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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【露西亜編】
246/288

040 異文化交流? イギリスとの接触④






「蛙ッ!」

「蛙ッ、蛙ッ」


半ば予想はしていたのだけれども……夜襲があった。

こちらの警告をあっさりと無視して見せたイギリス人たちの思考回路がどのようなことになっているのか、本気で心配になった。


(…それだけ人質の保護に必死なんだろうけど、この軽率さはよほど相手を馬鹿にしていないと発揮されないと思う)


海上戦闘に自信があったのは間違いなかろう……過信してしまうほどに実戦経験が豊富であることは、世界中に展開するイギリス海軍の中でもこんな地球の裏側、極東に送り込まれている時点で分かっていた。

とくに船足と火力が最大公約数的に備わっているフリゲートという艦種は、襲ってよし逃げてよしな単艦行動に適しており、敵国船舶を拿捕するチャンスをもっとも掴みやすい……ありていには『金を稼ぎやすい』船と言われていて、それはとりもなおさずそれだけ実戦経験が積みやすいということでもあった。

冒険野郎と無法海賊があまた生み出された大航海時代を経て、海外領土獲得熱に浮かされた欧州列国の中で、イギリスは比較的後発であった。

海外植民地から莫大な富を収奪し、我が世の春を謳歌した先駆国、スペインとポルトガルの後塵を拝せねばならなかった彼の国が、いつどのようにして『日の沈まない帝国』スペインを最強国から蹴落としたのか……少しでも世界史をかじった人ならばお分かりのことであろう。

イギリスは通商破壊という名の海賊行為を繰り返し、スペインの新大陸利益を掠め取ることで力を蓄えた。そしてついに懲罰行動に出たスペイン無敵艦隊との大海戦を制したことで、世界帝国への手がかりを掴んだのである。

イギリス海軍は、私掠船免状をばら撒いて海賊を育て、それを国家的にまとめることで計画的に形成された半愚連隊な面を内包している。ゆえにその組織内部には『海賊的』な遺伝子が色濃く残されていた。


(…大砲も積んでない未開人の船を、指をくわえて眺めてられる『こらえ性』はなかったか)


たぶんこういう捕虜奪還作戦なんかも、これが初めてではないのだろう。そういう手馴れた感じを強く受けた。短艇(カッター)で密かに接近した彼らは、警戒がゆるくなりがちな陸側から回り込むように寄せてきて、潜入を試みた。

まあこちらもその辺の警戒に抜かりはなかったので、侵入しようとした馬鹿どもを水際で完璧に処理して、ひとりたりとも潜入を許さなかったのだけれども。

報告によると、ロープを切り払うこと6回、明らかに人が海に落ちた水音を同数以上確認している。

発見した短艇にはこちらからの反撃で矢が浴びせかけられ、そこで落水した者の水音も加算されているのだろう。

襲撃者はおよそ10人ほどだったのではないかと予想されている。

こちらの騒ぎに機をうかがっているだろうイギリス艦には、襲撃のさなかに釘を刺す意味合いで矢文を打ち込ませた。襲撃が不調であると判断して、本船ごと寄せてこられたら堪ったものではないからだ。照明を焚かせているので、夜間とはいえ矢文自体はそれは難しいことではなかった。

「Cowards!(卑怯者)」と盛んに浴びせられかけたイギリス人たちは、さぞや泡を食ったことだろう。国交関係のある国同士として狼藉行為を働いた経緯を脇に置いて捕虜の待遇保証までしたというのに、こちらの配慮をあっさりと無視して襲撃を敢行したのだから、卑怯者と言われても返しようもない。

かくして幕府船は夜襲をはねのけ、恐ろしく長く感じる夜闇をじりじりと耐え切った後に、ようやく次の日の朝を無事迎えることができたのであった。

若干一名、途中からすやすやと眠りこけていた剛の者がいたのだが、彼は朝にはっと目を覚まして、慌てて辛い徹夜を果たしたというふうに様子をつくろって見せてはいたが、完全にばれていた。

最初の襲撃をなんとか撃退した後につい寝落ちしてしまった7歳児は、単に子供ボディが夜更かしに耐え切れず寝落ちしただけなのだが、結果的にその豪胆振りを改めて称賛されることになる。

その場を見ていた石井いわく、


「…みなが緊張してわずかな音にも腰を浮かしてしまうような危険なときに、腕を組んだまま舟をこぎ出した陶林殿にはほんとうに驚かされ申した。小栗様は「たいしたものです」と言って声に出してお笑いになるし、中島殿は「もう大丈夫と見切ったのでしょう」と弓の弦を外し始めるので、それがしはどうしたらいいものかと…」


小天狗の余裕っぷりに、「交替などできるか」とがんばっていた人たちも、頭を掻いて休憩に入ったという。結果2交替体制が正常に機能し、幕府船乗員の最低限のリフレッシュが行われたわけで、それが質の高い警戒態勢の維持につながったのだから世の中分からないものである。

