造され、ついには投入されることなく終った新造船であり、彼の国の最新式の武装を施されていたのだろうというあたりまではだいたい推測できる。そして颯太らが欲しいと名指しした『ダブルカノン』用の実砲弾がわずかしか準備されていなかったこと、炸薬入りであったために麻袋で個別包装されていたこと、そしてトルストイ氏とストロガノフ氏が生粋の貴族で、船の備品について細かく把握していなかったことも……さらに船の主計長(パーサー)が貴族の顔色を伺いすぎる類の人間であったことも、この榴弾入手の奇跡を演出するあまたの要因の一つとなったのだろう。そういえば引渡しの時に何か物申したい雰囲気をかもしていた小太りの男がいたっけか。

どこの国でも、苦労も知らずに支配的地位についてしまう世襲貴族の子弟というものは、感覚が浮世離れしているものらしい。うちの本家の総領息子も似たようなものだしなあ。


(…やっぱりあっちでも『最新兵器』扱いか……おかしいとは思ってたんだよな)


面白いことになったものである。

大笑いしたくなるのをこらえるのが大変である。


(南蛮列国でも最新式の榴弾であると分かれば、さっそく分解して研究させとかなきゃだな)


榴弾と聞いても平然としている……分からないというのでもなく、理解したうえで当たり前のようにしている颯太の様子に、商館長が慄然としているのが伝わってくる。わなわなと握ったこぶしを震わせていた商館長は、ゆっくりと肺の中の空気を吐き出したあと、


「これ以上は何も申しますまい。…ご公儀が早くもこの大砲と榴弾を手に入れられたとなると……いろいろと慌て出す国が出てきそうですね。我が国も含めまして、参りました」


商館長はいま本国から送られてきているという大砲類と、幕府が要求している水準のものを天秤にかけて、果たして交渉の武器になり得るのかとはっきりと不安を抱いていることであろう。

よーし、ここはもうひと押ししとこうか。

本国が東洋の未開国相手とたかをくくって送りつけてくる大砲がどの程度のものかは分からないけれども、出島商館長としては、いったん受け取ってしまったそれら『商品』がひどい二流品であっても、金欠の母国のために是が非にでも現金化せねばならない。それらを安値で買い叩くためにも、こちらの取引材料の多さをアピールしておくのはかなり有効であろうと思われる。


「…そうそう、そういえばこんなものも手に入れているのですが」


自分自身がオランダ人たちの応接役に出動するハメになると確定した時点で、いろいろと『交渉材料』の仕込は済ませてある。

颯太の合図で岩瀬様が顎をしゃくると、後ろに控えていた岩瀬様の従者が布で包まれた長いものを抱えて前に進み出た。その包みを受け取って、岩瀬様がするすると解いていく。


「…それは……まさか!」

「…手にとってご覧になられますか」


たいしたものではないというように渡されて、それをしげしげと見聞した商館長であったが、さすがに銃口のライフリングを見て顔色が変わる。


「もしや……ミニエーですか」

「ああ、それはミニエー銃と言うのですね」


愕然とした様子でこちらを見てくる商館長に対して、颯太はにこっと笑顔を作る。そこに第三者がいたならばそれを年相応の無邪気なものと見たかもしれなかったが、颯太の中身が尋常なものではないと知る商館長には、まったく別種の感情がわきあがっているようであった。口元が引き攣っている。


「親切な『イギリス商船(・・・・・・)』の船長からいただいたお土産が、そんな驚いていただけるようなものだったとは…」

「…ッ!」


颯太は以前、その銃を布パッチを込めるヤーゲル銃と勘違いしたぐらいに小銃に対して曖昧な知識しか持ってはいなかったが、江戸に帰着後その銃の性能テストで、おのれの勘違いにはすでに気付いていた。

弾の構造がそもそも違っていて、弾底が発射時に変形することでガス漏れを防ぐ仕組みを一体構造で持つその弾丸は、ほとんど後世のそれの雛形と言ってもよい完成度を持っていた。

そしてその射程たるや、幕府が大量に抱えている旧式の火縄銃が不憫に思えるほどに隔絶していた。

射程は少なく見積もっても8町(約800メートル)、殺傷の有効射程は4町(400メートル)と判定された。伝来の火縄銃が有効射程1町(100メートル)あまりと言われているのと比較すれば、その性能差は隔絶していると言っていい。むろんすでに複製の研究が開始されている。


「…まさか、エンフィールド?」


お、どうやらそれが正式名っぽいな。

商館長は颯太の言う『イギリス商船』を『イギリス海軍軍艦』と脳内変換している。そしてそこから分捕った小銃となれば、むろん正式配備されたものであるとの推測に至るしかない。

現時点で世界最新かつ最高水準の小銃である。製造国のイギリス海軍ですら配備が始まって間もない銃であり、当然のことながらオランダも持ってはいない。


「…まさかあの話は、本当のことで」

「そんなわけないです」


にこっとプライスレスの笑みを返しながら即行で疑惑をぶった切る。

あの半分海賊みたいなイギリス海軍相手に、非武装の商船が強盗まがいのことを行うはずがない。むしろ襲われたのはこっちですと言いたいところだけれどもそのあたりは口にしない。

まさか7歳児が乗り込んできたイギリス人士官候補生を人質にとって、綱渡りの交渉で『身代』まで分捕ったなどと言っても普通ならば信じられはしまい。

いまはその世界最高峰の小銃が我が国らの手の中にある、という事実だけが重要なのだ。


「…性能についてはすでに検証済です。対艦戦闘においてはあの大砲が、上陸騒ぎが起こればこの銃が水際での戦闘に威力を発揮することでしょう。…長崎でもお話しさせていただきましたが、手に入れた海外製の大砲はこれだけではありません。…けっして幕府も手をこまねいているわけではないのですよ」

「………」

「…どうです? 手前味噌で申し訳ないのですが、我が国はけっして『泥船』ではないことがお分かりになったと思うのですが……我が国は種子島に流れ着いたポルトガル人の一丁の銃から、またたくまに100万丁の火縄銃を内製してしまった国ですので、時代が必要とすればこの銃であっても総がかりで量産化への道筋を探りましょう。外から買い入れた方が安くて性能がいいという状況が続くのならば、内製化への取り組みは弱くなるでしょうが…」


暗に「いいやつ持ってこないと本気出すぞ」と脅す7歳児に、商館長は両手で顔を覆うように擦ったあと、瞑目して小さく胸で十字を切ったのだった。




「おい、その銃はなんなのだ」


そのあとにエンフィールド銃は家定公に見つかって、そのまま試射会と相成ったのだけれども、大砲ばかりか小銃までもが想像外の壊れ性能を発揮して、公の興奮ぶりはもう半端なかった。

なぜ黙っていた、これならばメリケンも恐れる必要などないではないかと暴走を始めたので、仕方なくオランダ商館長を巻き込んでの海外武器の先進性についての大説明会となったのだった。海外ルートでの武器購入がいかに重要なのかを説く商館長の横顔は本当に必死だった。

もうすぐ2流品の在庫っぽいのが来ちゃうしなー。店長としては死活問題だったろう。

かくして先進武器の存在を知った家定公の人的変質が、目前に迫っていたアメリカ駐日領事ハリスとの会談にどのような影響を及ぼすことになるのか。

ちょうどそのころ、川路様の実弟で下田奉行である井上信濃守が、来日したハリスの下田上陸を阻止せんと水際で奮闘中であったりする。


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