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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【露西亜編】
249/288

043 異文化交流? イギリスとの接触⑦





イギリス海軍でこの当時採用されていたP1853……エンフィールド銃(ミニエー銃)は、その付されたナンバーからも分かる通り1853年に制式化されたばかりで、まさに最新型と言って過言ではなかった。

弾丸は球形ではなく椎実型、火薬も紙でくるまれた薬包にまとめられ、銃身にはライフリングさえも備えている……それは紛れもなく火縄銃から連綿と続いた『前込式銃』の最終進化形態であったろう。

颯太は先の交渉で弾丸とともに『弾込めに使う布切れ』と言及しているが、これは旧式のヤーゲル銃のそれと錯誤しているだけであったりする。エンフィールド銃の弾丸には側面の溝にグリース、弾底のスカートにはコルクが詰められており、発砲の衝撃で銃口内に広がったそれらがガスの漏れを防ぎ、効率よく弾体にエネルギーを与える仕組みになっている。

欧州各国で製造されるミニエー銃のなかでも、このイギリス製エンフィールド銃は大変高性能で、後のアメリカの南北戦争でも供給不足が起こるほどのヒット商品となった。そのアメリカ南北戦争が1861年であり、いまから5年後のことである。

制式化されてまだ3年しかたっていないこの銃は、現時点でまだ製造元のイギリスにしか広く出回っていない。颯太たちはそのあたりの自覚なく銃の引き渡し交渉をしていたわけで、それはいまこの時も変わることではなかった。




『…ご希望は分かりました。善処は致しますが、銃については数量的な面で完全にお応えできない場合があります。そのときはご容赦いただきたい』


そう言い残して船へと戻っていったイギリス人たちであったが、その濁した言葉の通りの結果となったらしく、引き渡せるのは10挺だけだと言ってふたたび使者を寄越してくることとなる。

やってきた使者いわく、


『銃は畏れ多くもヴィクトリア女王陛下によって下賜された、海兵にとってその身にも代えがたい非常に神聖なものです。艦長の説得に応じて手放してくれるものはあまり多くはありません……非常に残念ですが、その数で納得していただきたい』


使者の口上を信じるならば、あちらでは艦長が約束を履行すべく海兵たちと交渉を行い、その結果予想以上の反発が海兵の間に広がっているという。

日本的にたとえるなら、(海兵の視点で)戦場で間抜けにも敵に捕まったどこぞの有力豪族の子弟のために、同じく戦場のただなかに身を置く武者たちに虎の子の愛刀を手放せと説得しているようなものであり、どれほど艦長が強権を持っていようとただ『差し出せ』では済まない問題であったかもしれない。

それに颯太のなかのおっさんが愛読した海洋小説では、過酷な労働環境に不満を募らせた水兵たちが反乱を起こした場合、日頃の操船労務から切り離されている海兵たちは艦長側の重要な抑止力であったりする。その虎の子の銃を取り上げることに、艦長自身も抵抗感があったに違いない。

ここはたった10挺でも、御の字であるのかもしれない……そう内心では思う颯太であったが。


『それだけの銃と弾薬ならばすぐに引き渡しも可能です』


ちょっと頭の悪そうな使者の士官が、こっちが妥協して当たり前みたいなことを言ってくるので、それが颯太の中のスイッチを盛大に入れてしまう。

エンフィールド銃という『最新性』を理解していない颯太のなかでは、銃はしょせん銃でしかなく、この時点ではそろばん勘定するべき『物』でしかなかった。物の価値を知らないというのは恐ろしいことである。

悪態をつきつつ颯太は思考をめぐらせる。


(…もうここからは条件闘争にならざるをえんのやけど……海兵たちの銃を全部取り上げれんのなら、やっぱ追加で何かを……こっちを甘く見られんように、次は艦長権限でどうにかなるものを要求せんといかん)


武器類でこれ以上の譲歩を引き出せないのなら、今後あっちの行動に制限を加えられるものを要求すべきなのだけれども、さてそんなものが都合よくあるものなのだろうか。

風は相変わらず程よい感じに吹いていて、普通に船旅するだけならかなり快適な状況なのに、交渉の遅滞によって幕府船は昼近くになっても帆をたたんで停船したままである。イギリス艦はなにげにこちらの行く手を阻むべく帆を半広げしていて、細かい舵の動きで相対距離を保たせている。


(あの舵をもらえんかなー……そんでもって豪快に漂流して欲しい)