幕府船の予想外の『場慣れ』に驚いたイギリス側も、それ以後襲撃を手控えて沈黙してしまったために、結果として7歳児のお株が更なる急上昇を見ることとなったのだった。




「…さぁて、敵さん今頃驚いてるんじゃないかなー」


少し冷え込んだ朝方の空気に身を竦めつつ、甲板からイギリス艦を眺め見た颯太はひとりごちた。

世界が再び日の光の下にすべてを明らかにした。

イギリス人たちが目先の捕虜奪還などにうつつを抜かしている間に、状況は7歳児の手のひらの上で意想外の方向へと転がされていた。敵の夜襲を乗り切ったことで、颯太が手配していた『小細工』は完全に機能し始めていた。


「おお、慌ててる慌ててる」


イギリス艦では見張りの水兵たちが声を張り上げて駆け回っている。予想通りの混乱が起こっているのを見て、颯太はほくそ笑んだ。

肩越しに反対側を流し見て、そこにあるはずの鄭家ジャンク船と君沢型が予定通り姿をくらましているのを確認する。クソ商人は、無茶振りをつつがなく実行してくれたらしい。

この場にはいま、颯太らの乗る幕府船と、イギリス艦の2隻しか存在しなかった。そういう状況を、颯太が用意したのだ。


「…どうやら鄭家の船は、脱出に成功したようですね」生欠伸を噛み砕きながら小栗様が隣に立った。

「夜間にどれほどの距離を稼げたのかははなはだ疑問ですが…」

「最低でも10里は進んでくれと言っておきましたから、それが達成されていればあの英吉利船の帆上の物見台からでも(地球の丸み的に)絶対に見つからなくなっているはずです。夜明けとともにこちらが突然1艘だけになっていることの『意味』を彼らが理解できるかどうかが少々不安ですけど……あっ、動き出しましたね」


イギリス艦に、信号旗がするすると揚げられた。

青と黄色の2色旗である。

むろんその意味するところを颯太が知るわけではないのだけれども、状況的に「交渉を要求する」という意思表明と見てよいだろう。


「どうやらあちらさんもまずい状況であることは理解したようです」

「こちらの僚船が忽然と視界から消えたという事態は、自分たちの目の届かないところで何らかの策動が始まっている、ということを英吉利人たちに想像させたことでしょう。英吉利人たちは捕虜を確保していると思われるこの幕府船から目を離すわけには行かない。ゆえに姿を消したほうの船はそんな消極的な理由から追跡を諦めざるを得ない。…そして敵対した当事者の一部が戦線から離脱してしまったことで、今回の騒動の情報秘匿が困難になってしまった……異国の公船に対して臨検を要求するといういち船頭(艦長)に許される範疇を越えた越権行為が、もはやおのれの手だけでもみ消される問題ではなくなったことをようやく認めざるを得なくなったわけです」


颯太は日英の間で取り交わされた、和親条約の詳細についてはまったく知らない。

が、アメリカとの初条約締結以降、次々に結ばれた諸国との『和親条約』を参考とした、オランダとの同条約の『草案』にはしっかりと目を通している。

一番最後の和親締結国となるずだったオランダの草案が、他国の要求条項をわざわざ削除したものになっていたはずもなく……そういうロジックのうえで海洋上での不平等を規定するような条文は日英和親には存在しなかっただろうと断言できる。

むしろ『和親条約』を結んだことで、イギリスとしてもこちらをちゃんと国家扱いしないといけない縛りが発生し、いちフリゲート艦艦長が起こした不始末が、大英帝国女王陛下の恥とされかねない下地さえあったりする。

颯太はむろんのこと、夜間に無灯火航行を要求したクソ商人に、…いやもうここは言葉を改めよう……鄭士成殿に何通にも分けて幕府宛の書状を託してある。鄭家のネットワークがどのぐらい張り巡らされているのかは分からないのだけれども、この時代まだ清王朝の領土である沿海州に(つて)ぐらいはあるだろうし、もしも通りかかる船舶があったらそれは彼らの商売仲間である公算が高かった。

彼にはともかく何通りかに分けて、長崎と行き来している仲間の船便に書状が届くように手配して欲しいと頼んであった。今日あたりにはさっそくどこぞの港に寄港して、書状を現地民に託すのではないだろうか。

今回のイギリス艦との揉め事は、かなりのタイムラグはあれど、幕府も公知する案件となったわけである。

もしも颯太ら遣露使節団が帰還できないようなことがあれば、それはイギリス艦からの不当な攻撃によるものであり、おおいに責め立てて欲しいとしっかりと書いておいた。


不当な臨検要求。

積荷の強奪未遂。

そして愚にもつかない夜襲の決行。


それだけの蛮行を行ったうえに、重要人物の捕虜までこちらに握られている。

交渉のカードは十分すぎるほどに手の中に集まっている。


「…どうせ露西亜に向う前に解放せねばならない捕虜です。ならばここは最大限に『高値』で買い取らせることにいたしましょう」


7歳児がこぼれるような笑いを浮かべ、幕末最高の能吏となる男が期待に喉を鳴らせている。

イギリス人たちは知っていただろうか。戦いはここからが本番なのだということを。


体中が痛い……モーレツに眠い。

しかしお高くとまっているイギリス人たちの甘美な不幸シーンが待っている……書かなくては。

海洋小説好きが結構いらしているようで何よりです。

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