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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【露西亜編】
245/288

039 異文化交流? イギリスとの接触③

やや短めですが更新します。





颯太の提案した『小細工』は、時間も押し迫っていたこともあってすぐさま実行に移された。

颯太の手により何通かの書状がしたためられ、それらが急ぎ各方面へと配られる。むろん何の根回しもないままに行われた急過ぎる指示であったので、夕刻の薄暗闇をくぐるように鄭士成自身が幕府船にまで押しかけてきて、小栗様の居所となっている小さな船楼で争議になる一幕もあった。

まあ依頼の内容そのものがかなり無茶な要求を含んでいたので、多少の反発は致し方なかったろう。

鄭家の怒りを真摯に受け止めつつ……小栗様と颯太のふたり掛りで根気よく説得を続けて、どうにか意見を押し通すことに成功する。

幕府側から鄭家に要求した一見無茶な内容に、たしかな『理』があることをクソ商人も気づいたようで、最後には「貸しですよ」の捨て台詞を残してご帰宅となったのだけれども。


「…無茶振りが過ぎて、これはまあ文句を言われても仕方はありませんね」

「…ある一定の危険を受け入れれば、その後により大きな安全を得られる。商売をたしなむものならば、いまの状況を天秤にかけて受け入れに傾くのは当然のことです」

「…その『無茶』がかなり危険であることは素人のそれがしにも分かります。まあ無茶だからこそ相手を出し抜ける公算が高いのですが…」

「あれらは海に生きる生粋の……こちらふうに言えばカリッカリの『水軍衆』です。腕に自信があるから何とかなる……どうにかできる見込みが見えていたからこそあの男は受け入れて帰ったんですよ」


颯太は灯明の明かりに不敵な笑みを浮かばせて、小栗様をまっすぐに見上げる。颯太は袖からすっと折りたたんだ紙片を出して、「頃合ですので、そろそろこいつを送り付けましょうか」とつぶやいた。


「…中は見せられないのですね?」

「いろいろとありまして……見られると神通力みたいなものがなくなってしまいますので。まあ見たところでそんなに面白いものでもないですし…」

「…天狗の操る呪符か何かは分かりませんが……その神通力には期待いたします」

「……ただの付文ですからね念のため」


サトリのように鋭い小栗様の観察にさらされて、もうボロが出まくりなのは自覚している。このジト目のサトリ妖怪をどうにかしないと…。

颯太のなかではすでにおっさん議会が満場一致でスペシャルなミッションを決定している。今後のおのれの保身のために、この航海中に小栗忠順をどうにかして篭絡……もとい、抱き込まねばならない。

方策もいろいろと考えてはいるのだけれども、手っ取り早いのは『共犯者』に引きずり込むことだろうか……そんなことを腹の内で考えている。


(まあそれもこれも、この企てが成功しないと始まらんし……頼んだぞ俺の語学力!)


紙片にはなけなしの英語知識を注いだ文章が書き込まれている。あて先はもちろん、イギリス艦である…。




イギリス艦と幕府船との距離は、現在だいたい100メートルほど。

確実に届けるのならば艦載の小船で使者を送ればよいのだけれども、万が一その人間が相手に捕まって人質交渉の材料にされるのだけは防がねばならない。

ゆえに、配送方法は『矢文』となった。

自薦他薦の選考の後に、一番の弓の使い手と判明したのは、鉄砲扱いでも専門家の片鱗を見せていた中島であった。幕臣であるならば誰しも多少の弓術の心得はあったのだけれども、彼は砲術だけでなく、飛び道具全般に渡って専門的鍛錬を怠ったことがないらしい。手荷物から弦を外したマイ弓が出てきたときは「ミリオタか!」と突っ込みそうになった颯太である。

むろん距離がある上に海風もそこそこ吹いている。さらにはもう完全に日も沈みきっていて、視界も悪くなっていた。

失敗を想定して同じものを3通用意したのだけれども、的自体が大きいこともあり……結果から言うとひと矢で事足りてしまった。

離れていても、あちらの舷側に突き立った矢の音が『コーン』と響いたのが分かった。

むろんすぐにあちらの水兵たちが蜂の巣を突いたように騒ぎ出し、矢文に気付いて艦長のもとに走っていく。その後に姿を現した例の艦長がこっちの様子を見ているので、念のために用意していた分捕った短銃を空に向けて撃たせた。

言うこと聞けよな? 撃っちゃうよ?

