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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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024 ハブ夫くんがんばる






人生、なかなか思うとおりにはいかないものだと改めて思う。


「あーっ、触んな!」


ひびに塗り込めてる粘土の材質を指作で確認していたら、よく吠え付ける馬鹿犬みたいな周助が、きいーっとか言いそうないきおいで走ってきて、突き飛ばされた。すごい勢いだったので、後ろ回りにきれいに転がされて作業台に頭をぶつけてしまった。

痛ってえなあ。

頭を押さえながらも、それでめげたりはしない5歳児である。

今度はこっそりと自分なりに最適化した水気のない粘土を手に持って物陰のひびに擦り込み始めたが、またすぐに馬鹿犬周莇に見つけられて追い立てられる。


「もうあんた触んなくていいから!」


めっさ役立たず扱いである。

いいもん、いいもん。

こういう場合は、きつい風あたりにめげずにこつこつと努力して行く姿を周囲に認めさせていくのが主人公的セオリーというやつだろう。

いやな汗を拭いながら気持ちを落ち着けて、いま自分になにができるか考える。

たしかに見かけは年端もない5歳児に、高度な技術の結晶(この時代的にだ)である窯に軽々しく触れさせたくはないだろう。現に一番若い小うるさい周莇も二十代半ばくらいで三児の父親だが、自分の子供がここに遊びに来ても絶対に窯には触れさせない。浦太郎とかいうやたら走り回るちんちくりんのガキだが、周莇に怒られると青洟垂らして正座である。しつけに厳しい家庭なのかもしれない。

では、窯に触らずに、この窯修復作業に効果的な手伝いとは何か?


(耐火粘土でも作って見るか)


耐火粘土とは、焼成過程での収縮を抑えられ、かつ高温でも耐久性の下がらない粘土のことである。窯造りには必須の粘土である。

まあ理屈では、陶器用の土をチョイスして、かつ耐収縮性材としてシャモット(瓦を粉砕した粉など)を多めに練りこむ。アルミナ【※注1】成分が多いほうが耐熱性が上がるんだが、そんな含有成分を分析できるわけでもなし、その辺で手に入る粘土で手当たり次第やってみるしかあるまい。

で、まず最初に手をつけるべきは、『シャモット』作りということになるだろう。

シャモットは、別に瓦の粉である必要はなく、『焼成が終わって水分がまったく含有されない』陶器片であればいいはずである。天領窯のまわりを探せばあるわあるわ、焼損じの陶器の残骸が山になっている。亀裂の入るような欠陥窯だ。失敗した焼物など腐るほど出ているのだろう。なんと鬼瓦を焼いたものもあったんで、ならばと無難にそれを選択する。

掘っ立て小屋の中で広がっていた筵を引っ張り出して、半折りに瓦を包みこむ。そして取りい出したるは彼の頭ほどの大きさの木槌である。

せいっ。


ガッシャーン!


割って割って、割りまくる。

…というほどの体力もなく。


「ぜぇ~ハァ、ぜぇ~ハァ…」

「おまえなにやっとるんや」


肩に担いだ天秤のもっこに大量の粘土を吊るした山田辰吉が、不思議そうに眺めてくる。担いだ粘土の量からして7~80キロはありそうだ。恐るべき怪力である。

小山のようなガタイはまるで鬼のようだ。そうだ、こいつはあだ名を『根本のオーガ』にしよう。

大男の総身の知恵は高が知れているというが、こいつに関してはその限りではない。小助に師事して窯焚きを覚えようという野心家の面もあり、けっこう細かく気も回る。

このとき彼がやっている作業もすぐにピンと来たのか、


「『割り粉』をつくっとったんか」


どうやらシャモットのことを『割り粉』というらしい。

もうほとんど冬だというのに汗だくの彼を見て、根本のオーガはぷふっと笑った。


「その歳で、よく『割り粉』とかしっとったなぁ。わしはつい最近、小助どんに教わってようやく理屈が分かったぐらいやぞ。しかもちゃんと瓦選んだみたいやな。誰から教わったンや?」