うっとうしいイギリス人たちが舵を奪われて日本海を流されていく光景を思い浮かべて、少しだけ溜飲を下げた颯太であったけれども、頬を叩いて条件闘争に備えた思考に神経を集中する。

もらうのはやっぱ大砲にするか……このさい1、2門でも……ああ、いやいや、あのとんでもなく重いのを引き渡してもらうには船同士を近づけなきゃならんし、捕虜奪還の隙を作ってしまうかもしれん。

ならば砲弾を、全部と言わず『継戦能力に不安を覚える』程度にもらっておくか。やつらは周囲が敵だらけだから、こんな極東で丸腰になるのを極度に恐れるはずやし。残弾を減らしてしまえばばかすか撃つのをためらってくれるかもしれん。

ともかく今日の陽のあるうちに、交渉を済ましてしまわなくては。捕虜奪還のチャンスタイムである危険な夜がまたやってくることになる。前は上手くいったけれども、あっちも学習能力はあるし次は違う手でくるだろう。もう危険な橋はあまり渡りたくはない。


『…返答を』

「just a moment…」


ほかに聞こえないように小声で使者を制しつつ、考えに必要なわずかな時間を必死に捻出する。使者を戻らせるとそのあと時間がかかりそうで恐ろしい。


「…陶林殿、その筒は?」


そのときふっと話しかけてきたのは小栗様だった。

肩を叩くようしぐさをする颯太の手の中にある所持品に気付いたらしい。


「ああ、これはさっきの交渉の時に要求したものの一部です。この使者の方が持ってきてくれました」


あまりよくない報せを伝えさせるばかりでは心象が悪かろうと、艦長が手土産代わりに持たせたのだろう、挨拶と同時にすぐに渡して寄越してきたものだった。

あちらは製紙技術も随分発達しているのだろう、やや厚手の手触りの良い……年代物の少々黄ばんだ紙だった。


「随分と旧式であまり重要性もないと判断したのでしょう、あの船の図面です」


船の整備用に常備してあったものなのだろう。染みみたいな変な色がついているものの、描き込まれた図面の内容のほうはちゃんと読み取れる。

その裏面には、こちらが要求した通りの文言が記されていた。


『It was confirmed that a treaty of both countries is effective. May 21, 1856 (両国の条約が有効であることを確認した。1856年5月21日)』


当然のことながら、単艦行動するフリゲートの艦長であるジャック・ベイカー氏も、日本とイギリスとの間で結ばれた日英和親条約については理解していた。その事実を自筆サインによって証明させることで、『無知が原因だった』という空っとぼけを封じる意味合いの要求だった。

自らの名前まで署名させたので、あの艦長本人に限り、再度この幕府船にちょっかいをかけるのは躊躇(ためら)われるだろう……そんな心理的なバリア効果を期待したものだ。


「…なるほど、先の和親条約について釘を刺したのですね。ここまで言質を取れば、あの船が今後ちょっかいをかけてくることはなくなりそうですね…」

「…とは思うんですけど……清朝にアヘンをばらまいてその領土を平然と蚕食しているのがあの英吉利ですから、『相手もこれで分かってくれる』というお人好しな考えは少し脇に置いて、ここはもうひと押し……もっと確実な『釘』が欲しいんです」


そのとき急に風が強くなった。

互いの声が聞き取りにくくなるほど強く吹きつけた風が、巻き上げた幕府船の帆柱をぎしぎしと軋ませた。船が大きく揺れて、颯太と小栗様はあわてて舷側にしがみついた。

そのとき颯太の目に同じく混乱しているイギリス艦のようすが映った。少しばかり帆を張っていた分だけ、この突風のあおりを食ったようだった。ひとしきり揺れが収まるまでそのままにしていた颯太であったが、不意に去来した天啓のごときひらめきにやや呆然としてから、すとんと腰砕けに甲板に座り込んだ。


「…陶林殿?」

「…そうだ、あれを貰っとこう」


呟いた7歳児がすくっと立ち上がった。

その目が船楼の壁に寄りかかっている使者のイギリス人に向けられ、次の瞬間には詰め寄るように歩み寄っていた。


「あれ! …代わりにあれを要求します!」


イギリス人の軍服の裾に片手をかけつつ、ほとんど密着するような近さでイギリス艦を指さして颯太は叫んでいた。


「不足した分は、あれで納得しましょう! …main sail please!(メインセール

をくださいっ!)」


とりあえず更新します。

改稿するかもです。

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やっぱりそこ持っていくかー!
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