なにを撃つのかは分かってるよね? という明快な警告である。

乾いた発砲音がいんいんと響く中、艦長の手振りであちらの水兵たちが散り散りに走り出した。

そして束の間の後、イギリス艦の船上が煌々とした明かりに包まれた。


(…よーし、人質がかかってるからおとなしくこっちの言うことを聞いてきたな。明かりを一晩中つけさせておけば、あっちの船の動向は一目瞭然になる)


艦長に届けられた紙片にはびっしりと、颯太謹製の英文横書きで抗議が綴られている。

国同士の条約を締結したばかりだというのに、暴力でこちらの主権を侵し臨検を試みようとしたこと、しかもその場において船員に略奪を行わせようとしたことなどなど……こちらの怒りが正当なものであるという主張をひととおり行ったのち、国家間での捕虜取り扱いの保障について理解しているともったいぶって示してやった。

いちおうの道理が通じる相手だと、安心を与えるためである。

そして捕虜を正当に扱う見返りとして、船の場所を灯明にて明らかにせよ、と要求したのである。明かりを不用意に消したりすれば、捕虜の命について放棄したものとみなす、と釘も刺してある。

英雄提督の孫が大切ならば、これで無茶なこともできなくなるだろう。

そしてそれとは対照的に、こちらは完全な無灯火。

しかもイギリス艦の位置を意識して、こちらは陸影を背負う格好を心がけていたから、こっちの姿は完全に闇の中に溶けてしまっていることだろう。

相対的な位置が分からなくなれば、もうあっちの船は夜の間身動きが取れない。下手に動いて接近を見咎められでもしたら捕虜の命が危ういのだから。


「…それではこちらは2交代制で警戒に当たりましょう。だいぶ『夜襲』の危険は低減したと思いますが、あの船頭(艦長)が一か八かにあっさりに身を投じる『イノシシ武者』である可能性も拭い切れません。水中からの侵入には集中して警戒を続けます」

「惣衛門(幕府船船頭)は水夫を指図あったとおり速やかに組み分けせよ! 船大工にも同じう差配いたせ! …後藤殿、そちらも組み分けです! 水夫らの指揮は任せます! 中島殿石井殿は、基本われらと行動をともに」

「かしこまりました!」

「おまんら組み分けすっぞ!」


幕府船でもみなが動き出す。

その彼らに対し、侵入者に対する対処法を颯太が手早く教え込む。

基本は水際で。カギ爪がかかるときは音がする。水中から来る敵は銃は持ってないので恐れることなく身を乗り出して目視すること。

縄はできたら切り払うこと。カギ爪がなければ上がってこられなくなること。

むやみに殺す必要はないこと。そして船上に上がられたときは迷わず大声を出すこと。


「そのときは『(かわず)ッ!』…そう叫んでください」


何の意味があるのかと聞かれたので、英吉利国の宿敵の名前だと言っておいた。

海洋小説を読んだことがあるのなら、イギリス人がライバルのフランス人を貶めるために『蛙野郎!』と口走ることがあるのをご存知だろう。フランス料理で蛙を食べることへの当てこすりである。

まあ今回の『合言葉』については、「Cowards!(卑怯者)」をかけているだけなのだけど。

行動が露呈したと相手をビビらすのが主目的だった。


それから程なくして、空の残光は完全に夜の帳に飲み込まれていった。


昔のヤンキー漫画には頻出していた用語なのですが、死語と化しつつあるようなので某用語を『頭突き』に修正いたしました。

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