「本で見た」適当に嘘で返すと、


「ほうか。そしたらその粉がなんで要り用になるんか理屈はしっとるんか?」

「粘土の縮みを弱くするためやよ」

「おお~っ、正解やんか」


オーガは天秤をおろすと、草太の脇にしゃがみ込んで頭をゴリゴリと撫で回した。


「頭ええなあ! わしはそんなこともなかなか理解できんと、小助どんを困らせとったんやけどな!」

「あの窯で使ってる土は、どこから持ってきた土なの?」

「おお、それはこの土とおんなじや。最初は高社山の沢の奥で掘ったやつを使ってみたんやけどなかなかうまくいかんでな、いまは滝呂のほうから運んできとる」

「…この土、焼後の縮みは小さいの?」

「…ほうやの、だいたい1割2分くらい縮むかな」


1割2分か。けっこう縮むな。

縮まない土だと、1割弱くらいの収縮で済むものもある。収縮が大きいイコール耐熱性が低いというわけではないが、ガラス質になりにくいものほど縮まないのが一般的な見方である。

おそらくその縮みやすさが窯の亀裂の原因のひとつになっているのだろう。


「それはたぶん縮みすぎやよ。他の土を探したほうがいい」

「しかしなあ、土はどこの窯でも秘伝みたいなものやし、この土だってここが天領御用窯やから、滝呂も同じ天領同士、なんとか融通してもらっとるぐらいやからなぁ」

「土がないのなら、この『割り粉』の分量をずっと多くして作ったらいいと思うけど。可塑性が弱くなり過ぎん程度にして…」

「カソセイ? なんのことや」

「え? …ああ、ええっと……粘り気?」

「なんや、粘り気のことかい。それなら『割り粉』を最初に混ぜ合わせて、室で長い時間寝かせておけば出るかもしれん」


『可塑性』とは、あの粘土独特の粘っこい性質のことで、形を作ってそれが崩れずに保持される力のことを言う。可塑性に着いては前世の時代でもはっきりしたことは分かっておらず、微生物の活動によってそれが強くなったりすることが知られている程度。オーガの言う事は、現代でも通用する。


「『割り粉』なら、あっちの倉庫にたくさん作ってあるんやけど…」

「………」


オーガが指差すもうひとつの掘っ立て小屋、通称『ろくろ部屋』の続きの奥に、それなりに大きな倉庫がつくってある。粘土原石やらその他備品やらが仕舞われているのは知っていたが……そうですか、『シャモット』はもう蓄えがあるんですね。勉強になりました。


「辰吉さん、なに油うっとるん」


近くを通りかかった周助が、この忙しいときにサボりやがって的な冷えた目を向けてくる。むろんその標的はオーガだが。

オーガは相手が師匠の息子だから殊勝に聞いているふうだったが、周助が行ってしまうとまるで何事もなかったかのように草太に笑いかけ、天秤棒を担ぎあげた。


「…時期を見てわしから小助どんに言っておいてやる。それまではその『割り粉』粘土でも作ってみたらいい。倉庫の床板をはずしたら、そこに粘土を寝かす室が作ってある」


オーガはいいやつだったらしい。

草太はかっと顔面が熱くなるほどに興奮して、プルプルと身震いした。うれしさのあまり顔は笑っているはずなのだが、なぜか目もとから青春の汗も滴っている。な、泣いてなんかないからな!

彼の複雑な泣き笑いを見て、オーガはがはははと笑った。






【※注1】……アルミナ。酸化アルミニウムのこと。融点は驚きの2020℃。日本では採れないので、輸入に頼っています。


江戸時代に『シャモット』という概念はあったのかなかったのか。わたしには分かりません。 耐火煉瓦の歴史は江戸時代よりもずっと前からあるらしいので、『シャモット』的な役割の技法があったものと勝手に想像しました。 『割り粉』はわたしの造語です。『わりこ』と読んでいただけたら幸いです(^^)

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